
400字ショートショート|待つ時間|シロクマ文芸部
男の商売は、行列に並ぶことだった。話題の店や限定品の販売にいち早く並び、列の先頭に達したところで「待ち時間を節約したい人」に順番を売り渡す。
「他人の人生の空白を金に換える。これほど見事な商売はない」
ある日、男はふと気付いた。自分は一度も、行列の先にある「素晴らしい体験」を味わったことがない。
「今日こそは、自分のために並ぼう」
男は、幻の絶品料理を出すと噂のレストランの列に加わった。何時間も立ち尽くすうち、彼はメニューを眺め、まだ見ぬ未知の味を想像して胸を躍らせた。
そこで男ははたと気づく。
この「待つ時間」こそが、期待で満たされた至福の娯楽なのだ。男は自分はなんてものを奪っていたんだと後悔した。
やがて先頭に立ち、男は意気揚々と店内へ入り、運ばれてきた料理を口にした。
だが、その味はひどく凡庸だった。
どれほど腕の立つ料理人であろうと、何時間もかけて極限まで肥大しきった客の期待を満たす現実など、創り出せるはずがなかったのだ。
男は気づく。自分は至福を奪っていたのではない。膨れ上がった期待に叩き落とされる「絶望」から客を救い、ほどほどの満足を与えてやっていたのだと。男は翌日から、前よりも晴れやかな顔で「救済」の順番を売り始めた。
(終)
こちらの企画に参加させていただきました。
#シロクマ文芸部
#待つ時間
30分で書いて100スキ超えのショートショート作成術をまとめました。
私(Mr.Q)のその他の作品集リスト
✅ショートショート集『拝啓文芸部』
✅ショートショート集『まどろみディストピア』
✅子育て四コマ漫画『まいにちが魔法、ときどき哲学。』
✅ヒーロー短編小説『デバフヒーロー』
✅ラブコメ短編小説『臓器省 ~恋する乙女の体内奮闘編』
✅レトロゲーム連作短編小説『死にゲーのエピタフ』
✅SFスペースオペラ長編小説『ツギハギの方舟』
✅純文学的ダークファンタジー中編小説『鉄と革の沈殿』