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タイのリゾート支える ミャンマー人の汗と涙

    【連載】アジア人は今 第7回

    ジャーナリスト 室橋 裕和

    タイも日本と同じく少子高齢化が進み、外国人の労働力をあてにする時代に入っている。特に南部の観光地では、ミャンマー人の姿をよく見る。ホテルやレストランでの接客や裏方はもちろん、土産物店、フルーツを売る屋台、それに建設現場に漁業・・・。タイなのに、タイ人よりもミャンマー人が多い。そんな島も現れている。


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    ピピ島の海の美しさはタイ南部でも屈指(筆者提供)

    「タイ人も今じゃ飲食とかで働きたがらないからねえ」
     
    タイ南部のリゾートアイランド、タオ島のレストランの店員は言う。
    とはいえ、一品100バーツ(約500円)程度の安食堂の類だが、注文したガパオ飯を食べながら僕は彼の話を聞いていた。
     
    「だから、どこも外国人労働者頼み。以前はカンボジア人も多かったけど、今はほとんどがミャンマー人ですね。特にミャンマーでクーデターが起きてから(2021年2月)、本当に増えました。ホテルもレストランもミャンマー人ばかり」
     
    タイも日本と同様に少子高齢化が進み、外国人の労働力をあてにする時代に入ってきている。顕著なのはタオ島のような観光地だ。ホテルやレストランでの接客や裏方仕事だけでなく、土産物屋、フルーツやパンケーキを売る屋台、それに建設現場、漁業・・・。

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    タイ南部に膨大な数あるホテルは、ミャンマー人労働者がいないと成り立たない(筆者提供)

    「タオ島は海がきれいなのでダイビングで有名ですが、ダイブショップのスタッフもミャンマー人ばかりです。ダイビングのインストラクターは欧米人なんですけどね。お客の多くが外国人で英語が必要だから。ミャンマー人は酸素タンクなど機材の管理や運搬、ウエットスーツやマスクやフィンを洗ったり、ボートのメンテナンスをしたり」(ダイブショップのスタッフ)
     
    こうした肉体労働は、体力を使うが給料は安く、タイ人は就きたがらない。
     
    「それにタイもどんどん給料が上がっているから。ホテルやダイブショップの社長はタイ人だけど、なるべく人件費を抑えたいから安く使えるミャンマー人を雇うんです。まあ、私もミャンマー人ですしね」(同)
     
    すごく流ちょうなタイ語だったので、気付かなかった。もう5年ほどこの店で働いているという。社長は普段はタオ島にはおらず、バンコクで暮らしているとか。マネジャーひとりだけが社長の親族のタイ人で、そのほかは調理も配膳も全てミャンマー人が担う。そういう店が実に多いそうだ。
     
    もともとタオ島で土地を持っていた地元民は、タイの観光産業の隆盛とともに観光客向けの施設をつくって潤い首都バンコクで豊かに暮らし、現場はミャンマー人に任せっきり。
     
    タオ島の人口は8000人ほどと言われるが、そのうちタイ人は2000~3000人。ミャンマー人労働者はこれを上回る5000人前後が暮らす。この人数で、年間およそ300万人の観光客を受け入れている。

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    タイ南部では、外国人労働者のビザや労働許可証を手配するオフィスをよく見かける(筆者提供)

    コロナとクーデター
    越境の出稼ぎ急増

    タイ経済を支える柱の一つ、インバウンド観光の巨大市場である南部のビーチリゾートは今やどこもこんな様子だ。外国人観光客がくつろぐ高級ホテルの裏手には、ミャンマー人労働者が暮らす粗末なアパートがあったりする。
     
    フルムーンパーティー(※)で有名なパンガン島には、タイの寺院の敷地内にミャンマー風のお堂や仏像が建てられた一角があり、仕事が休みのミャンマー人たちがやってくる場所になっていた。

    ※毎月満月の夜に開催される世界的に有名なビーチパーティー

    何でも、クーデター以降に急増したミャンマー人労働者を慰めるために、寺の住職が建立したそうだ。タイ人もミャンマー人も同じ上座部仏教が主流だが、ミャンマースタイルの寺がある方がやはり落ち着くのだろう。

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    パンガン島の中部にはミャンマー人労働者のための寺院が(筆者提供)
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    「お寺の電気代と水道代のために、寄付をお願いします」とミャンマー語で書かれた募金箱(筆者提供)

