
毎週ショートショートnote「マッチョ華道」
「花園先生に、吉村のポージング指導を頼んでもらえないか?」
ジムのオーナーが、トレーナーに言った。
花園先生は華道家で、トレーナーの姉だ。
「それは、よほどのことがない限り……」
「だから、今がそのときなんだよぉ。吉村がいい仕上がりなんだ。優勝とは言わない。二位か三位に入ってくれたら、入会する人も増えると思うんだよね。でないと潰れるよ、うちのジム。マジで」
「頼んではみますが、引き受けてくれるかどうか……しかし、マッチョに華道は本当に危険ですからね……」
「分かっているよ」
「本当に分かっています? 怪しいな……」
「これまでの優勝者の多くが、お姉さんの華道教室に通っていたという情報があるんだよ。君なら何か知っているだろう?」
「はあ……。僕も、ここのジムが潰れると困るし……」
4回までの指導、毎回オーナーとトレーナーが付き添うという条件で花園先生は引き受けてくれた。
和服姿の先生は、息をのむほど美しかった。
和室で実際に花を生けながら、空間の作り方、全体のバランス、大胆さと繊細さについて講義を受けた後、吉村は大きな姿見の前に立ち、全員が見守る中でポージングを繰り返した。
2回目までは、何事もなく終わった。吉村の表現力は見る見る上達していった。
しかし、3回目に異変が起きた。吉村の様子が、明らかにおかしくなったのだ。
うっとりした顔で鏡にぴったりと体を寄せ、髪をかき上げ始めた。
そのとき花園先生が叫んだ。
「はい、ここまで! はやく鏡から引きはがして、連れて帰って!!」
吉村はすごい力で抵抗したが、オーナーとトレーナーは必死で鏡から引き離した。
花園先生はふぅーとため息をつくとその場に座り込んでしまった。
「放っておくと、自分に見惚れちゃってナルキッソス――水仙になって根が生えちゃうわよ。危ない。危ない」