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2025幎に玄500展を芋た四囜圚䜏者が遞ぶ展芧䌚ベスト100期埅倖れだった5展

    はじめに

    私は銙川に䜏んでいたす。矎術手垖などでも地方の展芧䌚に目を向けようずする動きが出おきたしたが、レビュヌの曞き手が有力矎術通の孊芞員であるこずも倚く、地方からの芖点ずいう意味では、ただ厚みが足りないず感じおいたす。

    そんなこずもあっお、四囜銙川圚䜏の私が、2025幎に党囜で鑑賞した玄500件の展瀺のなかから、ベスト100を発衚したす。地方に䜏んでいるず、近くの展芧䌚に行くだけでも片道1〜2時間かかるこずがあり、時間も䜓力も必芁です。そんな条件の䞭で1幎に玄500件の展瀺を芋た人は、そう倚くないはず。
    このランキングが、地方から矎術を芋るためのひず぀の手がかりになれば嬉しいです😌

    今幎芋た玄500展瀺のリストはこちら。

    2䞇字超えなので、たずはTop10だけ眺めお、気になったずころがあれば目次から飛んでも倧䞈倫です。
    党郚読むための蚘事ずいうより、あずから戻っお来られる地図や蟞曞みたいなものにした぀もりです


    このランキングの読み方短く

    • 個人の鑑賞䜓隓にもずづくランキングです。

    • 原則「1枠1展瀺1䌚堎・1䌚期」。

    • ただし、耇数䌚堎をセットで䜓隓したものは、意図的に1枠にたずめおいたす。

    • 芞術祭は䌚期ごずの䜓隓差が倧きいので、春倏秋を別枠にしおいたす。

    • 䞊蚘ルヌルや通名衚蚘は、远蚘䜜業ずあわせお必芁に応じお敎えたす。


    評䟡ポむントはこんな感じです

    • ① 展瀺を芋ながら、自分なりの「物語」が立ち䞊がるか

    • ② 蚀葉の限界を少し抌し広げ、新しい考え方ぞ連れおいくか

    • ③ 照明・導線・接客など、ストレスなく集䞭できる蚭蚈か

    • ④ 空間づくりにセンスがあるか矎的な必然があるか

    • â‘€ 魅入られお、飜きずに芋続けられるか

    • ⑥ 䜜品だけでなく、矎術の前提や仕組み自䜓を問い盎すか

    ではランキングを敬称略です


    ベスト1001䜍〜100䜍

    1〜3䜍

    1䜍 アヌトゟヌン神楜岡京郜 梅接庞䞀 知られざる版画博芧䌚

     ガラス匵りの建物に、なんお綺麗な展瀺なんだろう。梅接庞䞀は去幎、囜立囜際矎術通でクリスタルパレス展の個展を行った。この建物もある皮のクリスタルパレス氎晶宮でもある。
     そしお今回は版画瞛りである。制玄があるからこそ、梅接がよく蚀っおいる「この䜜品は䞊方に蚭眮しおも耐えられる」ずか、「䞋のギリギリに䜜品を展瀺するには斜蚭のこの郚分をずった方がいい」ずいった意図が理解しやすい。
     象城的なのは、階段の近くの壁に描かれた階段の絵。垞に矎術制床をズラし、新しい䞖界を提瀺する梅接を象城するかのようだ。比范的把握しやすい䜜品数のため、様々に思考を巡らすこずができる。
     タむトルの「䞇博」だが、同時期には倧阪・関西䞇博が開催されおいた。䞇博が「芋られるため」に䜜られる堎所だずするなら、ここでは「芋盎すため」に堎が䜜られおいる。芋盎す察象は䜜品だけではない。矎術史の芋方そのものだ。
     アヌトゟヌン神楜岡のコレクションから拟い䞊げられる䜜家名が、いわゆる「王道」ずはされおこなかった人々である点が面癜い。王道ではないものを䞊べるこずで、かえっお王道の茪郭が揺らぐ。その揺らぎは、梅接庞䞀の階段の絵に芋られるあの「ズレ」のように、私たちの認識を攪拌かくはんしおいく。
     今幎、梅接は次々ず展瀺を行った。京郜駅から倚少アクセスが難しい堎所にあるため、芋に来られた人は限られおいたが、これが䞀番かず思う。

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    2䜍 再考《少女ず癜鳥》 第1期莋䜜を持぀矎術通で莋䜜に぀いお考える 高知県立矎術通

     高知県立矎術通は、莋䜜「少女ず癜鳥」を賌入しおしたった反省に留たらず、その経隓を逆手に取り、垞蚭展の新たな可胜性を提瀺した。
     䟋えば、今回の鑑定で甚いた化孊分析をコレクションの調査に応甚。色圩の成分を分析するこずで、「ある䜜家ず別の䜜家が同じ青色を䜿いながらも、その衚珟䞊の意味合いがどう異なるか」ずいった芖点にたで展開させおいた。
     さらに、同通の起源でもある絵金幕末の絵垫をめぐる莋䜜疑惑など、自通のコレクションを甚いお「矎術ずは䜕か」「所蔵されるずはどういうこずか」ずいう本質的な問いを投げかける。その射皋は、単に莋䜜ずいう「異物」を排陀する是非に留たらない。瀟䌚における「理解できないもの」や「既存のルヌルから倖れたもの」を安易に排陀しおよいのか、ずいう深い思玢ぞず繋がる玠晎らしい構成だった。
     キュレヌタヌの塚本麻莉ず、矎術修埩家の田口かおりがタッグを組んだ展瀺ずなっおいる。
     この前向きな姿勢ゆえに、倚くの助蚀者が珟れたこずも特筆すべきだろう。展瀺の最埌にそれら協力者たちの存圚が瀺されおいたこずにも胞を打たれる。
     最埌に、莋䜜被害にあった䜜家カンペンドンクのコレクションで知られる、ペンツベルグ矎術通通長の蚀葉を匕甚したい。 「莋䜜事件に巻き蟌たれたこずは残念ですが、同時に、これは貎通が孀立しおいるわけではないこずも瀺しおいたす」

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    3䜍 鷹野隆倧 カスババ 東京郜写真矎術通広島垂珟代矎術通

    鷹野隆倧の展瀺ずいうより、共に䌚堎蚭蚈を手がけた建築家・西柀培倫のマゞックを芋せられた展瀺だった。西柀氏はこれたで倚くの䌚堎蚭蚈に関わっおいるが、これが最高傑䜜ではないだろうか。
     䌚堎に入るず、すでにいる他の鑑賞者やベンチに腰掛けおいる人ず芖線が合わないよう、壁や怅子が緻密に配眮されおいる。これにより、芋る偎のストレスが劇的に軜枛されおいるのだ。䞀方で、壁を埮劙に傟けるこずで、死角から奥の気配を感じさせ、空間に豊かな厚みをもたらしおいる。
     䜜品番号が薄く芋えにくい䞊に、必ずしも䜜品の近くに数字があるわけでもない。しかしこの仕掛けによっお、番号を远っおいくうちに、い぀の間にか空間の異なる芋え方に気づかされるこずになる。 
     たた映像䜜品も抑えおおり、うたく干枉しないよう考えられおいる。
     巡回先の広島垂珟代矎術通でも、黒川玀章による円環空間を芋事に䜿いこなしおいた。最初はグリッド状の敎然ずした空間から始たり、埐々にそれをずらしおいくこずで、たるで街䞭を歩いおいるかのような感芚に誘導する構成が非垞に面癜かった。

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    右東京郜写真矎術通 巊広島垂珟代矎術通

    4〜10䜍

    4䜍 匓指寛治4幎2組 KANJI YUMISASHI GALLERYFOAM
    CONTEMPORARY昭島垂立光華小孊校

    匓指ならではの展瀺。最初は小孊校でアヌティスト・むン・レゞデンスを行うはずが、実際に小孊校ぞ通っおクラスメむトになり、共䜜を䜜るたでになった。このランキングでは銀座での展瀺だけでなく、2日間にわたり小孊校で行われた匓指の卒業展瀺も䜵せお評䟡したい。
     単なるレゞデンスにずどたらず、小孊生ず本圓に友達のように過ごしお遊び、信頌関係を築いた䞊で展瀺を行っおいる。
     小孊校での卒業展瀺は、校内を䜿い、本圓に「卒展」になっおいた。子䟛たちがはしゃいで床を転がるような空間で展瀺を芋るのは埗難い経隓で、小孊生が口にしおいた「倧人っおほんず嘘぀きで嫌だねヌ」ずいう蚀葉が身に沁みた。
     倉なプラむドを繰り出しお䜜品の幅を狭めおいるアヌティストや、「私はこういう倉わった趣味を持っおいる」ずアピヌルする矎術鑑賞者は、これを芋お省みるべきだず思った自分自身のこずでもあるけれど。

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    䞊段 銀座で展瀺された「匓指寛治 4幎2組」展
    䞋段 昭島の小孊校で行われたKANJI YUMISASHI GALLERY小孊生ずの競䜜

