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心のトリガーポイント

    物心つく前からアトピーを発症していた私は、社会人になってからも薬を手放すことができなかった。
    飲み薬はほとんど服用せず、塗り薬を常用していて、外出時もいざというときのために、お守りのように持ち歩いていた。

    フランスに滞在することが決まったときも、万が一皮膚科にかかる事態に陥ったとき、どんな薬を処方されるか分からないのは不安だったので、数種類を持参した。
    ところが、初フランスとなった1か月の短期留学の際、日本にいたときのような痒みに見舞われることなく、薬を使用せずに済んだ。
    その後、半年の留学でも、1年間のインターンでも、私は自分がアトピーであることを忘れるほど、この疾患に煩わされることなく過ごすことができた。
    「よっぽどフランスの水が合っているのねぇ」
    ずっと近くで私の肌を見守ってきた母は、薬を使用しなくて済んだという状況に大層驚いていたが、一番不思議だったのは当の私だ。
    日本に戻ったらまたムズムズ・カイカイも復活したので、フランスは私にとって転地療法になったのかも、と母の言葉を半ば真剣に受け止めていた。

    肌以外にも、自分の体に起きていた変化がある。
    インターンから帰国して2~3週間ほどが経過した頃、何だか顔の筋肉がやたらと引きつるように感じた。
    あ、私、笑顔を作っているんだ、と気付く。
    そして、その事実に自分でも正直驚いた。
    フランスでの生活が順風満帆だったわけではなかったし、嫌になること・泣きたくなることも多々起こった。
    作り笑いだって普通にしていたと思う。
    それでも、自然に筋肉が動くくらい、心と身体が伴っていたのではないか。
    無意識ではあるものの、毎日無理なく表情筋が鍛えられていたところ、日本に戻った途端、オフシーズンにまったく体を動かしてこなかった体操選手のようにガチガチ(あくまでもイメージです)になってしまった。
    日本での生活をつまらないと思って過ごしているわけではないし、楽しいこともたくさんある。
    お腹が痛くなるくらい笑ったりもする。
    それなのに、口角が上がるとき、頬の横辺りを糸で引っ張られているような感覚がしばらく続いた。
    日本にいるとき、私は笑顔を作っているんだ。
    笑顔はこぼれるもの、なんだよね……。
    あまり喜ばしくないことを認識した出来事だった。

    変化といえばもう一つ、日本でワインを飲むと、ときどき二日酔いするようになった。
    最初は赤ワインで頭痛や吐き気を伴うようになり、そのうち白でも気分が悪くなったりした。
    フランスでは昼に夜にと、日本でいうところのお茶のような感じで食事のお供として日々提供されてきた状況にあって、一度も悪酔いしたことはなかった。
    防腐剤の影響だとか、日本で販売されているフランスワインが現地と同じ状態ではないからだと言われてしまうかも知れないけれど、それだけではないような気がする。
    たぶん、気持ちの問題。
    会社の付き合いとか、あまり気乗りしない飲み会のときに限って、この症状が出ている。
    仲の良い方々と酌み交わすときは、ほぼ起こっていないのだ。
    心のトリガーポイントが引かれるかどうかなのだと、私は結論付けた。

