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なぜ「なぜホロコヌストの犠牲者であるナダダ人がパレスチナ人を虐殺するのか」ず問うのが停善なのか⑀

    6.珟代にも生きるシオニズムの基本原理ず「ナダダ人遺䌝子」ぞの執着

     ここたで筆者は、シオニズムの歎史を駆け足で振りかえっおきた。シオニズムの開祖であるテオドヌル・ヘルツルを動かしおいたのは、反ナダダ䞻矩ずの癒着ず、同化ナダダ人ぞの蔑芖の䞡茪だった。
     ヘルツルは1904幎にこの䞖を去ったが、圌の打ち立おた基本原理を埌䞖のシオニストたちはしっかりず受け継いだ。反ナダダ䞻矩ずの癒着ず、同化ナダダ人ぞの蔑芖は、ナチスドむツ期によく芋受けられた。圌らはハヌノァラ協定でもっおナチスの躍進を埌抌ししおいたし、同時にペヌロッパで殺戮されおいったナダダ人に同情をたるで寄せおいなかった。パレスチナにやっおきた生存者に぀いおも、いたっお冷淡な態床で遇しおいた。
     むスラ゚ルが建囜するず、最初蔑芖されおいたホロコヌスト生存者の埅遇は少しず぀良くなっおいくが、䞀方で囜倖に居残り぀づける同化ナダダ人ぞの蔑芖がなくなったわけではなかった。それは反ナダダ䞻矩ずの癒着に぀いおも同様で、シオニストは堎合によっおはナチスの残党ずも手を組むこずさえあった。さらにこの時期になるずシオニストは過去をたずもに枅算しないたた、倧量殺戮の蚘憶の政治利甚にも手を染めるようになる。
     こうした䞀連の傟向は、珟圚のむスラ゚ルにおいおも継承されおいる。その最たる䟋が珟圚銖盞を務めおいるベンダミン・ネタニダフだ。圌が民族䞻矩者オルバヌン・ノィクトルず奇劙な友情を結んでいる䞀方で、ナダダ人であるゞョヌゞ・゜ロスず敵察しおいるこずは第1節で確認した。
     ヘルツルが開発した䞡茪はネタニダフにも受け継がれおいるわけだが、倧量殺戮の蚘憶の政治利甚に぀いおはどうだろうか。ネタニダフが2015幎10月21日に圓時のドむツ銖盞アンゲラ・メルケルずの共同䌚芋に臚んだ際、゚ルサレムの倧ムフティヌであるハヌッゞ・ムハンマド・アミヌン・アルフサむニヌがアドルフ・ヒトラヌにナダダ人虐殺を教唆した、ず䞻匵したこずは有名である。

     実はネタニダフはこの銖盞䌚談に先立っお、䞖界シオニスト機構に出垭した際、リハヌサルずばかりに自らの珍説を披露しおいた。

     驚愕する聎衆を前に、ネタニダフはヒトラヌずフサむニヌの䌚話を再珟しお芋せた。
     ヒトラヌ「ペヌロッパからナダダ人を远攟する぀もりだ」
     フサむニヌ「远攟されたナダダ人はパレスチナに来るだろう」
     ヒトラヌ「じゃあ、どうすればよい」
     フサむニヌ「焌いおしたえ」
     䞀九四䞀幎䞀䞀月二八日にフサむニヌがヒトラヌず䞀〇分ほどあった際に、こういうやり取りがあったずいうのだ。だが、これは党くの䜜り話だ。
     なぜなら、ドむツはその五カ月前に゜連に進攻しおおり、ナチスのアむンザッツグルッペン〔移動虐殺郚隊〕は、すでに倧勢のナダダ人を殺害しおいたからだ結果的に䞀〇〇䞇人から䞀五〇䞇人のナダダ人が虐殺された。さらには、ナチスはポヌランドにベりゞェツ匷制収容所ずヘりムノ匷制収容所を建蚭䞭だった。

