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01_ラむ麊畑の聖杯_J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』読解

     こちらのマガゞンでは、J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』を、聖杯䌝説的な偎面から読み解いおいきたす。ぜひ、マガゞンを通しおお楜しみください。

    Q.01-1 『The Catcher in the Rye』のタむトルの意味ずは

     たずは、タむトルの意味から考えおみたい。村䞊春暹蚳『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』、野厎孝蚳『ラむ麊畑で぀かたえお』。これは蚀うたでもなく、以䞋のホヌルデンの有名なセリフから取られたもの。

    だだっぎろいラむ麊畑みたいなずころで、小さな子どもたちがいっぱい集たっお䜕かのゲヌムをしおいるずころを、僕はい぀も思い浮かべちたうんだ。䜕千人もの子どもたちがいるんだけど、ほかには誰もいない。぀たりちゃんずした倧人みたいなのは䞀人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのぞんのクレむゞヌな厖っぷちに立っおいるわけさ。で、僕がそこで䜕をするかっおいうずさ、誰かその厖から萜ちそうになる子どもがいるず、かたっぱしから぀かたえるんだよ。぀たりさ、よく前を芋ないで厖の方に走っおいく子どもなんかがいたら、どっからずもなく珟れお、その子をさっずキャッチするんだ。そういうのを朝から晩たでずっずやっおいる。ラむ麊畑のキャッチャヌ、僕はただそういうものになりたいんだ。

    293

     たた、先行研究では、ホヌルデンがハンティング垜の庇を埌ろにたわしおかぶる描写やアリヌのミットから、野球の捕手を瀺唆しおもいるのではないかず指摘されおいる。野球は『ナむン・ストヌリヌズ』の「笑い男」にも描かれおいるので、おそらく䜜者も意識しおいたはず。
     この〈぀かたえる人〉のむメヌゞが、叀今東西のさたざたな神話や䌝説などに登堎する、救䞖䞻の救いの手のむメヌゞぞ぀ながっおいる。さらに、救䞖䞻の手は、西掋の神話・宗教・文孊の䌝統においお〈聖杯 Holy Grail〉ぞず結び぀く。

     〈キャッチャヌ Catcher〉ずいうのは、この〈聖杯〉を意味しおいるのではないか、〈聖杯〉をより広く蚀い換えた蚀葉ではないか、ずいうのが本皿の趣旚になる。
     ずいうず、さっそく違和感を持぀方もいらっしゃるず思う。聖杯䌝説ずいえば、普通はいわゆる英雄物語、英雄が聖杯を求めお旅をし、詊緎をのりこえお聖杯を芋぀け出すこずでハッピヌ゚ンドになる物語。『キャッチャヌ』のストヌリヌは、䞀芋これずはたったく違っおいる。䞻人公のホヌルデンも、繊现で傷぀きやすく、心の䞭でうじうじ文句を蚀いながらも呚りに流されおばかりで、たったく英雄らしくない。
     だから、これたで『キャッチャヌ』が聖杯䌝説ずしお語られるこずはほずんどなかったように思う私が知らないだけかもしれたせんが。けれど、読めば読むほど『キャッチャヌ』はホヌルデンの聖杯探究の物語で、そういう芖点で読むず腑に萜ちる郚分がいく぀もある。そしお、そのように読むこずは、他のサリンゞャヌ䜜品、特に「バナナフィッシュにうっお぀けの日」をはじめずするグラス家サヌガのさたざたな謎を解く鍵にもなる。だから、たずは『キャッチャヌ』のいったいどこが聖杯䌝説なのか、ずいうずころから読み解いおいきたい。
     
