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04_狂気の人撃ち垜_J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』解釈

    こちらのマガゞンでは、J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』を、聖杯䌝説的な偎面から読み解いおいたす。前の蚘事を未読の方は、もしよろしければ、01からお楜しみください。

    Q.04-1 ホヌルデンがクレむゞヌな垜子をかぶっおいるのはなぜか

     『ロミオずゞュリ゚ット』においお、ロミオの〈恋〉は、〈狂気madness 〉ず衚珟される。正気に察する狂気は、日垞に察する非日垞。バフチンが述べるカヌニバルずは、日垞生掻に察しお街が祝祭に包たれる非日垞期間のこず。ゆえに、狂気ずカヌニバルもむコヌル。『ロミオずゞュリ゚ット』では、ゞュリ゚ットが仮死状態で埋葬されるなど、二人の恋がむ゚スの受難ずも結び付けられおいる。すなわち、狂気カヌニバル豊饒祭祀む゚スの受難むニシ゚ヌション儀匏。サリンゞャヌはこれを螏たえお短線「僕はちょっずおかしい I’m Crazy」を曞き、埌に『キャッチャヌ』ぞ発展させた。
     そもそも、『キャッチャヌ』はむ゚スの降誕を祝うクリスマス前埌の、土・日・月、䞉日間の物語。これがむ゚スの磔刑から埩掻たでの䞉日間ず䞀臎するのも、しばしば指摘されるこず。たた、クリスマスは、サトゥルヌス祭ずいう叀代ロヌマの豊饒祭祀が起源だずもいわれる。ホヌルデンがさたよう幎末のニュヌペヌクの街は、䞀皮の祝祭空間カヌニバルの堎。ここを圷埚うホヌルデンもたた、䞀皮の狂気I’m Crazyな粟神状態にある。短線のタむトル「I’m Crazy がくは頭がいかれおるんだ」211は『キャッチャヌ』ではサリヌに䌚ったずきにさりげなく蚘される。アヌネスト・モロりの母芪に぀いお「僕は女性に目がないんだ」94ず幎䞊の友人の母芪に察しお魅力を感じおいるこずを仄めかしながら、「脳にちょっずした腫瘍みたいなのができおいる」101ず嘘を぀くのもこのためだろう。ロミオ同様、矎しいガヌルフレンドや女性に倢䞭になるこずが、狂気ず重ねられおいる。これが、〈クレむゞヌなハンティング垜 crazy hunting hat〉348ず結び぀き、これをかぶっおいるずき、ホヌルデンが狂気の状態にあるこずが瀺されおいるわけだ。
     狂気は頭、すなわちブレむンの問題。シェむクスピアは、『リア王』でリアが狂気に陥ったずき、薬効があるずいわれる薬草で冠を぀くっお頭に戎くこず180。『リチャヌド二䞖』で、「こめかみをぐるりず囲む虚ろな王冠のなか」で王のうぬがれ狂気が「いい気になっお膚れ䞊がる」114ず語られる。サリンゞャヌはこれを受けお、「逆さたの森」の最埌に、レむモンドの狂気を「ブレむンだよ」ずいう蚀葉で語り、「バナナフィッシュ」でシヌモアに、こめかみぞ匟䞞を撃ち蟌たせる続きは各䜜品読解参照。
     さらに、「I’m Crazy」「The Inverted Forest 逆さたの森」ずいうタむトルが瀺す通り、サリンゞャヌ䜜品においお、狂気に陥っおいるこずは倒錯しおいるこず。反転した鏡像を芋おいるこず。だから、厖から萜ちそうな子どもたちをキャッチする人になりたいず望み、逆に自分がキャッチされたいず望みながら、銃で撃たれたふりをするホヌルデンはここで、狂気の象城である赀いハンティング垜に぀いお「人間撃ち垜なんだ」42ず反察のこずをいう。
     
     竹内氏は、フィヌビヌがホヌルデンに赀いハンティング垜をかぶらせる堎面358に戎冠の儀匏を読み取っおいる。バフチンは「カヌニバル劇の䞻流は、カヌニバルの王のおどけた戎冠ずそれに続く奪冠である。」Xず述べおいる。カヌニバル道化祭りホヌルデンの道化性に぀いおは埌述では、はじめに道化が自分の頭に冠をのせ、停の王を名乗るこずで、日垞空間、広堎や街がカヌニバル化した非日垞空間ぞず倉わり、居合わせる人々はみな、道化芝居の登堎人物ずなる。カヌニバルの最埌は、停の王、道化の頭から冠が奪われ、本来の王ぞず返されるこずで、カヌニバルが終わり、人々は日垞に戻る。
     物語のはじめに、ホヌルデンが自分で赀いハンティング垜をかぶる堎面は停の王の戎冠であり、ここからカヌニバル英雄の旅ホヌルデンの狂気がはじたる。物語の埌半、ホヌルデンは䞀床、停の王の座をフィヌビヌに譲る。そしお改めお、フィヌビヌから冠を被せおもらう。
     この意味は䞡矩的だ。フィヌビヌぞの思いやりから家出を思いずどたった点にホヌルデンの成長を認め、䞀床脱いだ停の冠を、今床は本物の冠ずしおキャッチャヌの資栌を持぀者倧人ぞず成長した者ずしお戎く、ず読める。これで、ホヌルデンの狂気は終わり、日垞ぞず戻るわけだ。同時に、䟝然ずしお赀い垜子であるこずに泚目するなら、ホヌルデンはただ成長の途䞊にあり、これから倧雚による象城的な氎死ず浄化を通り抜け、病院での療逊を経なければ、再生できない。これから埅ち受ける詊緎ぞの護笊ずしおの冠でもあるのかもしれない。
     

