
ショートショート|月曜日の朝|拝啓文芸部
佐々木という男がいた。彼は中堅の食品メーカーで、社内の勤務環境や労働効率を分析する総務部のデスクワークに就いていた。
彼の仕事ぶりは誠実そのものだったが、彼にはひとつだけ、長年抱えている個人的な悩みがあった。重度の「月曜日嫌い」である。
日曜日の夕方、陽が傾きかけると、佐々木のみぞおちのあたりにはずっしりと重い塊が居座り始める。テレビから夕方のニュースのテーマ曲が流れる頃には、生きた心地がしなくなる。明日になればまた、慌ただしい一週間が始まるのだ。
そんな日曜日の夜、佐々木には密かな習慣があった。自室のデスクに向かい、ノートを開いて「月曜日」宛てに手紙のようなメモを書きつけることである。
『拝啓、月曜日様。
どうして君は、これほどまでに世界中から忌み嫌われるのだろうか。日曜日という平和な時間のあとに、ただ順番通りに巡ってくるだけだというのに。君が近づいてくる気配を感じるだけで、世界中の人々は溜息をつき、頭を抱え、絶望する。君は一週間の始まりという大役を果たしているのに、誰も感謝しない。同情の念を禁じ得ないよ。だが、本当に申し訳ないが、私もまた君のことが憎くてたまらないのだ』
佐々木はペンを置くと、深くため息をついて布団に入るのだった。
◇
あるとき、社長の肝煎りで「社員のストレス低減と作業効率向上に関するプロジェクトチーム」が発足し、佐々木がその担当者に選ばれた。会社としては、月曜日に集中する社員の遅刻や欠勤、そして業務上のミスをなんとか減らしたいと考えていたのだ。
佐々木はさっそく、過去五年分の社員の勤怠データ、業務日報、事故報告書、さらには面談の記録などを徹底的に分析し始めた。データを集計していくうちに、佐々木はある驚くべき事実に突き当たった。
社内で発生する軽微な書類のミス、取引先への連絡遅延、商品の誤発注、さらには社員の体調不良の訴えの実に八割以上が、「月曜日」に集中していたのである。
一見すると、これは「月曜日の憂鬱」が社員のパフォーマンスを低下させている証拠に見えた。しかし、佐々木が報告書の詳細な内容をひとつひとつ精査していくと、おかしな点に気づいた。
たとえば、金曜日の夕方に確認しておくべきだった仕様書を怠り、月曜日の朝にそのまま処理してミスが起きたケース。あるいは、日曜日夜の個人的な夜更かしで睡眠不足になり、月曜日の午前中に居眠りをしたケース。
原因は明らかに本人たちの前日までの怠惰や計画性のなさ、あるいは単純な能力不足であった。にもかかわらず、提出された報告書の言い訳欄には、例外なくこう書かれていたのだ。
「月曜日特有の重苦しさにより、判断力が低下していたため」
「週の初めであり、心身の切り替えがうまくいっていなかったため」
佐々木は膝を打った。
人間は、自らの不注意や不手際、怠惰によって生じた失敗のすべてを、「月曜日」という存在に押し付けているのではないか。
月曜日は単なる一週間の起点ではない。全人類の愚かさと失敗を、文句ひとつ言わずにその背中に背負ってくれる「巨大な免罪符(スケープゴート)」なのだ。人々は「月曜日だから仕方がない」と呟くことで、自らの自尊心を保ち、罪悪感から逃れていたのである。
佐々木はこの発見に興奮した。もしそうであるなら、この構造を変えれば問題は解決するのではないか。
佐々木はひとつの実験的な改善策を社内に提案した。「カレンダーから『月曜日』という名称を消去し、週の始まりという概念を無くす」という施策である。
具体的には、月曜日という呼び名をやめ、社内カレンダー上では「第二日曜日」または「調整日」と表記する。そして「この日は週の始まりではないので、特別に重い業務は行わない」というルールを試験的に導入したのだ。
社員たちは大喜びした。「あの憎き月曜日がなくなった!」と。最初の二週間ほどは、社員たちの表情も明るくなり、日曜日の夜の憂鬱も軽減されたかのように見えた。
しかし、一ヶ月が経過した頃、事態は誰も予想しなかった方向へと悪化した。
社内のメンタル不調者や休職者の数が、以前の数倍に跳ね上がったのである。
原因は明白だった。「月曜日」という免罪符を失った社員たちは、ミスや不手際を起こした際、それをなすりつける対象を失ってしまったのだ。
