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06_聖杯伝説の構造_J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読解

    こちらのマガジンでは、J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を、聖杯伝説的な側面から読み解いています。前の記事を未読の方は、もしよろしければ、01からお楽しみください。

    Q.06 『キャッチャー』が聖杯伝説の構造に当てはまるとはどういうことか?

     神話学者のジョーゼフ・キャンベルは『千の顔をもつ英雄』で、西洋・東洋のさまざまな民族に共通する英雄の旅の物語の型を抽出して紹介している。
     その型とは、「出立→イニシエーション→帰還」の三段階であり、これは、子供が精神的に大人へと変身する、イニシエーション儀式と同様の構造、意味を持つという。
     豊饒祭祀、豊饒神話、聖杯伝説もこれと同様の型・起源をもつ。古代エジプトのオシリス神話にみられる自然界の動植物の四季の循環、死と再生を願う物語、それを起源とするイエスの受難の物語が、人々の精神的な成長とも重なる。毎日、心身に小さな傷を負い、休息や眠り(象徴的な小さな死)を経て回復する、そのサイクルを繰り返して大人になっていく、その過程を語る物語でもあるわけだ。
     評論家の大塚英志氏は、キャンベルが示した英雄伝説の型を、中上健次の『南回帰船』と照らし合わせて分析している(『ストーリーメーカー 創作のための物語論』大塚英志、星海社新書、2013年)。ここからは大塚氏の手法に習い、これを『キャッチャー』にあてはめて検討してみたい。
     キャンベルが示した英雄の旅のあらすじは以下。(『キャッチャー』を読み解くうえで分かりやすいように、一部改変している。神話は土地や民族によって形を変えるものなので、ここでの改変も問題ないと考える)

    ◆出立
    1 冒険への召命
    2 自然を超越した力の助け
    3 最初の境界を超える
    4 クジラの腹の中
    ◆イニシエーション
    1 試練の道
    2 女神との遭遇
    3 誘惑する女
    4 父親との一体化
    5 神格化
    6 究極の恵み
    ◆帰還
    1 帰還の拒絶
    2 外からの救出

     以下のようにざっと当てはめてみると、『キャッチャー』がほぼこの構造に沿って語られていることが分かるだろう。

    ◆出立
    1 冒険への召命 →学校からの追放と落下
    2 自然を超越した力の助け →スペンサー先生の導き
    3 最初の境界を越える →電車でのニューヨークへの移動
    4 クジラの腹の中 →ミイラの棺、フィービーが眠るDBの部屋、
               語り手ホールデンがいる病室
    ◆イニシエーション
    1 試練の道 →ストラドレイターとの対決や、
            極寒のニューヨークを彷徨う三日間
    2 女神との遭遇 →フィービーとの遭遇
    3 誘惑する女 →サリーと二人の娼婦
    4 父親との一体化 →スペンサー先生・アントリーニ先生を訪ね、
               最後に兄DBと一体化
    5 神格化 →キャッチャーになること
    6 究極の恵み →大雨(洪水)の後の再生・精神的豊穣
    ◆帰還
    1 帰還の拒絶 →ホールデンが病室にとどまったまま物語が終わること
    2 外からの救出 →DBによる導き

     ホールデンの饒舌な語り口、スピード感のある文体のせいか、『キャッチャー』は構造がない物語だといわれることもある。ホールデンがあまりにも軽やかに、インチキな大人社会を批判し、イノセントな子どもたちを称揚し、うじうじと悩む場面が目立つため、一読して大人になりたくない青年が文句を並べ立てているだけの作品という印象を持ったまま、読み返すことのない人も多いのではないかと思う。
     しかし、改めて読んでみると、『キャッチャー』は太古から、西洋・東洋含めあらゆる民族に伝わる神話や物語の、最も普遍的な構造を下敷きにした物語、超王道のテーマを扱った作品であることが分かる。おそらくはそれが、本作を世界的なベストセラー、時代を超えたロングセラーにしている理由のひとつだ。

    つづきはこちらから。ぜひご覧ください。

    J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読解01~10のまとめはこちらから。ぜひご覧ください。


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    文学作品の新たな読み方を考える記事を書いています。サリンジャー、シェイクスピア、村上春樹など。 yomikata.ken@gmail.com

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