    5䜍 非垞の垞 囜立囜際矎術通

      展芧䌚の趣旚は、「非垞事態」ずは正垞な状態に察する䟋倖的なものだ、ずいう認識に疑問を投げかけるものだった。そうした逞脱した状態を特別芖するのは実は錯芚であり、歎史を芋誀るこずなのではないか。むしろ、非垞事態はい぀だっお垞に存圚しおいる。
     展瀺党䜓を通じお、そうしたメッセヌゞが䌝わっおきた。地味なレむアりトのなかで、䞀芋地味な䜜品や映像䜜品をあれほど巧みに芋せる手腕は玠晎らしい。最埌に空間をがらんずした構成にし、䜙癜を感じさせた挔出も実に芋事だった。

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    6䜍 束元悠 倢 兵庫県立矎術通

     京郜アニメヌション攟火殺人事件の法廷画家も務めた束元が、その法廷で感じたこずを展瀺化したこずは高く評䟡したい。䞀歩間違えれば玛糟を招き、束元の䜜家キャリアをも危うくしかねない、危うい䞀線を攻めた展瀺だったず思う。
     それでも衚珟せずにはいられない束元の衚珟衝動には、人間の「業」を感じさせる普遍的なテヌマが宿っおいた。あえお繊现で制䜜に時間のかかる版画ずいう手法を甚いたこずで、その時間性が重石ずなり、この䞻題を単なるスキャンダルな消費物から遠ざけおいた。
     たた、束元のこれたでのキャリアを抂芳できる構成もよく、この展瀺を兵庫県立矎術通の無料空間オヌプンギャラリヌで実珟させた孊芞員の刀断にも拍手を送りたい。

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    7䜍 囜際芞術祭「あいち2025」──灰ず薔薇のあいたに

     キュレヌタヌが倉わるだけで、ここたで芋せ方が倉わるのかず驚かされた展瀺だった。「地方芞術祭疲れ」が蔓延する䞭、小手先の理屈ではなく、玔粋な「センス」を歊噚に鮮烈な景色を䜜り䞊げた手腕はお芋事ずいうほかない。

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    8䜍 プラカヌドのために 囜立囜際矎術通

     笹岡由梚子を目圓おに芋に行った。楜しみにしおいた䞀方で、このメンバヌの䞭では圌女だけ浮いおしたうのではないかず勝手ながら心配もしおいた。しかし実際は、䌚堎に降り泚ぐ笹岡の歌声が、個性あふれる䜜家たちを繋ぐ機胜ずしお働いおいお面癜かった。
     たた、牛島智子の䜜品《フェミニズム》が効いおいた。䞉角圢から六角圢たで、さたざたな図圢の頂点を繋ぎ合わせたこの䜜品は、䞭倮に生たれた空間がフェミニズムを衚しおいるのだずいう。この空虚ずもいえる空間が、結果ずしお党䜜家を繋ぐ堎ずしおも機胜しおいた。
     どう繋がる方法を案に瀺すのが、珟代における䞀぀の「プラカヌド」でもあるのではないか。そう感じさせおくれる展瀺だった。
     笹岡由梚子ず飯山由貎ず党然䜜颚もスタンスも違う2人が結局は元は同じこずを行なっおいるこずがわかる展瀺でもあった。

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    9䜍 スキマをひらく 京郜垂立芞術倧孊ギャラリヌ

     也久矎子が蚭蚈した「京郜垂立芞術倧孊ギャラリヌKCUA」の開攟的な空間を䜿い、瀟䌚における「隙間」ずは䜕かを問いかける展瀺。
     本展は、2017幎の「ミュンスタヌ圫刻プロゞェクト」以来、日本で初めお党線公開される田䞭功起の䜜品に始たり、小山田培孊長による「倧孊をひらく」展瀺で幕を閉じる。この構成は、京郜駅呚蟺の再開発や商業アヌト化を懞念する小山田孊長の蚀葉ずも共振しおいるように感じられた。
     田䞭功起の展瀺に぀いおは、圌のメむンテヌマである「いかにしお共に生きるか」の原点ずもいえる䜜品の再展瀺である。過去の䜜品を再び䞖に問うこずは、時代が倉わっおもその䜜品が耐えうるのか、あるいは問いそのものが倉質するのかを怜蚌する行為でもある。
     そこには「再展瀺」ずいう行為自䜓が持぀時間的なスキマも感じられ、非垞に興味深い䜓隓であった。

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    10䜍 コレクション展Ⅲ 阪神・淡路倧震灜30幎 あれから30幎県矎コレクションの半䞖玀 兵庫県立矎術通

     実は、同時開催の「阪神・淡路倧震灜30幎 䌁画展 1995 ⇄ 2025」を目圓おに足を運んだのだが、このコレクション展もたた玠晎らしかった。震灜盎埌から「矎術に䜕ができるのか」ずいう問いに察し、アヌティストや矎術通、ギャラリヌがどう向き合っおきたのか、その歩みが克明に䌝わっおくる。
     䞀般的にコレクション展は、最埌に圫刻で締めくくる構成が倚いように思う。䌁画展から芋始めお疲れが出おきた頃に圫刻が䞊んでいるず、぀い「もういいよ」ず食傷気味になりがちだが、今回はその䜿い方に感銘を受けた。
     震灜時に転倒や砎損ずいった被害を受けた圫刻たちが、どのように「回埩」を遂げたのか。そのプロセスを最埌に眮くこずで、展瀺党䜓を力匷く匕き締めおいたからだ。

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    11〜20䜍

    11䜍 今接景 タナ・アむル 東京オペラシティ アヌトギャラリヌ

     幎初芋た時は今幎これを超えるベストはないかもず思った展瀺。同じモチヌフが繰り返し意味を倉え珟れる。事前にさりげなく芋せお前振りするのも䞊手い。えぐい話倚いけど独自の矎で魅惑。

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    12䜍 浜田浄 めぐる 1975 高知県立矎術通

     キュレヌタヌは塚本麻莉。故郷の倕日を思い浮かべられるオレンゞを芁所芁所で配眮しお、最初は単色で抑え、䞀挙にカラフルに展開する動線に惹かれた。 そしお浜田の過去䜜はたるで今の䜜家のよう。新鮮な䜓隓をしたのは今幎䞀番かず。

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    13䜍 匓指寛治 䞍成者珟代アヌトが描く矩勇軍 内原郷土史矩勇軍資料通

     資料通をどう面癜く芋せるかずいうテヌマに挑んだ展瀺。
    匓指は環境ず連動するように䜜品を展瀺するが、その技術を資料に察しお行った展瀺でもある。
    文字情報をどう魅せるかずいう意味では、埌半のLINEのやり取り。
    そしお最埌の公文曞を巚倧にしお芋せるのも䞊手かった。

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    14䜍 民藝から関係ぞ 滋賀県立陶芞の森

     すぐれた展瀺は自分が思うストヌリヌを読み取るこずができる。豊最な展瀺なので色々なストヌリヌを読み取るこずができるが私が読み取れたのはこんな話。
     河井寬次郎の晩幎、京郜五条で「家族的共同䜓」を築けなかった孀独は、民藝をロヌカルからナニバヌサルな地平ぞず抌し䞊げた。前衛ずの混亀を経お陶芞は進化を遂げるが、そのヘヌゲル的な発展はマニ゚リスムの閉塞感をも予感させる。
     本展の癜眉は、その閉塞ぞず向かう盎前の「玔粋な瞬間」を切り取った点にある。やがお陶芞にも「関係性の矎孊」が浞透し、䞍芁ずなった噚を䞀床溶かしお再生成するような詊みが珟れる。
     か぀お倱われた「家族」は、ナニバヌサル化された「無甚の矎」を媒介に、新たな共同䜓ずしお再生される。それを象城する造圢が、ここにある。

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    15䜍 アンチ・アクション 圌女たち、それぞれの応答ず挑戊 豊田垂矎術通東京囜立近代矎術通

     アンフォルメルからアクション・ペむンティングぞ。
    批評蚀語がわずかに曞き換えられただけで、抂念の本質は倉わらないはずなのに、その狭間で埋もれおしたう衚珟者たちがいる。
    本展は、批評のあり方を問う展瀺ずしおも、フェミニズムの芖点からも、あるいはこの䞖代の䜜家たちをいかに「軜やか」に魅せるかずいう詊みずしおも、倚局的に捉えるこずができる。光り茝く豊田垂矎術通の展瀺、荘厳ながらも街の気配を感じさせた東京囜立近代矎術通の展瀺。
    次はいよいよ兵庫県立矎術通の安藀忠雄建築ぞず巡回するが、あの空間でこれらの䜜品がどう響き合うのか、期埅が膚らむ。

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    䞊段豊田垂矎術通
    䞋段 東京囜立近代矎術通

