
「百人一首を旅しよう!」短歌と写真で今と繋がる〜第二十一回●壬生忠岑●〜
失恋の歌第二弾、今回は壬生忠岑(生没年不詳)です。何が凄いかって、百人一首撰者の藤原定家や藤原家隆が「これほどの歌を一生に一度でいいから詠んでみたい」と大絶賛し、後鳥羽院へ揃って彼の歌を推薦していること。
身分の低い貴族でしたが歌人としては一流と称され、三十六歌仙の一人。『古今集』撰者も務めました(撰者の中で最も身分が低い)。後世の歌人からも最高評価を受けています。
有明の つれなく見えし 別れより
暁ばかり 憂きものはなし

意味)有明の月が冷たく見えます。無情に思えたあの別れの時から、暁になるといつも思い出してはつらい気持ちになるのです。
ここで時間感覚について少し説明を。当時のいわゆる通い婚の時間帯には様々な名がつけられていました。
今の午後6時〜8時を夕べ、夜10時〜午前0時を宵、午前2時〜4時を暁、4時を曙、6時にかけてを朝ぼらけ・有明などと言います。男性が女性のもとを訪れるのは夕べ、帰るのは暁の頃でした。

有明は夜が明けてももまだ空に残っている月で、いわゆる下弦の月。暁には男は女の元を去らねばなりません。
彼は過去の失恋体験を振り返っています。会いたい女性の元へ行ったのに逢ってくれず、しょんぼり帰って行く時に見た月の光がとても冷たく見えた。それ以来、暁ほどつらい時間はないと感じるようになったのだよ、と。

時の流れと心の動きが見事にクロスマッチしている名歌です。
皆さんにもありますよね。別れた後、思い出すと切ないから食べなくなったもの、飲めなくなったもの、避けるようになった場所、甘やかな記憶が蘇るからつらくて仕方ない夕暮れや深夜の時間帯など。

百人一首には様々な恋の歌があり、今後少しずつ紹介していきます。有明の月というワードは頻出するので覚えていて下さいね(また説明します)。
決して誰か特定の人を指して恨めしく思うのではなく、月や時間の経過に託して実らなかった恋を詠った壬生忠岑は、さぞ心優しく感受性豊かな男性だったことでしょう。
では最後にもりやま作を。
暁の 夢の狭間に 君も我も
忘れがたきは ほつれし恋よ

意味)暁のほんの僅かな夢のような時間に、貴方も私も本当は別れ難かったのです。ほつれた恋を修復するのに精一杯だったから。
壬生忠岑がただフラレて傷ついただけではないことを、ちょっと男を翻弄する女目線で言い訳してみました。
最後までお読みいただきありがとうございました。次回からは「叶わぬ恋の歌」を2人ご紹介します。
前回・右近については下記記事をご覧下さい⤵︎