    サムイ島、ピピ島、クラビなどのにぎやかな観光地に行けば、必ずミャンマー人たちを見かける。
     
    どことなく顔つきが違ったり、英語は達者でもタイ語がいまいちだったり、女性なら「タナカ」というミャンマーの伝統的な白い日焼け止めを顔に塗っていたり。厨房でタイ料理を作っているのも、ホテルで部屋まで案内してくれるのも、シュノーケリングツアーのスタッフも、みんなミャンマー人だったりする。

    よく「タイは微笑みの国」と言われるが、外国人観光客に微笑んでいるのは実はミャンマー人ということがきわめて多いのだ。

    ちなみに、日焼け止めのタナカはタイ南部のセブンイレブンでは普通に売られている。ミャンマー人の多さを見込んだ商品展開なのだろう。

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    タナカを頬に塗って食堂を切り盛りするミャンマー人の子供(筆者提供)
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    セブンイレブンで見かけたタナカ。これは「タナカ」という木が原料になっている(筆者提供)

    この傾向は両国の経済格差に起因していて、昔から一般的ではあった。ミャンマー人にとっては、国境を越えて隣国に行けば母国よりもだいぶ稼げる。とりわけ、タイ南部の国際的リゾートは常に人手不足だ。タイ人が下働きの体力仕事を敬遠する時代になった今、ミャンマー人材の需要は高い。
     
    こうした、タイ南部の労働事情に拍車をかけた出来事が二つある。
     
    まずは、コロナ禍だ。世界的な入国制限の元、タイでもインバウンド産業は低迷し、大量のタイ人労働者が解雇された。ホテルなども閉鎖が相次いだ。
     
    しかし、コロナ禍が明けて国際的な往来が元に戻り、観光業も世界的に復活してくると、タイ南部では今度は一気に人手不足に陥った。いったん離れた労働者を、また確保するのは大変だ。そのため、観光客が大挙して来ているのに営業できない施設も多かった。
     
    そんな時だ。2021年2月にミャンマーでは軍事クーデターが発生した。進んでいた民主化の針は逆戻りし、軍による国民の弾圧、言論の自由の喪失、国際社会の経済制裁による困窮、地方では少数民族のゲリラとの内戦も頻発。もう国内には希望を持てないという若者が、続々と国を後にした。
     
    クーデター以降、日本でも技能実習生や特定技能といった在留資格で働くミャンマー人が急増しているが、それが最も多いのが隣国タイだ。折しも、働き手の足りなかったタイ南部の観光地が、故郷から逃れてきたミャンマー人たちを吸収していった。

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    ミャンマー語併記の看板などは至るところにある(筆者提供)

    コロナ禍以前、タイで働くミャンマー人は合法・不法を含めて300万人前後とされていたが、現在その数は400万人ほど。もしかしたら、600万人に達しているのではという報道もある。
     
    あまりの激増ぶりに、タイ国内でも「タイ人の仕事を奪っている」「タイの社会保障を圧迫する」と、これまたどの国でも見られるように外国人労働者への視線は厳しくなっている。
     
    しかし、仕事を奪うも何も、ミャンマー人はタイ人がやらない仕事に従事しているわけだし、正規雇用の場合は納税もしていてタイ社会の立派な参加者であるはずだが、そうした理解が進まないのも日本と似ているかもしれない。

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    建設現場を行き来するミャンマー人労働者たち(筆者提供)

    野菜の流通
    外国人任せ

    そんなタイ南部を巡りつつ、僕はアジアでも有数のリゾート地、プーケットにやってきた、この島には12万人以上の外国人労働者がいるが、うち9割がミャンマー人。まさにミャンマー人がいなければ回らない島だ。
     
    ここでは観光産業だけではなく、生鮮食品の卸や小売り、つまり市場で働くミャンマー人も多い。朝が早く、体力を使う市場の仕事もまた、タイ人からは敬遠されがちだ。
     
    島内の最大都市プーケットタウンの中心にある市場もミャンマー人ばかりだ。すぐそばに宿を取ったのだが、主人は「ミャンマー人がいなかったらプーケットに野菜は流通しないよ」と言っていた。

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    早朝の野菜市場はミャンマー人たちが切り盛りしている(筆者提供)