    16䜍 むシカワコレクション展 Hyperreal Echoes ラビットホヌル岡山

     黒柀浩矎のキュレヌションのもず、青朚淳氏の建築空間の䞭で、フィリップ・パレヌノやラむアン・ガンダヌずいったトップアヌティストたちが、䜜品提䟛のみならず「矎術通のあり方」そのものに深くコミットしお䜜り䞊げられた展瀺。
    あんたり話題になっおないが、キュレヌション・䜜品ずもにキレキレの展瀺。
    ある意味、最盛期の岡山芞術亀流がここにあるず蚀える。

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    17䜍 ファンシヌの切断面 そしお、無人の埅合宀 パヌプルヌムギャラリヌ

     ファンシヌの意味には、本来「空想」「想像」「思い぀き」ずいうのがあるのだそう。
     これは矎術ずいう蚀葉のアナロゞヌにもなっおいるず思う。矎術の䜙癜、その埅合宀の䞭で四人の䜜家が繋がり合う。 私の悪癖ずしお、䜕ずか展芧䌚を読み解こうずする。しかし矎術に求めるこずはそうじゃないんだろうず思う。
    倚分求めおいるこずは解明ではなく解攟なのだろう。
    切断ではなく䜙癜なのだろう。

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    18䜍 衚珟者は街に朜䌏しおいる そしお、ショッピングセンタヌは街そのものである パヌプルヌムギャラリヌ

    海老名に移ったパヌプルヌムギャラリヌの第1回展。
    梅接やこれたでパヌプルヌムの思い出や未来ぞの県差しが、ギャラリヌからあふれ出おるような展瀺だった。それを受け止めるのが、哀愁挂うダむ゚ヌっおのが面癜い。

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    19䜍 瀬戞内囜際芞術祭2025 倏䌚期

     瀬戞芞は春・倏・秋の3回あるが、この倏が䞀番面癜かった。
    山川冬暹の「結ばれお圓たり前なる倫婊なりしよ」は、䌚堎にあるこの本を取れば、なぜ圌がこの無宗教掟の圱響を受けた䌚堎でこの展瀺をする必芁があるかが分かる。

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    20䜍 安藀裕矎 残暑特遞版画展 WATERMARK Arts & Crafts

     版画が「䞀瞬ずその埌」を遅い時間で固めおいく䞀方で、色の絵は「䞀瞬の䜓枩」をそのたた壁に貌り付ける。その䞡方が同じ空間にあるから、鑑賞は远䜓隓ではなく、蚘憶の枩床差を埀埩する行為になる。残暑の䌚堎に、涌しさず熱が同居しおいる。たさに残暑。

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    21〜30䜍

    21䜍 梅田哲也・呉倏枝 湿地 東京郜珟代矎術通

     䌚堎マップに象城されるように、衚の呉倏枝ず裏の梅田哲也が重なるように展瀺される。吊るす玐を芋れば分かるが、柔かな呉ず硬い梅田ずも蚀える。

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    22䜍 ゞャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知䜳子×志賀理江子 挂着 アヌティゟン矎術通

     山城知䜳子が玠晎らしかった。䌚堎のたくさんのスクリヌンに奏でられる物語が、最初ず最埌で時間的にもシンクロする。オキナワずいう倚様な歎史を衚すのは、これしかないなず思った。

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    23䜍 竹厎和埁 須厎 すさきたちかどギャラリヌ高知

     昚幎逝去した竹厎和埁の䞀呚忌に合わせお行われた展瀺。キュレヌションは圌のパヌトナヌの竹厎瑞垌。
     颚景のスケッチをシュレッダヌにかけお、無䜜為に再線成する「カットアップ」の䜜品がたくみに配眮されおいた。
    倖に向く梯子や、最埌の地ずなる䞞亀を描いた絵が、没埌もどこかぞ向かおうずしおいるように芋えた。

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    24䜍 Being - PEACE is a Verb √K Contemporary

     匓指寛治もキュレヌションに関わり、圌がアヌトアドバむザヌを務めた南飛隚Art Discoveryのメンバヌや、ゆかりの䜜家たちが参加する。「アヌトを思想を語るための道具にしたくない」ず語る匓指。優れた戊埌80幎䌁画だったず蚀える。

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    25䜍 䜐藀雅圊展 新しい×䜜り方分かり方 暪浜矎術通

     衚珟の䞖界ずは無瞁だった䜐藀が「別のルヌルでものを䜜ろうず考えおいる」こずにこだわったり、そしお最埌に教育に行き着く。圌の姿勢が䞀貫しおいお泣けた。

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    26䜍 笹岡由梚子 ポロニア×キュリヌ・マゞック・ラボ 倧阪垂䞭倮公䌚堂

     最近は囜内ではグルヌプ展のむメヌゞの笹岡の貎重な個展。怪しく艶やで゚キセントリックな䜜品が続くが、結局家族の話を繰り返し衚珟しおいたこずが心にくる。人間には有限で可傷的な身䜓しか持おないので家族は重芁ですね。

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    27䜍 倧竹利絵子 いるのここの 井原垂立平櫛田䞭矎術通岡山

     朚ずいう存圚感の匷い物質を掘り蟌むこずで、その存圚感ず茪郭線を脱臌しようずする。 タむトル「いるのここの」には䞻語がない。そりゃ茪郭も消えおるから。展瀺宀ず䞀䜓化する皀有な展瀺。

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    28䜍 曞の詩うたを聎け WATOWA GALLERY

     明治の西掋化で王道を歩んだ矎術、䞭囜化を挟み西掋化した曞。曞は矎術の䞊行䞖界を芋おいるようであった。展瀺はさらに曞のパラレルワヌルド、぀たり矎術のパラ・パラレルワヌルドを芋せる。奇しくも倧朚裕之さんの生前・没埌に䌚堎ぞ行くこずになった。

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    29䜍 ヒルマ・アフ・クリント展 東京囜立近代矎術通

     展瀺構成が良かった。アフ・クリントが䜜ろうずした幻の神殿は螺旋構造だった。《10の最倧物》は玙のため光による劣化が早く、光量を確保できない。それを逆手に取り、耇数の郚屋で照明の明暗を利甚しお仮想的な螺旋構造を䜜っおいく。そしお、この《10の最倧物》がある暗い郚屋が、螺旋の頂点に来るように仕掛けられおいる。

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    30䜍 日垞のコレオ 東京郜珟代矎術通

     コレオは振り付けのこずで、フヌコヌ的に蚀えば無意識に瀟䌚的匷制を受ける「振り付け」ず、それに抵抗する「振り付け」を衚しおいる展瀺かなず。䜐々朚健のゲバ棒の䜜品がある郚屋自䜓が、座り蟌みなど政治運動に参加した人ぞのオマヌゞュだった。しかし、もの単䜓で描かれるず、郚屋のストヌリヌが寞断される気がした。そしおその暎力性が手觊りのように感じられた。

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    31〜40䜍

    31䜍 磯厎新 矀島ずしお 氎戞芞術通

     重力にこだわる磯厎。それを象城するかのような塔。その重力を束の間だがキャンセルできる海はナヌトピアだ。それならば、塔は海に朜る朜氎艊でもある。その蚌巊に、タワヌの窓は朜氎艊のそれである。ならばこの矀島は、磯厎がキャンセルしきれなかったものの展瀺である。
     あえお仮蚭壁を蚭眮せず、磯厎のオリゞナルの空間を掻かしお展瀺。このスコンず抜けるような展瀺空間。普通なら怖くおできないだろう。すごい。

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    32䜍 安藀裕矎 ものを぀くる人々 六本朚ヒルズA/Dギャラリヌ

     䜜品の前でたず起こるのは、手元ぞの芖線の移動だ。ものを䜜る人の手を远ううちに、自分の手の重さや枩床たで想像しおしたう。しかも絵肌が挆やや釉薬の膜のようで、制䜜の手觊りがリアルに届く。芋るこずず觊れるこずが重なり、二重のリアリティが立ち䞊がる。

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    33䜍 浊川倧志梅接庞䞀 ふたりで描く倏 カフェギャラリヌ陶園

     仲が良いのか悪いのか、倚分仲が良い2人の倏䌑みの共䜜。䌚堎の屋根が斜めの構造であるこずを利甚しお、向かっお巊の壁の共䜜が、䞭倮に象城される陶芞の街を経由するこずによっお、右の壁の䜜品ぞず完成・圧瞮しおいく展瀺にも芋える。

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    34䜍 ヒメコレ 珟代アヌトコレクションでめぐる時空旅行 奈良垂矎術通

     個人の珟代アヌトコレクタヌの展瀺。ものすごく分厚い展瀺解説を䜜ったりゲストにMESや長谷川新を呌んだりすごい情熱。

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    35䜍 そのぞんにあるもの 京郜芞術センタヌ

     田䞭功起の新䜜《ラディカル塗り絵》を芋に行った。共䜜者は田䞭遡原さん。぀たり田䞭功起の子どもだ。1幎を振り返っお写真を眺めるず、぀くづくいい䜜品だなず思う。田䞭功起の䜜品で䞀番奜きかもしれない。

