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窓辺の小さな言霊使い⑤完|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街【番外編】


    | ① | ② | ③ | ④ |▶⑤◀|

    こちらは『追憶のオリジン』のスピンオフとして描かれた、全5話の読み切りストーリーです。
    本編はこちら→★

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    これは、魔法でも命令でもない。だから救いも教えもない。ただあの子が気まぐれに残していったある春の物語。
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    『窓辺の小さな言霊使い』⑤


    この街は、塔の審査さえ通れば誰でもどこにでも住むことができる。
    最低限の衣食住は保証されているのだ。

    塔の周辺には、老人や子ども、病人が多い。
    自立し自由を求める大人たちは郊外へ行き、そこは魔獣の森から街を守る盾の役割も果たしている。

    ぼくだって、まともに学びを受けていれば、見回りの仕事くらいはできたのかもしれない。でも、難しいことを考えようとすると頭に霧がかかってしまうし、なにより、こんな身体だから……。

    そういえばレイが、「強くなーれ!」なんて言っていたな。
    急に身体が成長して筋肉モリモリになれるわけじゃないのに、本当におかしな子どもだった。


    何ヶ月もかけて選び、何日もかけて少しずつ手続きをした新しい部屋は、街の中心部の裏路地にある、店舗の脇の半地下だった。
    かつてボイラー室だった場所で、石畳と同じ位置に窓がある。
    前の部屋と似たその環境が、ぼくには相応しいと思った。

    移動してからしばらくは、誰とも話さなかった。
    手続きを一つ進めるたびに、深い脱力感と全身の痛みで何か月も寝込んだ。
    それでも、吐き気や震えをこらえながら、自分でやり切ることができた。

    期限を守れなくても、命までは取られないんだ。当然のことだが、それを知ったときは、ひどく意外だった。


    内職の納品場所が近かったので、仕上げた日はいつでも届けられるようになった。
    受け取るオヤジは無口で、納品がたった十個でも何も言わなかった。

    その足で、日用品を仕入れるのが、ぼくの小さなルーティンになった。


    ある日の帰り道、あのバンダナ頭を見かけた。相変わらず一人で、街をチョロチョロと練り歩いている。
    ぼくは声をかけずに、そのまま家に帰った。

    するとすぐに、窓の外でしゃがみ込み、中を覗き込む顔があった。

    「……ひさしぶり」

    一回り大きくなったレイは、グレーの瞳を見開いて言った。

    ギョッとした。
    ぼくは彼のことを一日も忘れたことはなかったが、レイもこのぼくを覚えていたなんて。


    ぼくはゆっくりと窓を開け、その言葉を受け取った。

    「……ああ、ひさしぶり」

    かすれた声で返す。
    視線がぶつかった。

    「今日はいい天気だね、ジー」

    やけに回りくどい話し方に、ふと思いついて尋ねてみた。

    「そうだね、レイ。……これも、実験かい?」

    レイは大きく頷いた。

    「『反響』のじっけんだよ。僕が言ったことが、どう返ってくるか」

    そう言って、彼はニッコリと笑った。

    「ああ、そうか」

    ぼくもつられて笑った。
    とても久しぶりだったから、頬の筋肉が引きつるのが分かった。

    「成功だ!」

    レイはそう小さく叫ぶと、人目を気にするように走り去っていった。

    相変わらず、塔のローブから逃げ回っているのかと思うと、なんだかおかしくてたまらなかった。


    *


    この街は、いつからこんなにも優しかったのだろうか。

    ぼくは長い間、外の世界を受け入れることができなかった。
    常に人の影に追われ、もう「世話」をしてくる大人もいないのに、毎晩一人で冷や汗をかいていた。

    けれど、時は流れ、小さな子が一人で出歩けるほど平和になっていたのだ。
    今は誰も、ぼくに対価を求めない。

    そして日々、新しい変化がある。
    その「新しいもの」は、決して危険ばかりではなかった。


    ぼくはこれからも、一日の大半を、重い体を引きずって寝込んで過ごすだろう。
    けれど、気が向けば塔の歌に耳を澄ませ、子どもと話し、内職の部品を納品する。

    ドリーのように快活でも力持ちでもなく、獲物を競うこともない。納品数を誰かと比べられることもない。
    自分で選んだこの場所で、ぼくは一人でいる。


    けれど、この街で「独り」ではない。

    窓辺を見れば、初めて話したあの日のレイの声が、聞こえてくるような気がする。

    『よくなーれ!』

    それはもう、恐ろしい響きではなかった。


    季節をいくつも巡った新しい春風が、ぼくの心を撫でる。


    遠くで鳴る塔の鐘の音が、今日はゆったりと耳に響いた。



    (おわり)

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    【あとがき】
    ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
    少し重たい話だったので、公開しようかしばらく迷っていましたが、せっかく書き上げたので今回、思い切って載せることにしました。

    表現したかったことの半分も描けず、言葉で伝えることの難しさを改めて痛感しています。
    レイについては、その能力をいつも物語に活かしてあげられず…。いつか彼が格好よく活躍する姿も文章にしてみたいです。

    これからも、試行錯誤を繰り返しながら書けたらと思っています。
    拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
    それではまた、本編でお会いできることを願って。

    🌕️*moon*


    ◯本編はこちら


    ◯設定・サイドストーリーはこちら



     
     
    ぼんやりと生きています。心に湧いたお話は『ナルニア国物語』を思わせる、「児童文学ファンタジー」をちょっぴりと目指しています。 ◆note: 長編小説「追憶のオリジン」(全話公開中)イラスト 短編/短歌/自由詩/エッセイ ◆tales: 「追憶のオリジン(改訂版)」「読み切り」

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