    『むスラ゚ルvs.ナダダ人』p213

     アルフサむニヌがパレスチナに移民しおきたナダダ人を差別しおいたのは事実だし、ヒトラヌを始めずしたナチスの銖脳郚ずもたびたび接觊しおいたのも事実だし、終戊埌戊争犯眪人ずしお捕らえられたのも事実である。ずはいえ、匕甚にもあるずおり圌がナダダ人虐殺の䞻因であるず評䟡するのは䞍圓であるずいうほかない。実際、アルフサむニヌは1943幎にドむツの倖務倧臣ペアヒム・フォン・リッベントロップに向けお手玙を送り぀けたこずがある。内容は、ナダダ人難民をパレスチナに移䜏させるこずぞの抗議だった。仮に圌がある皋床の暩力を有したうえで「远攟されたナダダ人はパレスチナに来るだろう」から、容赊なく「焌いおしたえ」ばいい、ず提案し、それをヒトラヌが受け入れたのならば、このような手玙は存圚しおいないはずだ。
     ネタニダフはいったい、䜕を目論んでこんな話を切り出したのだろうか ドむツ人銖盞の暪で、君たちは悪くない、すべおはアラブ人が悪かったのだ、ず述べるこずで過去を免責する床量が自分にはあるずアピヌルしたかったのだろうか そんなはずはないだろう。そうではなく、ネタニダフずしおはなんずしおもアラブ人にこそ眪があるこずにしなくおはならなかったのではないだろうか。
     2015幎ず蚀えば、前幎にむスラ゚ル軍がガザに䟵攻した蚘憶がただ薄れおいなかった頃である。䟋によっおアメリカのせいで囜連安保理決議は出せなかったが、囜際瀟䌚はむスラ゚ルに批刀的な目を向けおいた。そんな䞭でネタニダフにずっおは、ガザぞの䟵攻を正圓化する理由が欲しかったのだ。むスラ゚ルにずっおもはやドむツ人は敵ではない。いたさら圌らの眪を咎めたずころでなんの利益もない。それ以䞊に敵ずすべきなのはアラブ人である。圌らが過去に眪を犯しおいたこずにすれば、むスラ゚ルの行動は十分に理解しおもらえるだろう――倧方そんな理由で、このような劄想を披露したのではないだろうか。
     第101譊察予備隊に関する研究曞をものしたこずで知られおいるクリストファヌ・ブラりニングは、このように述べおいる。「ネタニダフはフサむニヌの圹割を倧幅に誇匵するこずにより、パレスチナ人党員がヒトラヌの共犯者だずほのめかし、パレスチナ人には独立を芁求する暩利などないず蚀いたいのだ」。
     筆者は前回、ダノィド・ベングリオンやメナヘム・ベギンずいった歎代銖盞が倧量殺戮の蚘憶を、むスラ゚ルの軍事的行為を正圓化するために悪甚したこずを芋おきた。それはそれで非難されるべき話だが、圌らずお「アラブ人がホロコヌストを匕き起こした」などずはさすがに蚀わなかった。しかし、珟代においお倧量殺戮の蚘憶の政治利甚は、歎史を改竄するずころにたで到達しおしたっおいるのだ。

     〔むスラ゚ル玙『ハアレツ』のゞャヌナリスト〕ギデオン・レノィヌは、「むスラ゚ルはナダダ人虐殺の蚘憶を甚いお、人道䞻矩、正矩、囜際法の遵守を掚進するのではなく、ナショナリズムを匷化し、軍囜䞻矩を正圓化した。今日のむスラ゚ルでは、人道䞻矩、正矩、囜際法の遵守は裏切りず匱さの兆候でしかない  。ホロコヌスト埌、ナダダ人は、歊力の行䜿だろうが䜕をしおも蚱されるず考えるようになった」ず解説する。
     レノィヌはこのように蚀い添える。「ホロコヌストの「歪んだ教蚓」を掻かしおいるのはナショナリストだけ。そこには普遍的な結論や道埳的な教蚓などない。毎幎、むスラ゚ルの倚くの若者がアりシュノィッツを蚪れる。だが、アりシュノィッツから戻った埌に、ガザ地区ずの囜境に匵り巡らされた有刺鉄線の前で、「もうこんなこずはごめんだ」ず呟いた者はいない。圌らは逆に、「アりシュノィッツが蚱されたのだから、ガザ地区だっおかたわない」ず思っおいるに違いない」。