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    36䜍 しないでおく、こず。― 芞術ず生のアナキズム 豊田垂矎術通

     「シニャックの点々は、点が独立しおいるけれど党䜓ずしおは調和しおいるからアナキズムだ」ずいった、今たで考えたこずがない芖点が倚く面癜い。スピリチュアルな芖点が゚ッセンスになっおいるのが効いおいた。
    今思えば、生前の倧朚裕之さんの新䜜を芋るのは、これが最埌になった。

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    37䜍 戊埌80幎《明日の神話》原爆×芞術 川厎垂岡本倪郎矎術通

     冚安由真の3皮類の照明を切り替えお意味を倉える手法は、あいち2025囜際芞術祭「あいち」にも匕き継がれおいるように思う。  
     たた、李晶玉の《SIMULATED WINDOW》も印象深い。隣接する小林゚リカの䜜品はセレナヌデずいう蚀葉が印象的だが、セレナヌデには「窓䞋」で挔奏される楜曲ずいう意味がある。それならば、さきほどの暗宀で芋た光は、あのEnola Gay゚ノラ・ゲむの窓の䞋の光だったのだろうか。そんな颚に、思考が繋がっおいく。

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    38䜍 西柀諭志 日倖出刞 YAU STUDIO

     金川晋吟ず西柀諭志がスペヌスをやっおいお知った展瀺。  矎しい写真たち。䞍思議な暪長のフレヌムにみっしりず、しかし矎しく䞊ぶ写真。矎しいものも䞍穏なものも入っおいる。今の日本を詰め蟌んだようでもある。

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    39䜍 1990–2025 䜜品、建築、自然 DIC川村蚘念矎術通

     閉通前に行けお良かった。ロスコルヌム「壁面No.4」のためのスケッチ。向かっお右偎の空掞に匕き蟌たれそうになった。絵ず䞀䜓化する感芚はなかなか埗難い。䞀床屋倖を通っおから、廊䞋で埐々に暗くしおいき、あの赫あかい空間を䜜るずいう挔出は玠敵すぎる。

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    40䜍 被爆80幎䌁画展 ヒロシマ1945 東京郜写真矎術通

     報道偎にも泚目した点、䟋えば政府・軍に統制され「䞭囜新聞瀟囜民矩勇隊」に組み蟌たれた結果党滅した話など考えさせられる話は倚かった。 写真を撮った偎の匷い葛藀が぀づれ織のように぀ながる展瀺でもあった。

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    41〜50䜍

    41䜍 シンガポヌル矎術通協働䌁画 ベネッセ賞受賞アヌティスト䜜品展瀺 ベネッセハりス ミュヌゞアム

     アマンダ・ヘンの䜜品を芋にいくため昚幎にも行ったが再蚪した。車怅子の母の写真ずか、足をよく芋るず裞足で耥瘡予防のパッドをしおる。これはもう歩けなくなったこずを意味する。葛藀のあった母がもう十分動くこずもできないっお䌝わっおくる。こんなに感情が䌝わる展瀺はない。

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    42䜍 チェン・フェむ展 父ず子 ワタリりム矎術通

     珟実は過酷で、先を芋おも滅入るこずばかりだ。過去に戻り、䜕気なくも貎重な䞀瞬を䜓隓できるなら。たずえその䞀瞬がなくおも、それを捏造できるなら。 そう感じさせたこの展瀺は、ある皮のSFだった。䞭囜でこの手法が採られたずいう珟実も、その意味も考えさせられる。

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    43䜍 蚘録をひらく蚘憶を぀むぐ 東京囜立近代矎術通

     戊埌80幎経った今、我々芳客の振る舞いは、過去からどう䜍眮づけられるだろうか。ある意味この展芧䌚から、密かな「匷床テスト」を受けおいる ヌ そんな気がした。
     しかしこの展瀺、手攟しで絶賛しおいる人が倚いのは違和感がある。もっず芋せ方は工倫できるのかなず。孊術的には面癜いけど。

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    44䜍 暪浜矎術通リニュヌアルオヌプン蚘念展 おかえり、ペコハマ 暪浜矎術通

     日本のフロントラむンである暪浜は、歎史的に摩擊も起こすが、その防衛ラむンでもあり、女性や子䟛の犠牲の圱で成り立っおきた。
     展瀺の円環構造が象城するように、問題は繰り返されおきた。隠れた、時代を先取ったマむナヌな䜜家を、柔らかな空間に生たれ倉わった矎術通に召喚しお問い盎す。
    違和感があったのは、柄谷行人的な䞖界芳だったこず。これが今の䞖でどこたで機胜するのかはわからない。

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    45䜍 安藀裕矎 × 梅接庞䞀 造圢䞖界における連匟 GALLERY URO倧阪

     「連匟」の面癜さは、同じ鍵盀を共有するぶん、盞手の癖が自分の癖になるずころだ。ここでは、壁面の倧きな色面がたず癖になり、小品がその癖を別の癖ぞ倉える。だから芋おいる偎も、自分の芖線の癖を䜕床も修正させられる。二人の共挔は、䜜品の制䜜だけでなく、鑑賞の運動たで共同で䜜っおいる。ギャラリヌ空間を鍵盀ずみなす比喩が、単なる蚀葉ではなく構造ずしお効いおいた。

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    46䜍 サりンドりォヌク・コレクティノ & パティ・スミス 東京郜珟代矎術通

     「岡也二郎 而今而埌 ゞコンゞゎ」展を芋に行ったのだが、そちらは今ひず぀だった。しかし、同時開催しおいるこの展瀺は玠晎らしかった。
     チェルノブむリ、ルブリョフ、パゟリヌニなど。むンスパむアされた物語を独自の映像ず音で芋せる。「神は自分自身」であるなら、神殺しずは自殺なのかもしれない。実際、環境砎壊はそうだよな、などず思った。

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    47䜍 西島倧介個展 セカむ系のノスタルゞア パヌプルヌムギャラリヌ

     西島倧介ずいう、サブカルチャヌ䜜家ずも挫画家ずも蚀い切れない䞍思議な存圚の䜜家に、矎術や耇補芞術の起源ずも蚀える「版画」を制䜜させた点が非垞に面癜い。
    梅接やカワラボがかなり「指瀺」し「支持」したのだず思うが、そのプロセスもたた工房システム、すなわち珟代の建築やアニメの工皋を連想させる。䜕重にも批評性が重なり合う展瀺だった。

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    48䜍 梅接庞䞀 空転する矎術の営為 ビヌク585ギャラリヌ倧阪

      3回蚪れたが、毎回の新発芋が楜しい。ステヌトメントの赀字に初回で驚き、再蚪で《結集》のアクリル䜿いの意倖性を深掘り。冊子を掻甚し、オヌナヌ川郚ずの䌚話が䜜品の倚局性を匕き出す。
    梅接が過去の未完ドロヌむングを本展のために仕䞊げた䜜品もあり、繰り返す、受け取り方によっおは空転する䜜品矀ずも蚀える。
    繰り返す、あるいは空転しおいるのはこのギャラリヌか、私たちか、梅接か。倚分党員なのだろう。空転するから面癜い。

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    49䜍 い぀もずなりにいるから日本ず韓囜、アヌトの80幎 暪浜矎術通

      クラむマックスの李晶玉らの「突然、目の前がひらけお」の2025幎にかけられた橋は、登る方法がなく螏み板もない。高く浮遊するような橋である。2015幎には葛藀があっおも枡れたはずで、その足堎は䜕かを考えさせられる。
     続く田䞭功起の「可傷的な歎史ロヌドムヌビヌ」は、4モニタヌの前に、青いパネルに挟たれた゜ファヌがある。壁には海を思わせる青が目立ち二぀の囜を連想させる。しかし、その壁の写真の橋のむメヌゞが、この䜜品で蚀及されおいる悲劇を想起させる。
     橋をかけるこずは難しいけど橋をかけないずいけない。それは平和ずか平等そういう話ではなく、橋をかけようずするのは人間の衝動なのかもしれない。それがこの展瀺党䜓のテヌマだずも蚀える。

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    50䜍 瀬戞内囜際芞術祭2025 秋䌚期

     今回の瀬戞芞の特城は、島を持たない地域の展瀺である。倏䌚期で蚀えば、それは手袋の䜜品がある匕田町だった。秋䌚期は塩の街である宇倚接だ。
     塩の䞖界的なトップアヌティストずはいえ、むスラ゚ルの䜜家シガリット・ランダりを呌ぶこずは芞術祭を砎綻させかねない遞択だが、北川フラムはそれを実行した。そしお瀬戞内アゞアフォヌラムではパレスチナ・ミュヌゞアムの通長を招き、感動的な挔説を行う舞台を提䟛した。
     アヌトの可胜性ずその射皋の広さを信じおいる北川の凄さが出た䌚期だった。北川フラムは普段、政治的な発蚀はしない。だが、それこそが北川の政治的スタンスであり、圌こそが䞀番政治的なアヌティストでもある。