     聖杯䌝説英雄の旅は、ハリりッド映画などでもよく䜿われる物語の最も基本的な型のひず぀。だから、䜜家が意識せずに曞いたものが、結果的に聖杯䌝説ず同様の構造を持っおいた、ずいうのも叀今東西よくある話。しかし、サリンゞャヌははじめから、おそらくかなり意識的に、『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』を聖杯䌝説ずしお曞いおおり、それが読解のひず぀のポむントになる。䜜者は本䜜を兞型的な聖杯探究の物語ずしお構想し぀぀、タむトルを〈聖杯 Holy Grail〉から〈キャッチャヌ Catcher〉にしたように、ストヌリヌやモチヌフを、ほんの少しず぀ずらしおいる。そのずらし方に、サリンゞャヌ独特の遊び心ず生真面目さ説教くささ、だったりもしたすが・笑、そしお少々あたのじゃくな性栌のようなものがにじみ出おいるようにも思う。

    Q.01-2 ホヌルデンの聖杯探究ずは

     たずは、ホヌルデンの聖杯探究がどんなふうに曞かれおいるのかをおさえおおきたい。最も分かりやすいのは、前半でアックリヌに向かっお「お母さん、手を貞しおください」40ずふざける堎面。あるいは、投身自殺したゞェヌムズ・キャッスルに䞊着をかけおやり、抱え䞊げお医務宀たで運んだ295アントリヌニ先生ぞ信頌を寄せる堎面などからも読み取れるように、ホヌルデンは終始、自分をキャッチしおくれる救䞖䞻の〈手〉、぀たり〈聖杯〉を求めおいる。

     同時に、自分も誰かの救䞖䞻キャッチャヌになりたいず望みながら、今はただ圌にその胜力がないこずが、手袋が盗たれおいるこず10や、手を怪我しおいる77ずいう衚珟で語られおいく。たた、ホヌルデンは『ベオりルフ』に぀いお二床蚀及する21・187。Wikipediaによるず、これは英文孊の叀兞。英雄ベオりルフが巚人グレンデルの腕をもぎ取っお戊いに勝利する物語詳现埌述で、これも〈手〉が欠けおいるむメヌゞのひず぀だ。
     果たしお、ホヌルデンは自分をキャッチしおくれる救䞖〈手〉を芋぀けるこずができたのか。たた、ホヌルデンは、誰かをキャッチする〈キャッチャヌ〉になれたのかにも泚目し぀぀、読解をすすめおいきたい。

    Q.01-3 ラむ麊畑の聖杯ずは

     聖杯䌝説の起源は、倪叀の豊饒祭祀。か぀おは倧地の豊饒を願うために行われおいた儀匏が神話ずしお䌝わり、䞭䞖ペヌロッパで、キリスト教の聖遺物である〈聖杯〉ず結び぀いたずいう。〈聖杯〉は、もずもず、キリスト教の新玄聖曞においお、む゚スの受難の゚ピ゜ヌドで、む゚スず匟子たちが最埌の晩逐で甚いた噚、あるいは、磔刑にかけられお十字架から降ろされたずきに、ペセフがむ゚スの血を受けた噚のこず。それが、『アヌサヌ王ず円卓の階士』などの階士道文孊のなかに組み蟌たれながら発展。階士道文孊では、「聖杯の探求が、人間の粟神的真実探求の匷力なむメヌゞずしお䞭䞖の䜜家たちによっお甚いられるように」Mなり、物語の䞭で願われる豊穣・豊持は、やがお粟神的な豊かさの象城ずなっおいったのだそうK・L・M。

     サリンゞャヌ研究者の竹内康浩氏は、『キャッチャヌ』に叀代゚ゞプトのオシリス神話のモチヌフや、ミハむル・バフチンがドスト゚フスキヌ論で展開したカヌニバル的芁玠、死ず再生のテヌマが描かれおいるこずを指摘しおいるC・X。オシリス神話も、カヌニバルも、起源は聖杯䌝説ず同様、叀代の豊饒祭祀。オシリスは穀物の神であるず同時に冥界の神でもあり、怍物が冬に枯れ、死に、春に再生する自然の埪環を叞るずいわれおいる。
     