    この近辺はミャンマー人たちのコミュニティーにもなっている。ミャンマー食材を売る店、ミャンマー料理の小さな食堂、タイのビザや労働許可証をアレンジする法律事務所、送金会社、ミャンマー人向けの「金行」(金の販売買取店)なども点在している。

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    ミャンマー料理を出す食堂。おかず2品をご飯にかけて70バーツ(約350円)だった(筆者提供)
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    金行にもミャンマー語。金は蓄財の手段として東南アジアで人気が高い(筆者提供)

    そのうちの一軒、ミャンマー食材店にお邪魔してタイ語で話しかけてみると「プーケットで働いてもう20年」という、店主の男性が相手をしてくれた。
     
    「この5年、クーデター以降は若いミャンマー人がプーケットにも本当に増えた。私は昔から好きでここで商売しているからいいけれど、軍のために故郷を出なくてはならなかった若者が本当にかわいそう。国にいたら兵隊に取られるしね」
     
    そうなのだ。ミャンマー軍事政権は、国内各地で起こっている戦闘が劣勢になると、2024年から徴兵制を施行。若者を兵士に仕立て上げて、最前線へと送り込むようになった。拒否する若者を強制連行するケースも相次ぎ、国外への人材流出を加速させた。当然だ。自由も豊かさも奪われた上に、軍の手先として同じ国民を殺せと言われれば、僕だって逃げる。

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    プーケットのミャンマー食堂でサモサを作っていた女性。ミャンマーではインドのスナック・サモサも一般的(筆者提供)

    その動きに対し、軍は男性の出国を厳しく制限した。そうなると、すでにタイなど国外にいるミャンマー人男性は帰るに帰れない。親孝行したくとも、帰国すれば徴兵されて二度と出国できず、圧政下で人生を送らなくてはならないかもしれない。
     
    だからなのか、タイ南部でも単に雇われているだけではなく、自分でビジネスを始めるなどして地域に根付こうというミャンマー人も増えているようだ。同胞向けのレストランや翻訳会社、外国人向けの旅行会社などが多い。
     
    そして、ミャンマーの出国制限を受け、タイへの密入国や不法就労も増えている。そうなると、タイ人の側にも不安や不満がさらに強まってくる。今のところ、深刻なヘイト問題になっているわけではないが、今後はどうなっていくのだろうか。

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    外国人には見分けがつかないかもしれないが、屋台ですらミャンマー人が働いている(筆者提供)

    アンダマン海の真珠
    美しさ支えるのは

    プーケット南部のシレー島にも行ってみた。島とはいえ、プーケット本島とは川で隔てられているだけでほとんど密接している。小高い山があり、その頂にはワット・コ・シレーという寺院がある。
     
    ここもまた、先に紹介したパンガン島の寺院のようにミャンマー人たちの憩いの場となっている。ミャンマー様式の寺院と、ミャンマーの聖地チャイティヨー・パヤーを模した巨大な黄金の岩のミニチュアもあった。

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    ワット・コ・シレーにあるミニ・チャイティヨー・パヤー(筆者提供)

    この寺院からは、プーケットの美しい街並みと海とが一望できた。近代的なリゾートホテルも林立している。だが、その足元では無数のミャンマー人たちが働いているのだ。
     
    「アンダマン海の真珠」とも呼ばれる美しさを支えているのは、誰なのか。
    この島に遊びにやってくる、日本人を含む外国人にも考えてもらいたいと願う。

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    次々に建設されるリゾートホテルは誰が建てているのか(筆者提供)
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    ここ数年のタイ南部はロシア人やインド人、それに中東系の旅行者が激増。中国人は景気減退のためか少なかった。しかし、日本人は円安のためもっと少ない(筆者提供)

    室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
    ジャーナリスト
    1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のジャーナリスト、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。
    現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。外国人コミュニティーと密接に関わりあいながら取材活動を続けている。「外国人コミュニティーから見る多文化共生の実情や課題」といったテーマで、大学やメディア、トークイベントなどの講演多数。武蔵野大学非常勤講師。新大久保など多国籍タウンの街歩きフィールドワークも行う。
    著書に『カレー移民の謎』(集英社新書)、『ルポ新大久保』(角川書店)、『エスニック国道354号線』、(新潮社)『日本の異国』(晶文社)など。

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    公式サイト https://murohashi.jp/
    X     https://x.com/muro_asia


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