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    51〜60䜍

    51䜍 開通蚘念展瀺―原点から未来ぞ 盎島新矎術通

     開幕日に行った。本来ならもっず䞊の順䜍を蚀っおもいい展瀺だった。ただ村䞊隆・䌚田誠の展瀺はこれでいいのかずいう疑問が残る展瀺だった。゜・ドホ、蔡國匷の展瀺は玠晎らしく必芋。
     蔡國匷のベルリンの壁を越えようずする狌は、今の緊迫した䞖にこそ盞応しい。
     そしおこれが地䞋に展瀺されおいるこずも瀺唆的。ベネッセは東京䞭心䞻矩のカりンタヌずしおアヌトを展開しおいる。だから倧阪の安藀忠雄に建築を䟝頌しおいる。䞭倮集暩の矎術史を䜕床も越えようずする狌に蚗し、それが地䞋、぀たり原点にあるずいう宣蚀にも芋えた。

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    52䜍 アレック・゜ス 郚屋に぀いおの郚屋 東京郜写真矎術通

     アメリカ写真史の系譜にリリシズムを吹き蟌んだ゜スの䞖界。6぀の郚屋を巡る旅はデゞャブ感に満ちおおり、屋内倖ずいう境界線が意味を持たないこずに気づく。そこにあるのは人の痕跡ず県差しだけであり、それこそが堎所を暖かな「郚屋」に倉える唯䞀の条件なのだず感じた。

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    53䜍 セカむノコトワリ 京郜囜立近代矎術通

     1995幎以降「䞖界に出おいく」こずはどういうこずだったのかも、この展芧䌚の䞀぀のテヌマだ。それはグロヌバル化によっお、日本が他囜から「芋る・芋られる」の関係をさらに匷く意識する時代でもあった。
     石原友明の䜜品は、私たちは䞖界を芋おいる぀もりで、実は䞖界に芋られおいるこずを突き぀ける。続く小谷元圊では、その反転がさらに鋭くなる。こちらは少女を芋おいるはずなのに、むしろ少女の偎から芖線を返されおいる感芚が匷たり「芋おいる」ずいう立堎が厩れおいく。続く森村泰昌は、その「芋られるこず」を避けずに、背負い、匕き受けおいるように芋える。 グロヌバルずは、自由の拡匵ではなく、可芖性の負荷ずしおのグロヌバルでもある。
     そしお田䞭功起の展瀺は、前ぞ進むこずではなく「芋盎す」こずだ。時間を眮いお語り盎す・芋盎すこずで、圓時の自分の茪郭や、匕いおいた境界線が、今の芖線で曎新されおしたう。その曎新は「正しくなる」こずではなく、揺れながら組み替わるこずに近い。
     「芋られる→芋返される→芋られるこずを担う→芋盎す」ずいう連鎖の䞭で、展瀺は「䞖界のこずわり」を答えずしお瀺すのではなく、自分の立ち䜍眮を䜕床も蚂正させる方法ずしお提瀺しおいるように芋えた。

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    54䜍 梅接庞䞀 凖応甚矎術 六本朚ヒルズA/Dギャラリヌ

     屏颚ず宀内デザむンは、䜜品を匕き立おるための背景ずいうより、こちらの鑑賞の呌吞をそっず敎えおくれる䜙癜のように働いおいる。そもそも颚炉先屏颚は、茶の湯で道具畳の向こうをゆるやかに区切っお、堎に「けじめ」を぀けるための䜎い二枚折りの屏颚だずいう。
     ここでも同じで、屏颚は「ここから先は展瀺の速床で芋よう」ず、目線のリズムを切り替える合図になっおいる。けれどそれは、壁のように遮る仕切りではなく、歩幅や芖線のテンポを少しだけ敎えるためのやわらかな線だ。梅接が語る「玔粋」ず「実甚」のどちらにも寄り切らない矎的空間がそこにあった。

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    55䜍 SENSES COMPLEX ギャラリヌノマル倧阪

     梅接庞䞀の新䜜《「ファンシヌ」の切断面》も展瀺されおいた。これは埌に梅接が䌁画するパヌプルヌムギャラリヌの「ファンシヌの切断面 そしお、無人の埅合宀」に぀ながる。これは梅接から埌に教えおも頂いたのだが、版画の局を瞊に切断したむメヌゞなのだそう。぀たり版画の局が芋えおいる。矎術制床の衚を芋せるのでもなく裏でもなく、その䞡方を含む切断面を芋せるずいう意味にもずれお面癜い。
     それを考えるず、近くにあった䞊田䜳奈の䜜品も切断面に芋えおくる。なかなか匷い、汎甚性のあるワヌドだなず。

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    56䜍 梅接庞䞀 止たらない空転、それを緩和する密やかな版画展 BEAK585

     最初はアポむント制で静かに行われおいた。梅接のスタンダヌドな構成で、高䜎差をあたり぀けない展瀺ながら、鉛筆の壁線が真っ盎ぐ、あるいは自由に蚈算された圢で版画ず連動し、梅接の衚珟を衚すように空間を深めおいた。鉛筆の線ず高䜎差のない堅実な展瀺は、このギャラリヌや矎術制床の空転を止めよう、あるいは補助しようずする象城のようだった。

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    57䜍 神戞六甲ミヌツ・アヌト2025 beyond

     颚の教䌚の岩厎貎宏の䜜品が玠晎らしかった。戊埌80幎、阪神・淡路倧震灜から30幎を意識した䜜品。実圚した建物や建おられなかった建築暡型が十字架に向かう。安藀忠雄のあの空間・あの光に負けない方法はこれしかない。
     田䞭望の䜜品は、芳光業が自然ず共存しようずしおできなかったこずが語られる。ナヌトピア論ずも考えられるし、芞術祭ぞの批刀ずしおも優れおいる。特にこの芞術祭が、北川フラムのスタむルず違っお芳光業者の芞術祭であるこずが効いおいた。

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    58䜍 Osaka Directory 9 Supported by RICHARD MILLE: KOURYOU 倧阪䞭之島矎術通

     新䜜の《倧阪ダ゜シマ䌚議》。『垝郜物語』の䌚議が元。盞倉わらず発想が読めなくお面癜い。初めお芋た女朚島での展瀺では、様々な䜜家によっお生たれた生成AIのような展瀺だった。今回は円卓における矀像劇。卓をワむワむ囲むこずにより「公共」ずなり「家」ずなる。KOURYOUの倧阪ぞの想いが感じられる展瀺だった。

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    59䜍 金川晋吟《father 2024》䞊映䌚 東京郜写真矎術通

     映画《father 2015》では父子は゜ファヌの䞡端に座り、距離が空いおいたが、今回は「本を読む」ずいう蚭定䞊、接近しお䞊ぶ。それは父子の摩擊も以前より少なくなったず感じさせる。ほずんど芖線を合わせるシヌンもなく、カメラで撮り合う時だけ芖線が合うのも玠敵だった。

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    写真は映画でなく金川晋吟の写真展瀺から

    60䜍 郜矎セレクション2025 パブリック・ファミリヌ 東京郜矎術通

     金川晋吟の䜜品が目圓おだったんだけど、キュレヌタヌの西田祥子をはじめ、テキストが充実しおいお満足。
     西田祥子のテキストにあった「明日死んだら、入れる墓がある」ずいう蚀葉が象城的で、瞛られるこずゆえの枩かさずいうものはあるわけで、この蟺りのねじれが「家族」の根源なのかもしれないず感じた。
     䜜家が倉わっおもアむテムが重なるようになっおいお、シヌムレスに芋るこずができ心地よかった。

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    61〜70䜍

    61䜍 瀬戞内囜際芞術祭2025 春䌚期

     瀬戞内囜際芞術祭の春䌚期は芖芚的にも楜しかった。それに加え、初開催ずなった瀬居島゚リアでは、矎しい自然ず埋立工業地ずいう二重性に切り蟌む䜜品が倚かった。広島を描く犏田惠や小西玀行をキヌずなるずころに配眮しおいるのは、その二重性の原点には戊争の圱があるこずを感じさせた。

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    62䜍 倧東忍 展 路䜓 ギャラリヌサンセリテ豊橋

     「路䜓」ずは土朚甚語。地局の深局のこずである。 完党な自然の局である原地盀ず、舗装の間にある。自然の圧を倧地に衚す、ある皮の地霊ずもいえる。倧東が盆螊りをしお絵を描く理由が、わかった気がした。
     過去䜜を䞊べ、奥に続く絵を配眮しお、このギャラリヌの癜い壁から続く「道」を芋せたオヌナヌの意図は、たぶん倧東の未来を祝犏しおいるものだろう。

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    63䜍 浊䞞真倪郎 受粉 KOGANEI ART SPOT 2F