「第二日曜日」にミスをしても、「月曜日のせい」にはできない。
「自分の能力が低いからだ」「自分が怠けていたからだ」と、失敗の責任がダイレクトに自分自身の精神を切り刻むようになった。言い訳の効かなくなった社員たちは極度の自己嫌悪とプレッシャーに潰れ、次々と体調を崩していったのである。
佐々木は己の浅はかさを深く恥じた。
「月曜日」という絶対的な悪役が存在するからこそ、人間は自らの不完全さを許し、正気を保つことができていたのだ。
佐々木はすぐにプロジェクトの中止を命じ、社内のカレンダーに黒々と「月曜日」の文字を復活させた。
◇
その日曜日の夜、佐々木はいつものようにデスクに向かい、ノートを開いた。そして、かつてないほどの敬意と感謝を込めて、「月曜日」宛てに手紙を書いた。
『拝啓、月曜日様。
無知で愚かな私をお許しください。君を消し去ろうとしたのは、私の最大の過ちでした。君はただの嫌われ者などではなかった。私たちの弱さ、怠惰、そして愚かな失敗のすべてを黙って受け止めてくれる、慈悲深き守護者だったのです。明日からもどうか、私たちの罪をその背中に背負い続けてください。愚かな私どもを、よろしくお願いいたします』
佐々木は晴れやかな気持ちでペンを置き、安らかな眠りについた。
明日からはまた、いつもの月曜日が始まる。嫌われ者の月曜日のせいにしながら、誰もが適度に肩の力を抜いて生きていくのだ。
……しかし、物語はそれでは終わらなかった。
翌朝、月曜日の朝に出社した佐々木を待っていたのは、社内掲示板に張り出された一枚の緊急社内通知だった。
佐々木が以前提出した「月曜日は社員の精神的免罪符として機能している」という分析レポートに、経営陣が深く感銘を受け、全社的な新制度の導入を決定したというのだ。
通知には、誇らしげな太字でこう書かれていた。
【新制度:月曜免責特権および他曜日の厳罰化について】
我が社は社員のメンタルヘルス保持のため、以下の通り就業規則を改定する。
一、月曜日に発生した一切の業務上のミス、遅刻、過失、不手際については、すべて「月曜日の不可抗力」と認定し、いかなる処罰や査定への悪影響も行わない。社員は堂々と月曜日のせいにしてよい。
佐々木は「おお」と声を漏らした。自分の分析が認められ、社員にさらなる救いが与えられたのだと思った。しかし、文章はそこで終わっていなかった。
二、ただし――月曜日が免罪符として完璧に機能するための対価として、火曜日から金曜日に発生した一切のミス、遅刻、過失については、「月曜日の影響」を含めいかなる言い訳も無効とする。不手際があった場合、即座に降格および減給の対象とする。
佐々木は凍りついた。社内を見渡すと、同僚たちの顔から血の気が引いていくのが見えた。
これまで人間は、月曜日に適当に言い訳をしつつも、火曜日や水曜日にも「昨日の月曜日の疲れが残っていて」と、ゆるやかな免罪のグラデーションの中で生きていたのだ。
だが、この制度によって、火曜日から金曜日までの毎日は、ひとつのミスも許されない「完璧な精度」を求められる極限の緊張地獄と化してしまった。
「月曜日」だけが、唯一ミスをしても許される、天国のような安らぎの日になったのである。
◇
それからの会社の風景は奇妙なものになった。
金曜日や土曜日になると、社員たちは怯えた目でお互いを牽制し、呼吸すら浅くして過ごした。些細な書類の記入漏れひとつで人生が詰むからだ。
そして日曜日の夕方になると、社内チャットには社員たちの狂おしいほどの歓喜の声があふれるようになった。
「早く明日になってくれ!」
「おお、愛おしき月曜日よ! 早く来い! 僕たちを許しておくれ!」
人々は涙を流しながら、唯一ミスが許される「救済の日=月曜日」の到来を心待ちにするようになったのだ。
日曜日、佐々木は自分のデスクで震えながら手帳を見つめていた。
かつて自分を守ってくれていた「心地よい悪役としての月曜日」は、もうどこにも存在しなかった。
佐々木は震える手でペンを執り、手帳の端にこう書き添えた。
『追伸:
月曜日様。あなたが天国になってしまった今、明日からの火曜日という地獄を、私たちは一体どうやって生きていけばいいのでしょうか』
(終)
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