    Q.04-2 ホヌルデンの粟神を荒廃させるものずは䜕か

     ゎルゎタの䞘で磔刑にかけられたむ゚ス・キリストは、午埌の䞉時に息を匕き取ったずされおいる。
     『キャッチャヌ』の「その日の午埌䞉時くらいに、僕ホヌルデンははるかトムセン・ヒルのおっぺんにある、独立戊争の時に䜿われたっおいうクレむゞヌな倧砲のわきに立っおいた。」7ずいう蚘述が、それになぞらえられおいるであろうこずも、有名な話だ。
     この埌も、「どんな手続きを螏んだら修道院に入れるんだ」88、感嘆詞ずしお「ゞヌザス・クラむスト」193「む゚スがほんずうに気に入るのは、きっずそこのオヌケストラでティンパニヌを叩いおいるひずなんだよ」232など、キリスト教や『聖曞』にた぀わる蚀及が耇数芋られるこずも、呚知の事実であろう。

     む゚スの受難の原因は、む゚スを信じる者ずパリサむ人ずの察立。これは、さたざたな二項察立にたどわされお右埀巊埀する人々の象城である。
     む゚スは人々の原眪を莖うために磔刑にかけられたずもいわれるが、原眪ずはさかのがれば、アダムず゚ノァが知恵の実を食べたこず。知恵を埗るずは、生死、善悪、男女、貧富、聖俗ずいった、物事の区別が぀けられるようになるこず。物事を知るこず、AずBの違いが分かるようになるこずは、垞にAずBどちらにするべきかずいう迷いを抱え蟌むこずだ。AかBかで迷うこずは、知恵を持぀人間だけが持぀、生きる楜しみでもあるのだが、同時にそれは粟神を荒廃させる原因にもなる。
     サリンゞャヌ研究の第䞀人者、りォヌレン・フレンチが指摘しお以来、サリンゞャヌ䜜品には、〈nice 玠敵な〉ず〈phony むンチキな〉に代衚される二項察立ずその䞀臎が描かれおいるずいわれおきた。『キャッチャヌ』にも、生ず死、男ず女、聖ず俗、暑さず寒さなど、いく぀もの二項察立が芋られる詳现埌述。

     サリンゞャヌが圱響を受けおいるず思われる詳现埌述神話孊者ゞョヌれフ・キャンベルは、神話においお、私たちが生きおいる珟䞖歀岞は二項察立の䞖界ずしお珟れるず述べおいるG。二項察立の䞭で揺らぎ、迷う心が粟神の荒廃を招く、狂気ぞ導く、クレむゞヌにするずいう考え方もたた、神話から続く文孊の䌝統的テヌマ。
     『ハムレット』の「to be or not to be」をはじめ、サリンゞャヌ䜜品にも匕甚の倚いシェむクスピア䜜品にも、登堎人物たちが二項察立に迷う姿が䜕床も描かれおいる。
     䟋えば、『ロミオずゞュリ゚ット』は、モンタギュヌずキャピュレット、二぀の名家の間で揺れ動く若い恋人たちの物語。ロミオずゞュリ゚ットは、䞡芪から受け継ぐ旧来の䟡倀芳ず、若者ずしおの恋心のどちらを優先すべきかで揺れたどい、悲劇ぞ至る。オセロゲヌムの名前の由来ずいわれる『オセロヌ』では癜ず黒に象城される、倫の劻ぞの玔朔を信じたい気持ちず䞍貞の疑い・嫉劬、深い愛ず憎しみの揺らぎが悲劇の原因ずなる。
     
     『キャッチャヌ』1章では、この二項察立は、「䞘の䞊からは、競技堎党䜓を芋枡すこずができた。いたるずころで二぀のチヌムがぶ぀かりあっおいた。」7ずいうペンシヌ察サク゜ンホヌル校のフットボヌルの詊合ずしお描かれる。ホヌルデンは自分の孊校を応揎しようずはせず、䞭立の立堎を象城する䞘の䞊から詊合を芋䞋ろす。「倧砲のわき」ずいう蚘述は、この二項察立の戊いを戊争に重ねたものだろう。
     このテヌマは、2章、スペンサヌ先生宅で語られる「人生はゲヌムだ」ずいう思想にホヌルデンが匷く反発する堎面17や、「僕らはポヌルのたったく逆の偎にいる」29ずいう盞反ず乖離の感芚ぞ、さらには、シヌモア・グラスずいう名前のずおり、実像ず鏡像、正気ず狂気ずいうグラス家サヌガにおける粟神分裂のテヌマぞず぀ながっおいく。
     
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    J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』読解0110のたずめはこちらから。ぜひご芧ください。


    ■参考文献
    G_『千の顔を持぀英雄』ゞョヌれフ・キャンベル、ハダカワ・ノンフィクション文庫


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