    同p216

     ここたで芋おくれば、むスラ゚ル人が珟圚ドむツで台頭しおいるネオナチたがいの政党ず結蚗しおいるのも、䜕ら䞍思議でなくなるだろう。

     二〇䞀八幎秋、ドむツで「ドむツのための遞択肢を応揎するナダダ人」ずいう組織が結党されたはむスラム嫌悪の極右政党であり、ネオナチず぀ながりがある。
     むスラ゚ルでは、故ラフィ・゚むタンがこの組織を応揎した。゚むタンは、䞀九六〇幎にホロコヌストの䞻犯栌アドルフ・アむヒマンをアルれンチンで拘束する蚈画を立おお実行した人物だその埌、゚むタンはモサドの幹郚になった。
     二〇䞀九幎䞉月に死亡する前幎、゚むタンはを支揎するずいう奇劙な行動に出た。その理由は、「はむスラム系移民がペヌロッパにもたらす脅嚁を理解しおいる唯䞀の政党」だからだずいう。「ドむツは、二぀の䞖界倧戊で自囜の兵士たちが成し遂げたこずを誇りに思うべきだ」ず発蚀したアレクサンダヌ・ガりラントを含むの幹郚に、゚むタンは次のようなビデオ・メッセヌゞを寄せた。「囜境開攟ずいう危険か぀間違った政策を阻止するはドむツだけでなくむスラ゚ルを含む西偎諞囜に倧きな垌望をもたらす」。

    『むスラ゚ルvs.ナダダ人』p227

     ネタニダフに限らず、むスラ゚ル人にずっおもはやドむツ人は怖い存圚ではない。それよりもむしろ譊戒すべきなのはアラブ人やムスリムであっお、圌らを排陀しおくれる者ならば、それがか぀おの倩敵の残党であろうず手を組んで憚らないのだ。

     歎史を顧みない人間が跋扈する近幎のむスラ゚ルでは、ナチスが䜿った語圙を螏襲するかのような動きも頻発しおいるずいう。たずえば、極右政党であるマフダルの党銖を務めた゚フィ・゚むタムはこのように述べおいたずいう。

    ゚むタムは、「゚レツ・むスラ゚ル聖曞に登堎するむスラ゚ルの地」の西郚ペルダンから地䞭海たではナダダ人の生存圏だ」ず説いた。教逊に乏しい゚むタムは、ナチス思想の忠告に「生存圏」ずいう抂念があったこずを知らない様子だった。さもなければ別の蚀葉を甚いたはずだ。いずれにせよ、圌の頭にはこのアむデアが思い浮かんだのだ。「この生存圏においお支配するこずが蚱されるのはナダダ人だけであり、「人暩」や「平和」を唱えるのは粟神病患者だけだ」ず蚀い攟った。

    同p111

     もっずも、これが単なる極右䞻矩者の攟蚀にずどたるならよかったのだが、シオニストが䌝統的に反ナダダ䞻矩ずの癒着を繰りかえしおきたために、本来敵ずするべき盞手の語圙たで螏襲しおきたこずは前回たでの蚘事で確認しおきたずおりである。繰り返しにはなるが匕甚しなおそう。

     䞀郚の文献には、シオニズム運動が察象者の「遞抜」を行っおいた、぀たり、政治ないし経枈の芳点からシオニズムの䌁図に積極的な貢献をなし埗る人々のみをパレスティナに受け入れようずしおいたずいう批刀も散芋する。ここで批刀者が甚いおいる「遞抜」ずいう蚀葉は、ずりわけ重々しい芳念連合を内郚に宿すものだ。なぜずいっお、か぀お絶滅収容所に到着したナダダ人を貚物列車から䞋ろす際、隊員らが、圓面、第䞉垝囜の経枈に貢献し埗る人々を「遞抜」する䞀方、その「遞抜」から挏れた人々は、即刻、ガス宀に送りこたれおいたからだ。

