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技術ができた、その先に

    「規制が厳しいから、難しい」

    SaMDの仕事をしていると、そんな言葉を聞くことがある。

    品質マネジメントシステム。

    リスクマネジメント。

    臨床評価。

    ソフトウェアライフサイクル。

    開発の途中から、考えなければならないことが増えていく。

    スタートアップにとって、小さな負担ではない。

    必要な専門人材を確保することも、評価に必要な時間や費用を用意することも簡単ではない。

    だから、SaMDは参入障壁が高いと言われる。

    それは間違いではない。

    私も、以前は規制対応の難しさが、参入を難しくしているのだと思っていた。

    でも、いくつかの開発に関わるうちに、少し違うものも見えてきた。

    技術ができたあとにも、仕事は残っている。

    「では、これはどう扱うのか」

    その問いに答えられず、開発が立ち止まることがある。

    「できる」と「出せる」は違う

    ある開発で、技術的には動いていた。

    AIのモデルも動く。

    データも取れる。

    画面もできている。

    開発者からすれば、もう使えるのではないかと思いたくなる状態だった。

    でも、そこで別の問いが出てくる。

    この性能を、どう説明するのか。

    どのデータで確認したのか。

    想定していない使い方をされたら、どうなるのか。

    更新したとき、何を確認するのか。

    不具合が起きたら、どこまで追えるのか。

    そして、その判断を誰がするのか。

    技術的に「できる」ことと、医療機器として「出せる」ことは、同じではない。

    ここで必要になるのが、薬事や品質の視点だった。

    これは、開発者が何かを見落としているという話ではない。

    作ることに集中していると、その先で何を説明し、何を根拠として示さなければならないのかが、見えにくくなることがある。

    逆に、薬事や品質の側も、技術がどのように作られ、どこまで変更できるのかを知らなければ、現実的な判断は難しい。

    それぞれの専門性が必要なのに、その専門性だけでは答えが出ない。

    そこに、SaMD開発の難しさがある。

    開発が終わってからでは、遅い

    以前は、規制対応というと、開発が終わったあとに待っている仕事のように感じていた。

    製品を作る。

    試験する。

    資料をまとめる。

    そして申請する。

    でも、実際には違った。

    最初に決めた設計が、その後の品質やリスク評価につながっている。

    最初に決めた使い方が、臨床評価にも関係する。

    開発の途中で残した記録が、あとで判断の根拠になる。

    開発が終わってから説明しようとしても、説明できないことが残る。

    なぜ、その仕様にしたのか。

    どんなリスクを想定していたのか。

    何を根拠に、その判断をしたのか。

    あとから書類を整えるだけでは、埋められないものがある。

    規制対応は、最後に待っているものではなかった。

    製品を作り始めるときから、開発と一緒に考えておく必要があるものだった。

    同じ製品を、違う言葉で見ている

    SaMDの開発では、専門の違う人たちが同じテーブルにつく。

    開発。

    薬事。

    品質保証。

    臨床。

    それぞれが、製品をよくしようとしている。

    それなのに、話が止まることがある。

    開発者にとっての「変更」は、品質保証にとっては、その影響をどう評価するかという問いになる。

    薬事の「要求」は、開発者にとっては実装すべき仕様になる。

    品質保証の「懸念」は、臨床の側から見れば、患者への影響という問いになる。

    同じ製品を見ている。

    けれど、それぞれが気にしていることも、判断に必要な情報も違う。

    「なぜ、そこまで必要なんですか」

    そう聞かれることがある。

    こちらも、なぜ最初から考えていなかったのだろうと思うことがある。

    でも、そこで相手を責めても、前には進まない。

    必要なのは、相手が何を問題にしているのかを知ることだった。

    開発で起きていることを、薬事や品質の側が判断できる形にする。

    薬事の要求を、開発者が具体的な設計や実装に落とし込める形にする。

    品質上の懸念を、臨床の視点からも考えられるようにする。

    単純な言い換えではない。

    相手の仕事を、少し理解していなければできない。

    私は、こうした専門領域の間を行き来する役割が、SaMDの開発では思っていた以上に大きいと感じている。

    参入障壁は、どこにあるのか

    SaMDには、確かに多くの要求事項がある。

    品質も必要だ。

    安全性も必要だ。

    臨床的な根拠も必要だ。

    それらを軽くすることが、参入を容易にする方法だとは限らない。

    むしろ、開発の早い段階から、

    「この製品を医療に出すには、何を判断しなければならないのか」

    を考えられるかどうか。

    開発と薬事と品質と臨床が、同じ製品を見ながら話せるかどうか。

    そこに、大きな違いが生まれる。

    もちろん、規制そのものが難しい場面もある。

    要求事項の理解に時間がかかることもある。

    必要な試験や評価に、相応の費用と時間がかかることもある。

    専門人材の確保が、開発の規模によっては大きな負担になることもある。

    だから、規制は参入障壁ではない、と言いたいわけではない。

    ただ、規制だけを障壁と考えてしまうと、見えなくなるものがある。

    専門の違う人たちが、いつ、何を話し、どのように判断するのか。

    その準備ができていなければ、技術ができたあとで立ち止まることになる。

    そして、そのとき初めて考え始めても、すぐには答えが出ない。

    技術ができた、その先に

    AIは、これからも進化していく。

    今は難しいことが、数年後には簡単にできるようになるかもしれない。

    開発の速度も、さらに上がっていくだろう。

    それでも、

    「この結果を、医療で使っていいのか」

    という問いは残る。

    技術が進歩するほど、その問いに答えるための判断も重要になる。

    SaMDの現場で、技術ができたあとに立ち止まる場面を見てきた。

    技術が足りないからではない。

    薬事の知識がないから、というだけでもない。

    それぞれが必要なことを考えていても、その間をつなぐ言葉や、判断するための材料がそろっていないことがある。

    だから私は、「規制が厳しいから難しい」という言葉を聞くと、少し立ち止まる。

    本当に難しいのは、規制だけなのだろうか。

    技術を作ること。

    その技術を説明できること。

    医療で使うための根拠を示すこと。

    そして、それぞれの判断をつなぐこと。

    技術ができた。

    その先に、まだ考えなければならないことがある。





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