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戻ってきたノート

    15歳年上の人だった。

    出会ったのは、あるプログラム開発のプロジェクトだった。

    机の向こうへ差し出したノートが、
    しばらくして戻ってきた。

    赤字は、ほとんどない。

    大きく書き直された跡もない。

    叱られたわけでもない。

    否定されたわけでもない。

    ただ、黙って眺めたあと、
    そっとこちらへ押し返された。

    それだけだった。

    自分では、それなりにやったつもりだった。

    少しくらいは認めてもらえるだろう。

    そんな期待もあった。

    けれど、
    「よくできたね」という言葉は、
    最後まで聞かなかった。

    あの人は、簡単には褒めない人だった。

    でも、
    見捨てる人でもなかった。

    何が足りないのか。

    どこを見落としたのか。

    答えは渡されなかった。

    あの頃は、
    それが少し寂しかった。

    赤字のない添削

    あの人は、どんな仕事も涼しい顔でこなした。

    急な仕様変更も。

    深夜のトラブル対応も。

    慌てる姿を、一度も見たことがなかった。

    私は、あの人みたいになりたかった。

    だから、徹底的に真似た。

    ブルックスブラザーズのスーツ。

    ボタンダウンシャツ。

    似た柄のネクタイ。

    鞄も近いものを探した。

    万年筆はモンブランにした。

    しゃべり方まで真似た。

    言葉を選ぶ間。

    笑うタイミング。

    鏡の中では、
    少しだけ近づけた気がした。

    でも、
    ノートを差し出せば、
    また静かに戻ってくる。

    赤字はない。

    褒め言葉もない。

    そのたびに、
    少しだけ悔しかった。

    何を直せばいいのか、
    教えてくれればいいのに。

    そう思った。

    答えを書かなかった人

    今なら、少し分かる。

    あの人は、
    答えを知らなかったのではない。

    答えを書かなかったのだと思う。

    ここが違う。

    こう直せ。

    次はこうしろ。

    そんな言葉を書いてしまえば、
    私は、その通りに直す。

    それで一度は完成する。

    でも、
    次に似た問題が出たとき、
    また誰かに聞く。

    あの人は、
    そこを知っていたのかもしれない。

    だから、
    赤字を書かなかった。

    ノートを返す。

    私が考える。

    また持っていく。

    また返ってくる。

    その繰り返しだった。

    何度目かのノートに、
    私は自分で書き直した跡を見つけた。

    前に書いた文章を消して、
    その下に別の言葉を書いている。

    なぜ、ここを直したのか。

    なぜ、この順番にしたのか。

    少しずつ、
    自分の言葉で説明できるようになっていた。

    あの人から答えをもらった記憶は、
    ほとんどない。

    それなのに、
    いつの間にか自分で考える時間が増えていた。

    見られているということ

    あの人は、
    放っておく人ではなかった。

    ノートを返すとき、
    必ず一言だけ何か言った。

    「もう一度、見てみて」

    そんな程度だった。

    でも、
    ちゃんと見てくれていることは分かった。

    だから、
    適当に出すことができなかった。

    できたつもりのところも、
    分からないところも、
    そのまま見せるしかなかった。

    人は、
    本気で見てくれる人の前では、
    いい加減になれない。

    あの人が残してくれたのは、
    答えではなかった。

    自分の答えを出すまで、
    逃げずに考える時間だった。

    今度は、こちら側から

    あれから、ずいぶん時間が経った。

    私も、
    誰かからノートを受け取る側になった。

    赤ペンを持つこともある。

    直したほうがいいところもある。

    危ないところは、
    もちろん伝える。

    でも、
    全部を書き直して返すことは、
    少なくなった。

    「もう一度、見てみて」

    そう言うことがある。

    昔の自分が、
    何度も聞いた言葉だ。

    その言葉を口にすると、
    あの机が浮かぶ。

    差し出したノート。

    静かな視線。

    しばらくして、
    こちらへ戻ってくるノート。

    あの人が残してくれたものは、
    ノートの中には書かれていなかった。

    赤字でもない。

    答えでもない。

    ただ、
    自分で考えるしかない余白だった。

    今でも、
    その余白に助けられている。

    だから今日も、
    誰かのノートをすぐには埋めない。

    少しだけ空けて、
    こちらへ返す。

    あの人が、
    そうしてくれたように。



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