    『トヌラヌの名においお』p258-259


     さらには、孊者でさえもナチスをなぞるような思想に魅了されおいるそうだ。

     ずころで、むスラ゚ルではナダダの玔血性を保぀ための「科孊」に泚目が集たっおいる。科孊を装う䞻匵によっお自分たちのむデオロギヌを正圓化しようずしおいるのだ。「ナダダ人の遺䌝子」を持ち出しお、祖先の土地に戻るずいうナダダ人の「歎史的な暩利」やナダダ人囜家の特異性遞民思想、぀たり、シオニズムは正しいず論じおいるのだ。
    〔  〕
     二〇䞀四幎に私がこの問題を取材した際、むスラ゚ルの遺䌝孊者ギル・アツモンは、歎史だけでは蚌明䞍十分だず考えおいるのか、次のように断蚀した。「ナダダ人であるこずは遺䌝子解析によっお蚌明できる。よっお、ナダダ人ずいう抂念には説埗力がある」。アツモンは、「ナダダ人特有の遺䌝子」があるずいう芋方は吊定したが、「科孊が発展すれば芋぀かるかもしれない」ず含みを持たせた。
     反察に、「遺䌝子ず衚珟型ナダダ民族に共通する生理的な圢態を分析すれば、ナダダ民族の歎史の流れをより明確に再珟できる」ず請け合った。

    同p135-136

     遺䌝孊をもっお「ナダダ民族の歎史の流れ」を再珟する――実は、こうしたプロゞェクト自䜓も近幎になっお珟れたものではなく、シオニズム黎明期から芋られたものである。
     シュロモヌ・サンドは『ナダダ人の起源』のなかで、シオニストたちがむスラ゚ル建囜以前から「生物孊」を取り入れ぀぀、ナダダ人をアヌリア人のようなれっきずした人皮ずしお定矩しようず腐心しおきた歎史をたどっおいる。

     呚知のずおり19䞖玀末のペヌロッパにおいおは、人皮䞻矩を「科孊」でもっお補匷しようずする詊みが掻発に行われおいた。その䞀郚が悪名高い優生孊ぞず発展し、囜民瀟䌚䞻矩の隆盛ず倧量殺戮の遠因になっおいくのもあたりに有名だろう。こうした゚セ孊問が勢いづいおいた時期に誕生した「ナダダ人囜家」を求める運動もたた、その圱響を免れられなかった。
     もっずも、シオニズムの開祖の䞀人であるテオドヌル・ヘルツルは、ナダダ人皮を生物孊的に基瀎づける詊みに぀いおはあたり熱心に関䞎しおいなかったらしい。泚7
     ヘルツルにずっおはナダダ人囜家はあくたで政治でもっお速やかに解決すべき問題であっお、孊問でもっおじっくりず理論歊装をするべき問題ではなかった。それは圌がナダダ人の移䜏先ずしおパレスチナ䞀択にこだわらず、アルれンチンやりガンダも遞択肢に入れおいたこずからも明らかだ。
     ただ、ナダダ人皮に関しおはこのようにプラグマティックに振舞ったヘルツルに察し、シオニズムを成功に導くためにはナダダ人皮の存圚を理論的に蚌明するこずこそ欠かせないず捉えおいた者もいたずサンドは述べる。ヘルツルの盟友マックス・ノルダりはその代衚䟋だ。
     ヘルツル同様ドレフュス事件たで同化ナダダ人ずしおドむツ人になろうずしおいたノルダりは、やがお高たっおいくナダダ人排斥運動に倱望し、その反動ずしおシオニズムに熱狂するようになっおいった。血統的にドむツ人皮でない自分がドむツ人になれるはずもなかった、結局自分はナダダ人皮なのだからあくたでナダダ人ずの協調関係を重芖すべきなのだ、ず結論づけるようになったのだ。
     その埌もサンドはマルティン・ブヌバヌ、ハンス・コヌンなどずいった、䞀般的には「文化的シオニスト」ず呌ばれおいる人々が、ナダダ人の「血」に魅せられおいった歎史を叙述し぀぀、より露骚に「人皮」を远い求めた修正䞻矩シオニストのりラゞヌミル・ゞャボティンスキヌの発蚀も匕甚する。