     聖杯䌝説のあらすじはこう。ある囜を治める王が病み、倧地が荒廃し、䜜物が獲れなくなり、民が飢える。王から芁請を受けた英雄は冒険の旅ぞ赎き、詊緎をくぐりぬけ、〈聖杯〉を獲埗しお囜ぞ垰還する。〈聖杯〉によっお王の傷は癒え、豊饒がもたらされ、䞖界は均衡を取り戻す、ずいう物語。
     倧地が海に、䜜物が魚に、豊饒が豊持に倉わったり、王が病む代わりに王劃がさらわれたり、さたざたなバリ゚ヌションがある。物語の䞭で、〈聖杯〉は、倧地に豊穣をもたらす秘薬、王たたは英雄の劃ずなる女神や姫、䞍老長寿の薬、金色のりんご、黄金の指茪、死者を蘇らせる倧窯、賢者の石など、さたざたな圢をずっお珟れる。聖杯は、荒廃した倧地に再び豊かさをもたらすもの、新しい生呜を生み出すもの、食べ物や子孫繁栄をもたらし、倧地・身䜓・粟神の傷を治し、バラバラになっおいたものを統合し、死者を再生させ、土地や心身を豊かに最し満たすものの象城ずいえそうだ。
     
     そしお、『キャッチャヌ』におけるラむ麊畑ずは、䞻人公ホヌルデンの心の䞭の象城。だから、『The Catcher in the Rye』ラむ麊畑の聖杯、ずいうタむトルは、傷぀き、病んで、荒れ果おたラむ麊畑ホヌルデンの粟神が、聖杯探究の旅を通しお、再び豊かに実り、黄金色に茝くたでの過皋を描いた物語を衚しおいるず読める。

     サリンゞャヌが、T.S.゚リオットの『荒地』からむンスピレヌションを受けお、「バナナフィッシュ」や「逆さたの森」を曞いたこずはよく知られおいるが、『キャッチャヌ』にも『荒地』ずの共通点が倚く芋られる詳现は改めお。そもそも、゚リオット本人による原蚻のはじめに、「聖杯䌝説の研究曞に倚くを拠っおいる」Kず蚘されおいるずおり、『荒地』は䌝統的な聖杯䌝説の型を甚いながら、ロンドンの郜垂生掻者の、堕萜しお荒地化した粟神が、聖杯探究を通しお、再生ぞず導かれおいく過皋を描きだした䜜品。サリンゞャヌはこれを参照したうえで、ニュヌペヌクの郜垂生掻者の、むンチキphonyにたみれお荒廃した粟神を描写し、ホヌルデンが聖杯探究を通しお再生ぞず導かれおいく過皋を描きだしおいる。
     『The Catcher in the Rye』ラむ麊畑の聖杯ずいうタむトルは、聖杯によっお豊穣がもたらされた粟神的な倧地を象城しおおり、゚リオットの『荒地』を鏡に映したような正反察の意味、あるいは『荒地』が回埩した埌の状態を衚しおいるずいえるだろう。

    Q.01-4 『リトル・シャヌリヌ・ビヌンズ』ずは

     聖杯䌝説の起源ずされる叀代゚ゞプトの豊饒神話においお、オシリスは匟セトに殺され、身䜓をバラバラにされお、倧地にばらたかれる。それを、効で劻のむシスが集め、包垯で぀なぎ合わせお再生させるずいうストヌリヌで、これがミむラの起源だずいわれおいる。たた、豊饒祭祀においおも、オシリスの暡造をいけにえずしお、バラバラにしお倧地に埋めたり、海に投げ蟌んだりしお翌幎の豊饒・豊持を祈る習慣があり、これぱリオットの『荒地』のなかにも描きこたれおいる。
     豊饒祭祀や神話のなかで、倧地にばらたかれるオシリスの肉䜓や暡造は、翌幎、怍物が新たに芜を出すための逊分、あるいは皮のむメヌゞにも぀ながっおいるのだろう。

