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約束は、未来に置いてくる

    改札の前で、手を振った。

    「また会おう」

    その人の背中が、人混みに消えていった。

    私は、しばらくその場に立っていた。

    次に会う日は決めていなかった。

    場所も、時間も。

    それなのに、別れたあとの景色は、別れる前と少し違って見えた。

    まだ会っていない自分たちが、どこかにいる。

    そんな気がした。

    「また会おう」

    たったそれだけの言葉だった。

    けれど、私はその言葉を持って、帰ることができた。

    桃の花の下で

    『三国志演義』に、桃園の誓いがある。

    劉備、関羽、張飛。

    桃の花が咲く園で、3人は義兄弟の契りを結ぶ。

    生まれた日は違えど、死ぬときは同じ日でありたい。

    そう誓う。

    まだ、これから何が起きるのかも知らない3人だ。

    戦がある。

    別れがある。

    裏切りと呼ばれるものもあれば、裏切らなかったために失うものもある。

    誓いを交わした日の3人には、その先のすべてが見えていたわけではない。

    それでも、言葉を交わした。

    これから先の自分たちに向けて。

    桃の花は、やがて散る。

    あの日の風も、盃も、土の匂いも、同じ形では残らない。

    それでも、誓いは物語の中に残っている。

    3人が何をしたかだけではない。

    何を信じて歩き始めたのか。

    そのことが、ずっと語り継がれている。

    門を出る

    関羽が曹操のもとを去る。

    曹操には、関羽を引き留めるだけの理由があった。

    恩がある。

    地位も、財も与えた。

    それでも関羽は、劉備のもとへ向かう。

    曹操から受けた恩が消えたわけではない。

    目の前にあるものを捨ててまで、戻ろうとする場所があった。

    関羽にとって、桃園で交わした誓いは、過ぎ去った日の思い出ではなかったのだろう。

    あの日の言葉は、いま歩く道の先にもあった。

    だから、門を出る。

    約束は、ときに人を縛る。

    けれど、ときには、どこへ向かえばよいのかを教える。

    まだ見えない場所へ、人を歩かせることもある。

    言葉の向こう側

    日常の約束は、もっと小さい。

    「あとで連絡する」

    「明日までに送る」

    「また会おう」

    口にしたときには、ほんの数秒で終わる。

    けれど、その言葉を受け取った人の時間は、そこで終わらない。

    連絡を待つ。

    予定を空けておく。

    次に会ったときに話そうと思うことがある。

    言った側が忘れてしまっても、受け取った側の中では、まだ続いていることがある。

    だから、約束を破るというのは、予定がひとつ消えるだけではないのかもしれない。

    相手が思い描いていた未来まで、行き場を失ってしまう。

    もちろん、事情は変わる。

    守れない約束もある。

    会えなくなることもある。

    人の気持ちは、いつまでも同じではいられない。

    それでも、できなくなったことを伝えることはできる。

    あの言葉を、なかったことにしないために。

    まだ来ていない日

    私は、「必ず」と言うのを、少しだけためらうようになった。

    その場では、本当にそうしたいと思っている。

    相手を喜ばせたいこともある。

    力になりたいこともある。

    だからこそ、簡単に口にできてしまう。

    けれど、未来の自分が何をできるのか、今の自分にはわからない。

    それでも、言葉を交わすことには意味があると思う。

    約束したから、次に会う日まで頑張れることがある。

    誰かが待っていてくれると思うだけで、今日を少し違う気持ちで過ごせることがある。

    まだ来ていない日が、ほんの少し、自分の側に近づいてくる。

    約束は、未来を保証するものではない。

    未来に、誰かと一緒にいる場所を残しておくことなのかもしれない。

    あの改札の前で、私は「また会おう」と言った。

    日にちは決めなかった。

    場所も決めなかった。

    それでも、あの人とまた会う自分を、私は思い描いていた。

    今も、ときどき思い出す。

    人混みに消えていった背中と、あの短い言葉を。

    あの日から、ずいぶん時間が過ぎた。

    それでも、まだ来ていない日が、どこかに残っている。



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