     瞫い合わされそうで、瞫い合わせ切れない関係。それは慈しみなのか暎力なのか。たぶん、その境界はなく䞀塊ずなったキメラのようなものなのだろう。考えおみれば、それは性だけではなく瀟䌚のいろんなずころに点圚しおいるのだろう。矎しい展瀺でした。
     ちなみにこの展瀺の埌、浊䞞はここで展瀺した瞁もあっお、ここの展瀺の構成も担圓したこずのある匓指寛治の䌚堎の蚭営の手䌝いをするこずになる第3回刑務所アヌト展の第2䌚堎。瞁っお䞍思議ですね。

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    64䜍 知芚の倧霊廟をめざしお—䞉䞊晎子のむンタラクティノ・むンスタレヌション ICC

     昔、田䞭功起ず銬定延の察談を芋に行っおから銬定延に興味をもち、それ぀ながりで䞉䞊晎子にも興味をもった。
     䞀般的にむンタラクティブ・アヌトは、鑑賞者の䜓隓ずいう蚀葉だけで消費されがちである。しかし圌女のアプロヌチは、䞀方で経隓䞻矩的な、極めお现かな䞖界の芳枬に基づいおいる。だがその䞀方で、芖点を䞀気に切り替え、それらを俯瞰するような超越的なメタ芖点を䜵せ持っおいる。
     か぀おフヌコヌは、こうした「経隓的なもの身䜓的芳枬」ず「超越的なもの知的な俯瞰」の二面性に぀いお、珟代においおこれらを䞀぀に統合するこずは䞍可胜であるず説いた。しかし、今回の展瀺は、その盞容れないはずの二局を地続きに統合できおいるように錯芚しお面癜かった。

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    65䜍 スタヌニャン原画展『ほしねこくろが育った家』 経堂アトリ゚

     ずにかく可愛い。可愛い連発しおお䌚堎にいた友杉宣倧に面癜がられた。だっお可愛いからね。

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    66䜍 ペドロ・コスタ むンナヌノィゞョンズ 

     東京郜写真矎術通は、展瀺構成がい぀もセンスあるず思う。今回も玠晎らしかった。 顔の倧写しがキヌずなるが、それを動線に合わせおあらかじめチラ芋せする。党身を芋せる時は、遮蔜物を曲がったずころでいきなり芋せる。

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    67䜍 近代名叀屋の日本画界 名叀屋垂矎術通

     東京・京郜の圱響、特に江戞の圱響を受けながら、発展しおいった歎史をたどる。 倧正期、䞭京画壇が停滞した䞭で頑匵った朝芋銙城ら。さらに停滞を打砎した愛土瀟の1人である石川英鳳。その埌の䞖代で東京から垰京した富田范溪らの絵が面癜い。圌らの業瞟は名叀屋博芧䌚に぀ながる。
    倧阪䞭之島矎術通で行った「倧阪の日本画」ずかこういった䌁画をもっず芋たい。

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    68䜍 マリヌナ・タバサム・アヌキテクツ TOTOギャラリヌ・間

     この展芧䌚でいちばん匷く残るのは、「建築建物」ではなく「建築集たるための地圢」だずいう感芚。モスクの円圢の開口や光庭を通っお床ぞ萜ち、圱の移ろいが祈りず日垞の境界を曎新しおいく。そこにあるのはむスラム建築の暡倣ではなく、気候ず郜垂の圧力のなかで「共同䜓が息をできる䜙癜」を぀くる技術。錆色のレンガ焌成された土の赀が、時間ず環境ぞの耐性を矎しさずしお匕き受けおいるようにも芋える。

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    69䜍 氞遠なる瞬間 ノァン クリヌフ&アヌペル  ハむゞュ゚リヌが語るアヌル・デコ 東京郜庭園矎術通

     西柀培倫が䌚堎構成をしおいる。第1䌚堎は絚毯ず台座を䜿い、どこたで倉遷をストレスなく芋せるか。第2䌚堎は壁を䜿い、どう芋せるかの察比が面癜かった。

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    70䜍 岩名泰岳 + 束元悠「䞀揆米屋を襲ふ」 2kw gallery

      「芋えおいるものをすぐに癜黒぀けないでおこう」ずいう展瀺なのだず思う。
     束元悠の〈はたぐり〉が吐き出す蜃気楌が印象的だが、蜃気楌は気枩の䞊䞋によっお正像にも逆像にもなる。しかし、どちらが「正しい姿」かずいうこずよりも、それが「そう芋えおしたう」こず自䜓がポむントに思える。噂やSNSも同じだ。真実ず誀報が混ざり合ったたた流れおくる状況においお、それらを安易に遞別しようずするのではなく、その揺れ方そのものず付き合っおいくしかない。
     䞀方で、岩名泰岳の絵画には時間の堆積が感じられる。だからこそ、この二人の展瀺は、情報がひっくり返る瞬間の䞍安から距離を眮き、「たあ䞀回、そこで螏ん匵っおみよう」ずいう足堎を眮いおくれるような、そんな展瀺だった。

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    71〜80䜍

    71䜍 にしもずたゆこ個展 にほんの朚のたえで 曞肆翠広島

     䜜家掻動を再開し珟圚「出匵パヌプルヌム予備校」に広島から通っおいるにしもず。
     䜜品数が倚いのに、情報がうるさくならないのは、䞀枚䞀枚が「蚀い切らない」からだず思う。朚は朚でありながら、同時に蚘憶の眮き堎所でもある。掟手な䞻匵の代わりに、地面の硬さや空気の薄さみたいな感芚が残る。
     にしもずの展瀺は回みおいるが、こちらが色々な物語を読むこずができる䜜家でもある。その蟺は「蚀い切らない」ずころにあるのかも知れない。

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    72䜍 奈矩町珟代矎術通 山本䞀雄 小さな郚屋から

     囜立ハンセン病療逊所・長島愛生園で暮らす山本䞀雄の回目の個展。今回は磯厎新建築での展瀺ずなる。 説明には「面盞筆ずいう现い筆で塗り重ねられた䜜品には、圧倒的な時間が凝瞮されおいたす」ずある。確かに。
    磯厎建築の倩井が山本の䜜品をiOSのリキッドグラスのように映り花を添える。

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    73䜍 呚蟺・開発・状況 珟代矎術の事情ず地勢 䞋瀬矎術通

     オルタナティブな掻動を担っおきた䜜家たちが、䌁業的なマネゞメントのもずにある矎術通で「矎術展をする」こず自䜓を、あえおそれらしく、぀たり「かのように」遂行し盎しおみせる展瀺だったように思えた。
     展瀺宀の䞭心に䜜品を据えお正しく芋せるのではなく、MADARA MANJIはコンテナの脇に介入するこずでコンテナ矀に別の重心䞭心を぀くる「かのように」配眮し、遠藀薫の枊巻く朚材は空間の空気ごず巻き蟌みながら、矎術通の䞭心ずは異なる䞭心を立ち䞊げる「かのように」蚭眮され、鈎朚操の半身像は矎術史の䞭心を代衚する「かのように」そこに立ちながら、半身であるこずによっおその䞭心をむしろ欠萜させおみせる。
     ずりわけ遠藀の䜜品の匷さは、矎術通の䞭心ずは別の栞を通内に䜏たわせるようで、その憑䟝を経たあずで芋るず、久朚田倧地の䜜品は、憑䟝の残滓ず䞭心がずれたあずの戻りきらない感芚を受け止める残像ずしお芋えた。

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    74䜍 ルむゞ・ギッリ 終わらない颚景 東京郜写真矎術通

     「颚景を初めお、そしお最埌に芋るかのように芋るずき、人は䞖界䞭のすべおの颚景に属しおいるずいう感芚を埗る」
     ギッリが「芋る/芋られる」を远求したように、展瀺構成も壁の狭いスリットの隙間から他の鑑賞者を眺めるようになっおいる。

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    75䜍 山本理顕展 コミュニティヌず建築 暪須賀矎術通

     山本の矎孊が結晶したような展瀺。暡型が連続するけど、それが山本らしくおいいんだよね。山本は矎孊の人だね。

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    76䜍 菊地敊己 机䞊の空間 思文閣京郜

     菊地敊己はい぀も空間的で知的なパズルを提䟛しおくれ、それを解くのが楜しい。パズルずいっおもパズルに䞍完党さを入れおるずころがいいんだよね。

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    77䜍 垃斜琳倪郎 垂倖劇ツアヌ型展芧䌚 パビリオン・れロ空の氎族園 葛西臚海公園

     ツアヌ自䜓は萜遞したがツアヌを芳劇するずいうポゞションで参加。倖郚から芋る様子はたさに氎族通。ツアヌ萜遞組でヘッドマりントをシェアしながら歩いたり楜しかった。鳥の芖点ではなくバヌドりォッチャヌの芖点で芳劇した。

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    78䜍 猪熊匊䞀郎博芧䌚 䞞亀垂猪熊匊䞀郎珟代矎術通

     建築史家の五十嵐倪郎、アヌトアドバむザヌが菊地敊己ずいう、倢のような垃陣の展瀺だった。
     䟋えば絵画であればサむズが固定されおいるため䌚堎構成はしやすい。しかし、これは資料展なので、アヌカむブ写真をどう芋せるかがポむントになる。それをストレスなく芋せる䌚堎構成は非垞に勉匷になった。
     わかりやすいずころで蚀えば、動線を完党に固めずに通れる隙間を䜜っお窮屈さを軜枛したり、展瀺ケヌスをある皋床たずめた䞊で、あえお少しだけ隙間を開けたりするずいった工倫だ。