    トリガーポイントとは、痛みの引き金となる部位のことで、正式には『痛覚過敏部位』と呼ばれる。
    発症する部位は、首の付け根や肩・腰・臀部などで、筋肉や筋膜などに小さなしこりができ、そこが体内の痛みを感じるセンサーとなって、刺激をとらえる。
    このセンサーが、ストレスや長時間の負荷などで過敏になると、わずかな刺激でも強い痛みを感じてしまうようになり、悪化すると刺激がなくても痛みを感じ続ける状態になるそうだ。
    通常は肩こりや腰痛などで使われる用語だけれど、実は二日酔いとも関係している。
    アルコールが引き起こす脱水や血行不良によって、体内のトリガーポイントが活性化(悪化)するのだ。
    アルコールの利尿作用によって体内の水分が失われ脱水状態になると、筋肉から水分が奪われて硬くなり、血行が一段と悪くなって潜在型のトリガーポイントが刺激され、強い痛みやだるさを引き起こす。
    また、アルコールが肝臓で分解されるときに発生するアセトアルデヒドは体に炎症や頭痛を引き起こす有害物質で、これが神経を刺激することでトリガーポイントがある部位の痛みセンサーが通常よりも過敏になり、普段以上の激しいコリや痛みとして認識するらしい。
    さらに、肝臓はアルコールの分解を最優先するため、糖分の供給が後回しになり、体内は一時的な低血糖状態に陥る。
    筋肉の弛緩にはエネルギー(糖)が必要で、不足すると筋肉が収縮したまま戻らなくなり、トリガーポイントが形成・悪化しやすくなるそうだ。
    二日酔いで特に痛みが出やすいトリガーポイントは、首や肩・腰で、二日酔いの血管拡張性頭痛とは異なる緊張型頭痛(頭が締め付けられるような痛み)を併発したり、重い腰痛を引き起こすことが報告されている。
    私は右の首の付け根がトリガーポイントで、二日酔いになるときは必ず、この部位がひどい首コリを起こし、頭痛がなかなか治まらない。

    対策や症状を改善させる方法は、
    ・水分と電解質の補給→スポーツドリンクや経口補水液で筋肉に水分を行き渡らせる
    ・軽いストレッチ→強く揉んだりせず、呼吸をとめずにゆっくりと行うことで血流を促す
    ・入浴(体が少し落ち着いてから、ぬるめのお湯で)→全身の血行を良くし、筋肉の緊張をほぐす
    と良いらしい。

    なぜ日本とフランスでの感覚の違いからこんな話をしているかというと、明日金曜日、突然異動となる社員さんの壮行会があるから。
    毎回、買い出しや飲み物の注文を任され、細かいことだけれど会社の飲み会にも関わらず自払いしたこともあり、それでも、頼りにされているのだと思うようにしてきた。
    でも、先日父が亡くなったとき、上司2人はお悔やみを言ってくれたものの、他の方々からは完全にスルーされた。
    今回異動となる社員さんも同様だった。
    何かして欲しいわけではないけれど、同じチームで働いていたのにずいぶんとクールなものだ、と快く送り出したいという気持ち半分、モヤモヤ半分。
    ときどき、社会人になりたての若者が、
    「相手を尊敬できないのに敬語を使う必要ありますか?」
    などという質問をしているのを見聞きしたとき、敬語は相手を敬うツールであって、言葉遣いはそれを使う人そのものを見られているから、相手によって言動を変えるのは自らを下げる行為だよ、と思っていた。
    私の中で、自分が受けた扱いに対する反発心より、自分で自分を下げたくない気持ちの方がいつも勝ってしまうのだと思う。
    私の心のトリガーポイントは、自分を嫌いにならずに済むかどうかなのかも知れない。
    うちの会社の社員さんは、プロパーか派遣かで、引き金を引くのかな?

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    ゴッホが療養生活を送った、南仏のサン=ポール・ド・モーゾール修道院の入口。今回のタイトル『心のトリガーポイント』からゴッホのピストル自殺を連想した。
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    ゴッホは病室の窓から見える景色を観察し、同じ主題を繰り返し描いたと言われている
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    この庭も、ゴッホは緻密に観察していたことだろう
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    ゴッホが描いたアルルの跳ね橋。左にゴッホの絵のレプリカが説明書きとともに置かれている。絵は明るい色調だけれど、私が出向いたときは人気も少なくちょっと寂しい感じがした。

    こんなことを考えながら、私は明日、会社の飲み会に参加する。
    二日酔いが起こらないといいのだけれど~!
    ちょうど2週間前、noteオフ会で最高に楽しい時間を過ごしたときとは、なんという違い!
    明日は自分の胸に銃口を突き付け、建前でガッチガチに引きつった笑顔で、引き金を引かないことを願う。

    最後までお読みいただきありがとうございました。

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