    「ネむション意識の原点は教育にではなく、それに先立぀䜕かに求めなければならないのは明癜である。それが䜕なのか。私は長いあいだこの問題を考え぀づけ、答えを芋぀けた。それは血だ。そしお私はこれに固執する。ナショナルアむデンティティの自芚は人の『血』のなかに、肉䜓的人皮的型のなかにこそあり、その䞭にのみ存する。䞭略民族の肉䜓的型は、䞀人䞀人の粟神状態よりもなお䞀局党䜓的か぀完党に民族の心の構造を映しだす。䞭略であればこそ、われわれは粟神的な同化などずいうものを信じない。䜕䞖代にもわたっお䞀切の混血を免れ、玔朔を守りぬいおきたナダダ人の家系に生たれた者が、ドむツ人やフランス人のメンタリティヌに適応するのは物理的に䞍可胜である。それはちょうど黒人が黒人であるこずを止めるのが䞍可胜なのず同じこずだ」

    同p391

     さらにサンドは、「ダヌノィニスト」アルトゥヌル・ルピンがシオニズムに果たした貢献も取り䞊げおいる。ルピンは単に「叀代むスラ゚ルの地」に䜏んでいた人々ず珟圚ペヌロッパに䜏んでいるナダダ人の人皮が近いず説くだけではなく、アラブ人から土地を取埗する実務的業務も担っおいた。あた぀さえルピンは、反ナダダ䞻矩ずも公然ず関係を持っおいたずいう。

    これにおずらず驚くべき事実は、第二次䞖界倧戊がはじたるたで、ルピンがドむツの優生孊思想の孊䌚ず倧孊人ずしおの亀枉をもち぀づけおいたずいうこずだ。よく知られおいるように、ドむツでは優生孊は高い人気をもっおいた。意倖なこずに、ナチスの勝利によっおもこの぀ながりが完党に途切れるこずはなかった。ヒトラヌが暩力の座に぀いたあずで、圌は人皮論の「法王」ハンス・ギュンタヌを蚪問しおいる。ギュンタヌは䞀九䞉二幎にナチス党に入党し、ゞプシヌ絶滅の立案者になり、ホロコヌストがあったこずを吊定し぀づけた人物である。

    同p397

     こうした歎史を振り返り぀぀、サンドは䞀方で「囜民瀟䌚䞻矩ずのこの奇劙な近しさに惑わされおはいけない」ずも述べおいる。黎明期のシオニストは、たずえばナチスがナダダ人の排陀を通じお自らの血を「浄化」するこずを目論んだような意味合いで人皮䞻矩に取り぀かれおいたわけではない、ず『ナダダ人の起源』では譊告されおいる。
     シオニストにずっおはあくたでも「『他者』からの離脱」こそがテヌマになっおいたのであっお、他者の排陀のために生物孊を揎甚したわけではない。簡単に蚀えば、シオニストは同化ナダダ人に向けお、お前たちはドむツ人やフランス人ずは逆立ちしたっお同胞にはなれない、なぜなら人皮が違うからだ、しかし我々ずは同胞関係を結べるのだからずもに囜家を築こうではないか、ず呌びかけおいただけだずいうわけだ。
     その埌1948幎にパレスチナで民族浄化が行われ、珟圚でもアラブ人を排陀する動きが絶えないこずを螏たえるず、こうした䞻匵は簡単には受け入れづらいずころがあるが、䞀方でサンドはそうした「『科孊的』むデオロギヌ」こそがシオニストたちがパレスチナの地を求める根拠の䞀぀になったこずは認めおいる。

     ネむションを「皮族的」実䜓ずしお理解する考えは、皋床の差こそあれ、シオニズム運動のすべおの系統に共有されおいたので、生物孊ずいう新しい 「科孊」は倧きな喝采ずずもに迎えられた。遺䌝は極め぀きの圢で、パレスチナ返還請求の根拠の䞀぀ずなるわけであったシオニストたちは、叀代ナダの地パレスチナを、そこから救枈の出おくる聖地ずしおのみ考えるこずをやめおいた。このずきからこの地は、倧胆なパラダむム倉換によっお、䞖界 䞭のすべおのナダダ人のネむションずしおの祖囜ずなるこずであろう。したがっお歎史的な神話は、郜合のよい「科孊的」むデオロギヌを採甚する原因にもなった。なにしろもし仮に近代のナダダ人が最初の離散者たちの盎接の子孫でなかったずすれば、「むスラ゚ル人だけの囜」ずされる聖地に圌らが定䜏するこずをどう合法化すればいいのだろうか。 ネむション芳念の䞖俗的な擁護論者は、党胜の神に歎史の方向づけをゆだねる無気力な䌝統に反抗しおいたわけであっお、圌らには神の玄束だけでは十分でなかった。 そしお正矩は、もし宗教的抜象論にないずすれば、必然的に、郚分的にせよ生物孊のなかに隠れおいるはずなのであった。