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    79䜍 Trans-ノィゞョン비전 Syndicate高束

     展瀺䜜家の䞀人ormは「電柱の圫刻を䜜り他䜜家の電気を䟛絊」するずいう聞いたこずもない発想をするアヌティスト。尖った展瀺が倚かった。

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    80䜍 第3回刑務所アヌト展 京島劇堎

     毎回鑑賞しおいる刑務所アヌト展。行くたびに䞻催者の颚間勇介の仲間が増え、そしお第1回・第2回の人たちの「その埌」も知れるのが面癜い。䌚堎構成の協力は匓指寛治。匓指が関わっおいない第2䌚堎の構成も良かった。

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    81〜90䜍

    81䜍 MUSE 笹岡由梚子 ART SCRAMBLE グランフロント倧阪

     笹岡由梚子ずキュレヌタヌのパノェり・パフチャレクのYPコンビ。この二人が組めば、安定しお面癜い。
     おそらくパノェり・パフチャレクの発想だず思うが、ナヌトピアずいう芖点からこの䜜品を批評する。しかし、笹岡は「家族を描いおいる」ずいう。理想䞻矩ずしおのナヌトピアは、埀々にしお家族を解䜓しようずする。しかし、人はたぶんそんなこずはできない。その䞡面を持っおいるのが人間ずいうものなのだろう。

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    82䜍 八王子芞術祭2025 八王子垂䞭野など

      鈎朚初音、坂田桃歌、堀田千尋、内山翔二郎など、「これほずんど南飛隚 Art Discoveryだろ」ず思うメンバヌがそろう。キュレヌションは、匓指寛治のむンストヌルを手がけおいるDUST BUNNYの田坂和実が行っおいる。南飛隚 Art Discoveryがコンパクトな芞術祭なら、これは「コンパクト・コンパクト芞術祭」だ。しかし、芏暡の小ささを補っお䜙りある移動䜓隓ず、面癜い䜜品が揃っおいた。

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    83䜍 猪熊匊䞀郎展 Since 1955 䞞亀垂猪熊匊䞀郎珟代矎術通

     「倧竹䌞朗展 網膜」ず同時開催されおいたコレクション展。倧竹の䜜品ずゆるやかに繋がる構成だ。猪熊がニュヌペヌクに枡った1955幎ず、倧竹の生幎を重ね合わせる。幎霢ずずもに凞凹デコボコが増しおいく倧竹に察しお、次第にフラット化しおいく猪熊。
     あいち2025にも通じるような、センスの良さを感じる展瀺だった。

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    84䜍 須田悊匘 枋谷区立束激矎術通

     この写真だけで通じるよね。

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    85䜍 束元悠「断片芪子」  アヌト / 空家 二人

     1階の居宀は、実際に芪子や身近な人間関係が「瀟䌚事件」ずしお蚀葉にされる瞬間を衚す空間。2階の和宀は、束元自身の䜜品背景や母ずの亀換日蚘など、私的な生掻の空間になっおいる。 䞊䞋を埀埩するず、断片は公的な蚘録ず家庭の蚘憶の間を揺れ、芳客は党䜓像よりも先に「距離の取り方」を問われる。
     この難しいテヌマを矎談にも断眪にも寄せず、断片の集たりずしお扱うこずで匷床を出しおいる。メヌル、蚌蚀、旅の蚘憶、共同コップ、䜕気ない蚀葉――どれも些现なものだが、積み重なるず逃げ堎がない。でも積み重なるこず自䜓が、家族ずも蚀える。

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    86䜍 共鳎のコレオグラフィヌ ベトナム珟代矎術展 銙川県立ミュヌゞアム

     ハン・ハンの《忘れえぬ土地》は、髪の毛を瞫い合わせた䜜品だ。暗闇の䞭で床に乱雑に眮かれた造圢からは、瞫うずいうより、瞫うために「刺す」ずいう感芚が匷く䌝わっおくる。そしお、その暗闇を照らしおいるチュオン・ク゚・チヌの電食䜜品は、照明匟を意識しおいるかのようだ。
     照明匟に続く爆撃、そしおハン・ハンの焌けた髪の毛。もし、か぀おのベトナムが今の日本なのだずしたら。ベトナム戊争終結から50幎、日本は戊埌80幎。幜玄の圌方ぞ連れお行かれた先に芋えるのは、このような光景だったのかもしれない。

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    87䜍 鈎朚初音個展 傍のふるえ 䞋北沢アヌツ

     自然を玠材にしたフレスコ画や和玙の絵。最埌に展瀺されおいた和玙の䜜品は、蜘蛛の巣のように繊现で、実際に觊れるこずができる。そこには刺繍が斜されおおり、再び「人の手」が加わっおいる。
     自然に觊れる手は、い぀しか自然に觊れられおいた。 幞せな気持ちになるね、こういう展瀺は。

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    88䜍 √K Contemporary ネル゜ン・ホヌ 鏡䞭花、氎䞭月

     マレヌシアのクィアアヌティスト。その独特の玅い色圩。これは日本の封筒に圱響を受けた色で、そのペむントの手法は日本画なのだそう。 掛䞭掛倖図のように日本な倚芖点を組み蟌んでいる。 この朚の連䜜、このガラスの屏颚。かっこいい。

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    89䜍 スケッチヌズ 八瀬の石黒さん家から芋た䞖界 京郜粟華倧孊ギャラリヌTerra-S

     陶芞家石黒宗麿の展瀺。ずいうより圌が「残そうずしなかったもの」の展瀺。圌は柳宗悊ず察極の思想で犬猿の仲であったこず。぀たり逆民藝・逆無甚の甚。なかでも束元の版画ず朚片を組み合わせた造圢は新鮮だった。

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    90䜍 家終い-のこされたモノが語る家族・地域の蚘憶- 瀬戞内海歎史民俗資料通

     みなみしたさんが銙川に来られた時にここぞお連れしたら、ものすごく喜んだ。たぶん今幎のベスト展瀺に遞んでいるはずだ。
     「家終い」がテヌマだが、同時期に瀬戞内囜際芞術祭の倧島で鎻池朋子が「墓終い」をテヌマにしおいた展瀺が、本来は関係ないけれど連動しおいお面癜かった。

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    91〜100䜍

    91䜍 MAPPING TOPOLOGYKOURYOU個展 倩野画廊

     「MAPPING TOPOLOGY」は、圢を歪たせおも「぀ながり」を倱わない䜍盞幟䜕孊の性質に基づいおいる。倧阪の諞盞を地図の䞊で呪術的に瞫い合わせ、再線する。瓊屋町の入り組んだ路地ず急峻な坂道は、その蚭蚈図に描かれた耇雑な接続関係を珟実ぞず匕き寄せる、最良の舞台装眮ずなっおいた。

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    92䜍 運慶 祈りの空間―興犏寺北円堂 東京囜立博物通

     立ち䞊ぶ像に、日本のサブカルチャヌの圱がちら぀いおいお面癜い。そしお、この展瀺は北円堂ずいう「唯識」の寺を再珟しおいる。唯識ずは、自分の倖郚の䞖界は自分の内郚の衚れであるず芁玄できる。それならば、日本ずいう「内郚」を衚したのがこの空間ずいえ、それがサブカルチャヌ的であるずいうのが面癜い。

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    93䜍 「䞀枚の絵 ヌある埓軍看護婊の別れ 匓指寛治䜜」 山陜堂曞店 山陜堂曞店衚参道

     䞋呂の展瀺から店䞻が賌入された䜜品の展瀺。い぀もは資料を豊富に展瀺しおいる印象があるが、今回はすっきりずした匕き算の展瀺。情報量が絞られおいる分、倚様な芖点で芋るこずができる。階段の途䞭から芋䞊げるず、朚々豊かな䞋呂の颚景に芋える。

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    94䜍 第33回 折々の䜜家たち展 ギャラリヌヒルゲヌト京郜

     ギャラリヌヒルゲヌトは、1988幎に京郜で開廊し、倚様な䜜家の䜜品をゞャンルを超えお玹介する䌁画展を倚数開催する堎ずしお知られる。「折々の䜜家たち展」では、梅接庞䞀の新䜜版画が129名の䜜家の䜜品矀の䞭に配眮されおいた。  オヌナヌが「わたし玠人ですから」ず謙遜するが、梅接が「こんな玠人いないですよ」ず思わず突っ蟌む。情熱ず包摂をも぀オヌナヌの静かな匷さがあっおこその「折々の䜜家たち」なのだなず思った。

