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隣にいた日

    「アクショナブルな情報はありませんでした」

    医師の口から出た、その言葉を今も覚えている。

    友人は、がんの治療を続けていた。

    腕には、点滴や採血で何度も針を刺された跡があった。

    爪は縦に割れやすくなっていた。

    「指先の感覚も、前とは違うんだ」

    そう言って、笑っていた。

    そんな体で、それでも治療を続けていた。

    その途中で、がんゲノムプロファイリング検査を受けた。

    友人は、その検査をとても楽しみにしていた。

    「効く薬が見つかるかもしれない」

    標準治療の選択肢が少なくなっていた友人にとって、それは大きな希望だった。

    検査結果の入った封筒を受け取ったとき、友人の指先は震えていた。

    なかなか封を開けられない。

    隣にいた私に、ぽつりと言った。

    「これで、人生が変わるかもしれない」

    その言葉を、今も覚えている。

    結果を聞く日。

    私たちは待合室に座っていた。

    何時間も座っていた椅子の硬さだけが、妙に記憶に残っている。

    名前を呼ばれ、2人で診察室に入った。

    医師は、少し間を置いてから話し始めた。

    「今回は、アクショナブルな情報はありませんでした」

    診察室の壁にかかった時計を見た。

    秒針の音が、やけにはっきり聞こえた。

    隣にいる友人の呼吸のほうが、ずっと大きかったはずなのに。

    なぜか、時計の音だけを覚えている。

    今回の検査からは、治療につながる情報が見つからなかった。

    説明を聞きながら、私はその意味を少しずつ理解していった。

    でも、友人にとっては、それだけではなかった。

    検査を受ける前には、

    「何か見つかるかもしれない」

    という気持ちがあった。

    その可能性が、目の前で小さく閉じた。

    帰りのタクシーで、友人は窓の外をずっと見ていた。

    街の景色が流れていく。

    しばらくして、友人が言った。

    「がんが治らないって言われるのと、治す方法が今は見つからないって言われるのでは、全然違うんだよ」

    私は、何も言えなかった。

    言葉だけを比べれば、似ている。

    でも、本人にとっては違う。

    友人は少し考えてから言った。

    「扉が閉じたというより、扉の向こうが暗くなった感じかな」

    その言葉が残った。

    今でも残っている。

    あの日、友人は医師の顔をほとんど見なかった。

    うつむいて、自分の手の甲を見ていた。

    少し痩せた手だった。

    何度も針を刺された腕だった。

    私は、隣に座っていることしかできなかった。

    何か言えばいいのかもしれない。

    でも、何を言っても違う気がした。

    だから、黙っていた。

    帰ってから、友人はふと、

    「あの医師も、きつかっただろうな」

    と言った。

    少し意外だった。

    「どうして?」

    と聞いた。

    「言いたくないことでも、言わなきゃいけないから」

    そう答えた。

    私は、あの日の医師が少し早口だったことを思い出した。

    あれが優しさだったのか。

    緊張だったのか。

    今となっては、わからない。

    ただ、事実を伝える人も、それを聞く人も、どちらも簡単ではなかったのだと思う。

    友人は、ときどき言った。

    「もっと早く、いろいろ知りたかった」

    それは、単に検査をもっと早く受けたかったという意味ではなかったのだと思う。

    自分の病気について。

    これから何が起こるのか。

    どんな選択肢があるのか。

    何がわかっていて、何がまだわからないのか。

    そういうことを、もっと早く知りたかったのだと思う。

    私は、それを聞いても、

    「もっと早く検査を受けていればよかった」

    とは言えなかった。

    そんなことは、誰にもわからない。

    ただ、

    もっと早く知りたかった。

    その言葉だけが残った。

    私は、友人の病気を治すことはできない。

    検査結果を変えることもできない。

    医師の代わりに説明することもできない。

    あの日も、隣に座っていることしかできなかった。

    時計の音を聞きながら。

    友人の手を見ながら。

    医師の言葉を聞きながら。

    ただ、そこにいた。

    何かをしてあげられたわけではない。

    それでも、1人ではなかった。

    あの封筒を開けた日から、時間が経った。

    友人の腕に残った痣を見ると、今でもあの日を思い出す。

    診察室。

    時計。

    医師の声。

    隣に座っていた友人。

    そして、

    「アクショナブルな情報はありませんでした」

    という言葉。

    今も、その言葉の意味を完全には言い表せない。

    ただ、あの日、

    私は隣にいた。

    だから、書いておこうと思う。

    何もできなかった日のことを。

    隣にいた日のことを。



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