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本能寺の変1582 【重要史料6】 101~120 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    【重要史料6】 101~120 

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    →【シリーズ】
     信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5 
    →その一因 目次大 概説大 目次中 →
     1時代の風潮 2光秀という男 3光秀と光慶 
     4光秀の苦悩 5志向の相違  +信長の油断 →
     3(1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
    →見えてきたもの 目次大 目次中 +240607  
    →【人物】 
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     そ=その一因 テ=テーマ別 
    *進捗状況 

    【重要史料6】 101~120 

    【重史101】
      ①信長の宮廷に
       惟任日向守殿、別名十兵衛明智殿と称する人物がいた。
      ②彼(光秀)はもとより高貴の出ではなく、
      ③信長の治世の初期には、
       公方様の邸の一貴人兵部太輔と称する人に奉仕していた
      ④その才略、深慮、狡猾さにより、
      ⑤信長の寵愛を受けることとなり、
      ⑥主君とその恩恵を利することをわきまえていた。
                                 『日本史』

    【重史102】 そ第30話①
      細川ノ兵部太夫が中間にてありしを、
                               「多聞院日記」

    【重史103】 ◎第30話
      ①入洛の儀につきて、
      ②信長、厳重に言上、
      ③先ず、濃州に至り御座を移さるべきの由申すの間、
                               「上杉家文書」

    【重史104】
      
    ①此比、諸国知行之高帳之事、
      ②五十四万石 十八郡 美濃国
      ③五十七万石 八郡  尾張国
      ④五十六万石 十三郡 伊勢国
                                 「当代記」

    【重史105】 そ第11話㉔
      ①三好三人衆、・・・公方様、六条に御座侯を取詰め、
      ②六条に楯籠る御人数、細川典厩・・・、明智十兵衛
                                『信長公記』

    【重史106】 そ第11話㉔
      三好日向守・同下野・・・今日、悉く本國寺を取り詰め
                                「言継卿記」

    【重史107】 そ第11話㉔
      ①是れは、後巻かつら川表の事。
      ②細川兵部大輔・三好左京大夫・池田筑後・・・懸け向かひ、
                                『信長公記』

    【重史108】 そ第11話㉔
      ①内待所簀子(すのこ=縁側)にて遠見、
      ②三人衆以下、申の刻、敗軍、
                                「言継卿記」

    【重史109】 そ第11話㉕
      ①其の節、以て外の大雪なり。
      ②信長、馬上十騎・・・御伴なく、六条へ懸け入り給ふ。
                                『信長公記』

    【重史110】 そ第11話㉕
      ①池田せいひん、今度の手柄の様体聞こしめし及ばれ、
      ②御褒美、是非に及ばず。
                                『信長公記』

    【重史111】 そ第11話㉕
      ①一月十日・・・、濃州より、織田弾正忠上洛、
      ②十二日・・・、八万人ばかりと云々、
                                「言継卿記」

    【重史112】 そ第11話㉞
      度々、申し遣わすと雖も、明智、返事無しの由
                                「言継卿記」

    【重史113】 そ第11話㉞
      阿弥陀寺敷地指図、幷(ならび)に、方々、寄進分、
                              「阿弥陀寺文書」

    【重史114】 そ第11話㉟
      ①明智市尉、来たる、
      ②愛洲薬、又、所望の間、
                                「言継卿記」

    【重史115】 そ第11話㉟
      勢州に於て、千石知行、
                                「言継卿記」

    【重史116】 そ第11話㉟
      ①九月五日、せんくわうの御十三年にて候、
      ②とく川、ちそう(馳走)いたし候やうに、
                                「言継卿記」

    【重史117】 そ第11話㊱
      明智市慰に、近所にて行き合うの間、
                                「言継卿記」

    【重史118】 そ第11話㊱
      ①極暑の時分、老足、奇特なり、
      ②山上は、老足、大儀たるべくの間、
                                「言継卿記」

    【重史119】 そ第11話㊲
      ①只今、下山の間、麓に相待つべし、
      ②然れば、老足と云ひ、極暑と云ひ、
      ③三川の調わざる時は、信長、一、二萬疋は、進上すべきの由、
      ④日乗上人・明智十兵衛方へ、申上の間、
                                「言継卿記」

    【重史120】 そ第11話㉛
      城州、賀茂庄の内、先々より、落し来り候田畠、
                           「織田信長文書の研究」



     ⇒ 次へつづく

     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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