     竹内康浩氏は、『キャッチャヌ』で、ホヌルデンがレコヌドを萜ずしお割り、その欠片をフィヌビヌが匕き出しにしたう仕草を、このオシリス神話ず結び付けお読み解いおいる。ホヌルデンが粉々にし、フィヌビヌがキャッチするレコヌドのタむトルは『Little Shirley Beans リトル・シャヌリヌ・ビヌンズ』194。
     〈Shirley シャヌリヌ〉ずいう名前は、埌半でフィヌビヌの友達の名前ずしおも登堎する272。〈Shirley シャヌリヌ〉は茝かしい草原の意味『ペヌロッパ人名語源蟞兞』で、〈Little Shirley Beans〉は、〈小さな茝く草原に育぀豊饒の豆〉。豆は食料ずしお私たちの心身の栄逊になり、土に怍えれば芜を出す皮。ホヌルデンが萜ずしお倧地にばらたき、むシスず重ねられたフィヌビヌによっお保管されるレコヌドの欠片が、ホヌルデンの粟神の豊穣を願っお倧地に蒔かれる豆皮であるこずが、曲のタむトルに瀺されおいるのではないだろうか。

    Q.01-5 ゞェヌムズ・キャッスルの歯が飛び散るのはなぜか

     『リトル・シャヌリヌ・ビヌンズ』は、前歯が二本抜けおいるこずを恥ずかしがる女の子の歌194。これは、ゞェヌムズ・キャッスルが投身自殺したずきに「血やら歯やらがあたりに飛び散っおいた」288ずいう描写ず響きあう。ゞェヌムズ・キャッスルが死んだずき、ホヌルデンのセヌタヌを着おいた289こずから、この二人が重ねられおいるこずもたた、先行研究によっお指摘されおいるC。

     ゞェヌムズ・キャッスルは、うぬがれの匷いクラスメむトに「うぬがれの塊」だずいったこずを撀回するくらいなら死ぬこずを遞ぶずいっお窓から身を投げる288。ゞェヌムズ・キャッスルは、ホヌルデンのなかにある、玔粋さや頑なさ、子どもらしいむノセンスを䜓珟するキャラクタヌなのではないだろうか。ホヌルデンが抱えたたたでは倧人になれない、瀟䌚人ずしおは生き延びるこずが難しくなるであろう子どもっぜい玔粋さ・頑なさを背負っお、ホヌルデンの身代わりに死んだのだずいう読みもできるように思う。ホヌルデンは、ゞェヌムズ・キャッスルを通しお、自分の䞭にあるむノセンスを切り離し、逆説的に包摂するこずで、倧人ぞず成長しおいくのではないだろうか。
     そしお、ゞェヌムズ・キャッスルの飛び散った血や歯は、ホヌルデンの粟神的な成長ず豊穣を願っお捧げられた、豊饒祭祀におけるいけにえであり、皮なのではないだろうか。同時に、抜歯や歯の䞍具合は『荒地』にも描かれ、「ドヌミ゚」ではサリンゞャヌも甚いおいるむニシ゚ヌションや粟神的な䞍安定さの象城詳现䞋蚘参照。

     たた、ゞェヌムズ・キャッスルが批刀する〈うぬがれ〉も未熟さの象城。「バナナフィッシュ」のテヌマである〈鏡を芋るこず〉にかかわる問題䞋蚘参照。これが、前歯が二本抜けおいるこずを恥ずかしがる女の子ぞも結び぀いおいく。

    Q.01-6 ホヌルデンがピヌナッツの殻に足をずられるのはなぜか

     寮を飛び出す際にホヌルデンは、「どっかの銬鹿が階段じゅうにピヌナッツの殻をばらたいおいたせいで、あやうく銖の骚を折っちたうずころだったよ」92ずいう。これは、この時点で圌がただ、粟神的な豊饒を育おられる豆皮を持たない、殻だけの状態、空っぜの青幎だからだろう。
     未熟な青幎の䞍安定な粟神状態が、おが぀かない足元に象城されるのも、〈銖の骚を折る〉こずで象城的に死に、再生ぞ導かれるのもたた、神話の兞型的なパタヌン。サリンゞャヌ䜜品の登堎人物たちが、しばしば脚・足を病み、粟神的な危機に際しお銖元を気にする理由はここにある足に぀いおは䞋蚘参照。シェむクスピア䜜品では、これが麊の穂が実っお垂れるず、刈り取られるむメヌゞにも぀ながっおいく詳现は改めお。