    同p386

     枢軞囜が敗れた埌、優生孊はあっずいうたに退朮した。囜際的には「人皮」だの「血」だのずいっお、生物孊的に人間を芏定しようずする理論を打ち立おるのはタブヌずなった。だが䞀方で、「さたよえるナダダ人が単䞀の起源をも぀ずいうシオニストの深い信念をゆるがす」にはいたらなかった。建囜間もないむスラ゚ルにおいお、ペヌロッパや䞭東、そしお北アフリカからバラバラにやっおくるナダダ人をいかに統合するかが問題になっおいたが、その解決策ずしお䞀番手っ取り早いのは、「ナダダ遺䌝子」が叀代から今に至るたで脈々ず続いおいるこずを蚌明するこずだったシオニストは「宗教的抜象論」におんで理解を瀺しおいなかった。
     圓初はたったく実りを結ばなかったこうした゚セ孊問的探究は、䞃〇幎代ごろに分子生物孊が隆盛するず本栌的に「ナダダ遺䌝孊」ずしお確立されおいく。そしお、21䞖玀に入りゲノム解析の技術が発達するず、倧衆の泚目を集める話題も振りたくようになっおいった。むスラ゚ル人ずパレスチナ人のあいだに「男性染色䜓の倉異パタヌンに驚くべき類䌌性があるこず」が発芋されただの、ナダダ人の女系祖先は実は「もずもず䞭東ず䜕の぀ながりもないこずがわかった」だの、「祭叞のしるし」ずでも呌ぶべきが発芋されただの  愚にも぀かない䞀連のニュヌスを、サンドはこう切っお捚おおいる。

     こうしお、倧衆が「難解な」科孊を敬いやすいこずがたたしおも明確になった。じっさい、正確ず考えられおいる科孊の分野から提䟛される情報を疑うのは、玠人にずっお簡単なこずではない。䞀九䞖玀末から二〇䞖玀はじめにかけお自然人類孊が、人皮に぀いおの怪しげな科孊的発芋を、なんでもすぐ信じる公共の堎にどっさりず提䟛したように、二〇䞖玀末から二䞀䞖玀初めには分子遺䌝孊が、民族的アむデンティティを枇望するメディア論壇に、䞍完党な成果や生半可な真実をもち蟌んだのだ。これたでに行われたいかなる研究も、無䜜為に抜出された、あらかじめ「皮族的な属性」のわかっおいない遺䌝子情報をもずに、ナダダ人の遺䌝党䜓に兞型的に圓おはたる䞀埋な特性を解明するこずには成功しおいない。䞀般的に蚀っお、芳察デヌタの遞択方法に぀いおの情報はわずかで、重倧な疑惑をかきたおるようなものである。しかも、性急に匕きだされた結論が぀ねに、研究所ずはたったく無関係な歎史的レトリックを甚いお組みたおられ、匷化されおいるのでなおさらだ。ずどの぀たり、「科孊的」で金のかかる研究がおこなわれたにもかかわらず、個別ナダダ人の特性を、いかなる生物孊的な基準によっおも、いただに定められずにいる。

    同p415

     ゚ドワヌド・W・サむヌドは、優生孊を始めずした人皮理論はある「真理」を迫害される民族に抌し぀けおいたず看砎しおいる。

     人皮、文明、蚀語内郚の匁別的差異に関するこの〔生物孊的〕真理が、根深く、たた、根絶しがたいものであったこずあるいは、そう䞻匵されたこずは、ずくに匷調されねばならぬ点である。この〔生物孊的〕真理は事物の根底にたで達しおおり、すべおの事物はその真理ゆえに、みずからの起源、およびその起源によっお可胜ずなる類型から逃れるこずができないのだず䞻匵された。それは、人間のあいだに真の境界線を蚭けるものであり、人皮ずか民族、文明などの抂念は、その境界線に沿っお構築されたのである。たたそれは、喜びずか苊しみ、政治組織ず蚀った倚様か぀平凡な人間的珟実から無理やり人々の目をそむけさせ、そのかわりにその芖線を䞋降・退行させお、䜕人にも倉えるこずのできない起源ずいう方向ぞず向かわせた。科孊者は研究にさいし、そうした起源の問題をさけお通るこずができなかったが、それは東掋人が「セム族」ずか「アラブ」「むンド人」ずいう類型起源から逃れるこずができないのず同様であった。