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    写真提䟛 オむリさん

    95䜍 没埌70幎 日本画家・䞭島菜刀前線 鳥取県立矎術通

     戊䞭・戊埌䞍遇の人生のうえ53歳で倭折した画家。 戊前も貧乏で苊劎したらしい。今回はその戊前の䜜品 暖かく優しい絵が特城。 実は小早川秋聲ず同郷同期。

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    96䜍 䞊村掋䞀 個展「Waterforest」 hakari contemporary京郜

     環境音楜家。しかし、圌が䜜るテキスタむルは矎しい。モニタヌを透過しお芋るず、さらに䞍思議な空間が立ち䞊がる。颚に揺れる姿もいい。環境音はルヌプしおはいるのだが、二床聞いおも同じ音ずは思えない。たずえるなら、氎も埪環はするが、二床ず同じ氎には出䌚えないのず同じ。

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    97䜍 真鍋博 カコをみる、むマをみる、ミラむをみる 愛媛県立矎術通

    1970幎の倧阪䞇博にも関わっおいた人物。「タブロヌでは蚀いたいこずも蚀えない」ず蚀った真鍋が、やがおこう語る。
    「䞇囜博のパタヌンは未来郜垂の郜垂パタヌンではない。䌚堎を圩った赀、青、黄、緑、黒、癜、そしお金、銀のカラヌは未来郜垂のカラヌではないのだ。未来郜垂はわれわれにずっお癜いキャンバスだ。その未来郜垂のための絵の具が、この䞇囜博の広いパレットに䞊べられおいるのだずいえる」。
    䞇博の幎に、この真鍋の絵の魅力ず想像力は批評的に効いおいた。

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    98䜍 染色家 長尟玀壜展 祭り・自然・暮らし 岡山、京郜から沖瞄ぞ 岡山県立矎術通

     神々しく犍々しくスタむリッシュ。これが䜵存できおいるのが信じられない。 小さな型絵を繰り返し構成する手法をずる䜜家なので、今回の物量は効果的だった。

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    99䜍 ひずこたのはお 鞆の接ミュヌゞアム

     匓指寛治さんのトヌクがあるず知っお足を運んだのだけれど匓指さんは展瀺ずは盎接関係ない、結果的に展瀺そのものがいちばん匷く残った。  『厖の䞊のポニョ』の舞台ずしおも知られる鞆の浊にある鞆の接ミュヌゞアムは、もずもずアヌル・ブリュット系の展瀺を軞に始たった堎所らしい。   写真でも䌝わる通り、ここの䜜品は反埩・蓄積・私的なルヌルがたず前に立ち、芳客は党䜓像を掎む前に现郚の反埩ぞず自然に匕き蟌たれおいく。芋おいるうちに、それは単なる癖や奇抜さではなく、新しい䞖界に぀なぎかえるための手段だずわかっおくる。結果ずしお「䜜品の意味」よりも、他者の時間の䜿い方や蚘憶の仕方、䞖界の䜜り方の手觊りを感じるこずができた。

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    100䜍 朝吹真理子・匓指寛治 こども教宀 ふしぎな垂堎──ふしぎふっか぀ ゲンロン総䌚 CITY HALL & GALLERY GOTANDA

     株匏䌚瀟ゲンロンのむベントで行われたこどもが䞍思議なものを䜜るワヌクショップ。こどもたちの䜜品は倉幻自圚で玠敵だった。朝吹真理子ず匓指寛治が最埌に各䜜品ぞのコメントを添えるけれど、お子さんたちがあんたり聞いおいないのも含めお最高だった。
    珟代アヌトっお定矩がなく、色々ず定矩が倉わっおいくもの。これっおこどもの遊びず䞀緒だよね。

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    期埅倖れだった5展

    䜜品の優劣ずいうより 期埅倀や鑑賞状況ずの盞性ずしおの蚘録です。1䜍になるほど期埅倖れだった・合わなかった床が高かったです🙇‍♀

    1 時代のプリズム日本で生たれた矎術衚珟 1989-2010 囜立新矎術通

     なぜこれほど小沢剛を掚すのか意味䞍明だった。最初のパネルや、ワタリりムでの「氎の波王」展のパネル展瀺は面癜かった。ただ最初のパネルに぀いおは、2025幎においお倖郚から芋た歎史芳はこうなるんだ、面癜い、ずいう皮肉も少し混ぜた意味だけど。
     もう䞀぀蚀うず芋せ方がどうかなず思う。特にヒト・シュタむ゚ルやピ゚ヌル・ナむグがある映像コヌナヌは、人がガンガン映像の前を通るし、映像同士が干枉したくるし  。
    色々蚀っおごめんなさい🙇‍♂

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    2 小沢剛の讃岐䞃䞍思議 銙川県立ミュヌゞアム

     小沢剛のこずばかり曞いお恐瞮だが、これもたた  。普通に所蔵品を芋せおもらった方が魅力的だったのでは、ず思っおしたう。フォロヌしおおくず、第2䌚堎の旧県民ホヌルの地䞋にある、旧高束城の石垣を芋せたのは䞊手かったず思う。
    えらそうに蚀っおごめんなさい🙇‍♀

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    3 六本朚クロッシング2025展時間は過ぎ去る わたしたちは氞遠 森矎術通

     いい䜜品もあったのだけれど、結局、䜕かを蚀おうずしお䜕も蚀えおいない。どこかに連れお行っおくれそうで、どこにも行けない。かずいっお矎的に圧倒されるかず蚀えば、「どこかで芋たような手法を、少し厩しお敎えただけではないか」ず感じおしたった。
     展瀺党䜓を繋ぐ物語が匱い、あるいは物語衚珟のパタヌンに既芖感がありすぎるず、ここたで冷めるずは。あえお䜿い叀されたテヌマを䜿うっおのはわかるんだけどね。それが成立するのは難しくない🙇

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    4 倧竹䌞朗展 網膜 䞞亀垂猪熊匊䞀郎珟代矎術通

     私が運営しおいるXのスペヌスなどでも話したが、倧竹の魅力は「ゎミ」であるこずなんだよね。倧竹の䜜品を矎術品のように、あるいは資料通のように芋せるのは本来難しいはずだ。だから、ハヌドルを高く蚭定しお成功させるのは、盞圓に困難だず思うんだけどね。🙇‍♀

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    5 岡山芞術亀流2025 青豆の公園

     無料ずいうのがいけなかったのか、岡山芞術亀流・第2期の面圱もない。  テヌマ蚭定もいいず思うし、面癜い䜜品もあった。倩神山文化センタヌのレむチェル・ロヌズやプレシャス・オコペモンずかね。いいんだけどね。惜しかった。
     岡山芞術亀流っお、地域に根ざす芞術ずいうふりをし぀぀、実はそれは停装。その実態は極めおグロヌバルな展瀺をしおいる。これは批刀的に蚀っおいるのではなく、北川フラムのカりンタヌずしおはずおも面癜いず思う。これが䞊手く機胜すれば面癜くなるず思うのだが。

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    最埌に

     矎術鑑賞ずはChatGPTの壁打ちに䌌おいるのではず思いたす。こちらから䜜品や展瀺党䜓にプロンプトを投げ、矎しい文章や思いもかけない答えが返っおくるずきの喜びは、䜕ものにも代えがたいものです。そういう意味では、1䜍のアヌトゟヌン神楜岡の「梅接庞䞀 知られざる版画博芧䌚」は、集䞭しやすいナヌザヌむンタヌフェヌスアヌトゟヌン神楜岡を遞び、掗緎され、匷床のある構文を返しおきた手腕に脱垜したした。2䜍の高知県立矎術通の「再考《少女ず癜鳥》 第1期 莋䜜を持぀矎術通で莋䜜に぀いお考える」は、こちらが予期しなかった垌望にあふれたロゞックを返しおきた点を評䟡できたす。
     もっずも評䟡できなかったのは、囜立新矎術通の「時代のプリズム日本で生たれた矎術衚珟 1989-2010」で、いわばハルシネヌションを起こした展瀺だったず思いたす。もちろんハルシネヌションを起こしおもいいのですが、嘘であるこずが簡単に芋砎られおしたうのはたずいず思いたす。

     私は2026幎も孀独な壁打ちをするために、朝日がただ出ぬ瀬戞倧橋を枡る列車「マリンラむナヌ」に乗り蟌み、あるずきはゆっくりず色鮮やかなフェリヌに乗り、あるずきは展瀺を1぀でも倚く芋るために急いでのぞみ号に乗るこずでしょう。

    長々曞きたしたが、お぀きあいありがずうございたした。

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    瀬戞内囜際芞術祭の本島で芋た猫たち

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    #アヌト #珟代アヌト #矎術展 #瀬戞内囜際芞術祭 #梅接庞䞀 #匓指寛治 #田䞭功起


     
     

    sahisa

     
     
    䞍等蟺四角圢的な鑑賞録 ── 正しさには届かないが、たしかに芋た 銙川県圚䜏。地方のアヌトりォッチャヌ。 展芧䌚は䞭四囜から関西・東京たでカバヌ。 ゲンロン呚蟺ではなぜか「アヌト譊察」ず呌ばれる👮

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