     『キャッチャヌ』埌半では、アントリヌニ先生宅に「ピヌナッツを盛った皿がいく぀もあった」308ず曞かれおいる。前半のピヌナッツの殻が、ホヌルデンを転ばせる詊緎の象城なら、埌半のピヌナッツは、アントリヌニ先生がホヌルデンに授ける䞀連のアドバむスが、ホヌルデンの心に皮ずしお怍えられ、やがお豊饒をもたらすこずを衚しおいるのではないだろうか。
     前半のピヌナッツの殻ず埌半のピヌナッツを盛った皿の察比で、寮を飛び出すずきには空っぜだったホヌルデンの心の䞭に、䞀連の詊緎をくぐりぬけたあずの成長ず再生、未来の粟神的な豊饒の予感が瀺唆されおいるように思う。豆のモチヌフは、『フラニヌずズヌむ』の序文にある「ラむマ・ビヌン」ずいう蚀葉にも぀ながっおいる。この続きは改めお。

     倪叀から䌝わる豊饒神話の型を甚いお、荒廃した粟神の再生ず豊饒を描くのは、『聖曞』からシェむクスピア、゚リオットぞず受け継がれおきた文孊の䌝統。『キャッチャヌ』をはじめずするサリンゞャヌ䜜品には、シェむクスピア䜜品から圱響を受けたず思われるモチヌフがいく぀も散りばめられおいる。そのこずは䜜䞭でホヌルデンが『ロミオずゞュリ゚ット』188や『ハムレット』198に觊れるこずでも瀺されおいる。
     『リア王』では、嚘たちに裏切られお暩力を倱い、空っぜになったリアが「豆を抜かれたサダ゚ンドりThat’s a shelled peascod.」束岡和子蚳、ちくた文庫_55ず衚珟されるし、『テンペスト』の劇䞭劇では、「豊穣の女神シヌリヌズ、あなたの豊かな田畑には倧麊、小麊、カラス麊、ラむ麊、゜ラマメ、゚ンドり。草萌える䞘陵には、牧草をはむ矊の矀れ、なだらかに広がる牧堎には、冬の飌い葉の干し草の山」121ず豊饒が描写されるなど、シェむクスピア䜜品には、豆ず豊饒神話を結び付けた衚珟が随所にみられる。サリンゞャヌはこれらの䜜品から圱響を受け、自䜜に同様のテヌマを描きこもうずしおいるのだろう。

     シェむクスピアが描く倧地、゚リオットが蚘した『荒地』、その反転ずしおの『キャッチャヌ』でホヌルデンが語るラむ麊畑は、登堎人物たちの心のなかの荒廃や豊饒を映したものであり、それは読者の心の䞭ずも぀ながっおいるずいえるだろう。そしお、䜜品を読み解いおいくほどに、サリンゞャヌが䜜品に蚘した蚀葉の䞀぀䞀぀、䞀文字䞀文字が麊のひず粒、たさに〈皮〉ずなっお、読者䞀人ひずりの内奥に秘められたラむ麊畑を豊かに実らせ、黄金色に茝かせるよう願っおいるこずが明らかになっおいく。ずりわけ「゚ズメ」で、〈さ・り・げ・な・く〉仄めかされおいるので、本棚にある方はぜひ探しおみおください。

    ぀づきはこちらから。ぜひご芧ください。

    J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』読解0110のたずめはこちらから。ぜひご芧ください。


    ■参考文献
    K_『荒地』T.S.゚リオット、西脇順䞉郎蚳、土曜瀟、2021幎
    L_『四月はいちばん残酷な月 T.S.゚リオット『荒地』発衚100呚幎蚘念論集』䜐藀亚・平野順雄・束本真治 線集、氎声瀟、2022幎
    M_『T.S.゚リオット『荒地』を読む』越沢浩、勁草曞房、1992幎
    X_『ドスト゚フスキヌの詩孊』ミハむル・バフチン、望月哲男・鈎朚淳䞀蚳、1995幎、筑摩曞房

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