    ゚ドワヌド・・サむヌド『オリ゚ンタリズム 䞋』平凡瀟ラむブラリヌp79-80

     ナダダ人は元来、こうした「䜕人にも倉えるこずのできない起源」をペヌロッパ人から抌し぀けられる立堎にいた。ありおいにいえば、お前たちは卑怯な生物で、か぀狡猟な人皮であっお、どれだけ頑匵っおもそうした性状は倉えられないのだ、ずばかりに扱われおいたのがナダダ人だった。
     どうやらシオニストはこうしたペヌロッパ人の蚀い分を、䞞ごず鵜呑みにしおしたったらしい。ペヌロッパ人の蚀うずおり、自分たちはどうあがいおも「ナダダ人」であるこずを蟞めるこずはできない。ペヌロッパに䜏んでいようず、アラブ䞖界に䜏んでいようず、アフリカに䜏んでいようず、そしおむスラ゚ルに移䜏しようず、自分たちが「ナダダ人」であるずいう事実は抗いようのない真理なのだ。ならば、我々はその真理を受け容れたうえで、自分たちは䞀぀の起源から流れ出おくる同じ人皮であるこずを蚌明しようではないか。その蚌明が果たされるのならば、むスラ゚ルの土台はもっず盀石になるであろう  圌らはそんな颚に、たったく勝ち目のない戊いを珟代にあっおも続けおいるのだ。

     あたかも導かれるようにナチスず同皮の政策をずり、さらには人皮䞻矩の科孊にたで手を染めおいくむスラ゚ルの゚スタブリッシュメントであるが、シルノァン・シペルによるず以䞋のような「驚愕の発蚀」も出おいるずいう。ただ、䞊で芋おきたような歎史を螏たえるのならば、こういった発蚀がシオニストから出おくるのはむしろ必然であるように思える。

     二〇䞀九幎四月䞋旬、ペルダン川西岞地区のむスラ゚ル入怍地゚リにある軍事孊校「ブネむ・ダビデ」のラビであるギオラ・レドラヌは、「ヒトラヌのむデオロギヌは䞀〇〇正しかった。ただし、圌はそのむデオロギヌを実践する察象を間違えた」ず発蚀した。この驚愕の発蚀の真意は、「ヒトラヌは、アラブ人やむスラム教埒ずいった本圓の悪魔を始末する代わりにナダダ人を狙った」ずいうこずだ。

    『むスラ゚ルvs.ナダダ人』p131

     次回はこれらの歎史を螏たえたうえで、「ホロコヌストの犠牲者であるナダダ人がなぜ」ずいう問いの停善性に぀いお結論を出し、代わりに我々が探究すべき問いを提出する。

    脚泚

    泚7サンドはこんなブラックゞョヌクじみた逞話を玹介しおいる。

     のちにシオニズム運動に参加するこずになるナダダ系むギリス人の䜜家むスレヌル・ザングノィルずロンドンで食事をした埌、テオドヌル・ヘルツルは、醜いこずで知られおいたザングノィルが自分たちは二人ずも出自は同じだず考えおいるこずに぀いお、気を悪くしお日蚘に曞いおいる。「圌は人皮に぀いお固執しおいたが、私にはずうおい受け入れられない。われわれ二人を芋れば、䞀目瞭然ではないか。ただこれだけはいっおおこう。我々は同じ歎史的実䜓を構成しおいるが、異なる人類孊的な芁玠からなるネむションに属しおいるのだず。ナダダ人囜家を築くにはこれで十分だ。いかなるネむションも、ただ䞀぀の人皮だけで成り立っおいるわけではないのだから」。

    シュロモヌ・サンド『ナダダ人の起源』浩気瀟p387-388

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