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ボンヤリズム宣言〜ボンヤリストになりませんか?〜

    美術の世界で〇〇運動と呼ばれるものが
    いくつかある。
    ダダイズムとかシュルレアリスムとか。

    だいたい、我々は〇〇であると宣言する。
    ということは〇〇であると先に宣言してしまえば
    言ったもの勝ちでもう〇〇ズムができてしまうのではないか?

    私はかねてからぼーっとすることの意義や重要性についてしつこく書き続けている。
    さいわい、今のところぼーっとしてんじゃねえよ!
    というアンチ活動はない。

    そこで私は考えた。
    ぼんやり推奨運動を進めよう。

    名前はもちろんボンヤリズムである。
    ボンヤリズムとはできる限りぼんやりすることを
    推奨する低予算で体力も気力も知力もまったく
    必要としないきわめて平和的な運動である。

    ボンヤリストになるのは簡単だ。
    ぼーっとなにもしないだけだ。

    ボンヤリストに推奨される行動は
    スマホをしばらく見ないとか、散歩に行くとか。

    ボンヤリストの聖地はスーパー銭湯や温泉である。
    もちろん各自の家の中や布団の中もである。

    もし世界中すべての人が
    毎日存分にぼんやりすることができれば、
    世界の幸福度は上がるのではないだろうか? 

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    ぼんやりした夕焼け空

    現実に幸福度が高い国はスローライフと
    言われることが多い。

    日本は安全や正確や効率を追求し過ぎて
    ぼんやりする時間が足りないのでは?


    美術史上にそんな定義はないが、
    絵画で輪郭をはっきりさせない
    ボンヤリズムの画家もいる。

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    絵画上のボンヤリストならまず
    ターナーだと思う。

    ターナーとかモネとかボナールとか
    ホイッスラーとか。

    サムネイル画像のフォンタネージも
    けっこうボンヤリしているのもあった。
    ターナーの影響を受けたそうだ。

    日本なら坂本繁二郎とか牛島憲之とか
    徳岡神泉とか。

    私はボンヤリズム絵画を見るのはけっこう好きだけど、自分で絵を描く時にはそこまでぼんやりさせたくない。もっとメリハリをつけたくなる。

    結局のところボンヤリズムとは
    曖昧さと共に生きることなのだと思う。

    自分が正しいと誰かを傷つけるのではなく、
    あなたも私も完全ではないと曖昧に生きていくことは必要なのではないか?

    白か黒かを迫られる世の中は
    ゆとりがなくてしんどい。
    グレイの幅を広く持っておく方が
    決めつけなくて済む。

    簡単に誰かを断罪したり非難したりではなくて、
    人間はやらかすことも間違えることも弱いことも
    あるというボンヤリズムが大事だ。



    みなさん、ボンヤリストになろう!!




     
     
    公立高校美術教諭28年、JICAボランティアでエチオピアで美術教育2年、退職して非常勤講師になって6年目。日々楽しく生きていきたい。美術と旅と読書と自然が好き。

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