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読めることと、伝わること

    その封筒を開けるまで

    もし、これまで受けてきた治療が、すべて効かなくなったら。

    次の一手を選べるかどうかが、1枚の報告書にかかっているとしたら。

    その封筒を、どんな気持ちで開くだろう。

    私の友人は、標準治療をひと通り終えていた。

    手術も、抗がん剤も、放射線も受けた。

    それでも、がんは残っていた。

    医師から提案されたのは、がんゲノムプロファイリング検査だった。

    結果によっては、新しい治療につながる可能性がある。

    一方で、治療につながる情報が見つからない可能性もある。

    彼は、その両方の意味を知っていた。

    検査結果を待つ数週間、ほとんど眠れなかったという。

    自分の命なのに、自分では読めない

    結果が届いた日、彼から電話がかかってきた。

    「読んでみたけど、何が書いてあるのか、まったくわからない」

    送られてきた報告書には、遺伝子名や変異の記号、専門用語が並んでいた。

    仕事柄、私には読み取れる。

    でも、彼にとっては知らない言葉だった。

    自分の命に関わる情報が、目の前にある。

    それなのに、自分では読めない。

    電話の向こうで、彼は静かに言った。

    「自分のことなのに、何もわからない」

    その一言が、残った。

    言葉を置き換える

    私は、報告書に書かれていることを、1つずつ説明した。

    専門用語を、普段使う言葉に置き換える。

    記号の意味を説明する。

    分からないところは、何度でも戻る。

    「つまり、これはどういうこと?」

    彼が聞く。

    「ここは、こういう意味」

    私が答える。

    また質問が来る。

    そうやって、少しずつ進んでいった。

    電話の向こうで、長かった沈黙が少しずつ短くなっていった。

    彼は、自分から質問をするようになった。

    「それなら、この薬には可能性があるということ?」

    私は、可能性があることと、実際に治療につながることは別だと伝えた。

    検査結果から分かることにも限界がある。

    治療の選択には、主治医の判断や本人の状態も関わる。

    分かることと、まだ分からないこと。

    そこを曖昧にしないように、言葉を選んだ。

    そのあとも、私はしばらく受話器を置くことができなかった。

    知っている側にいるということ

    私は、それまで専門知識を、仕事の道具だと思っていた。

    正しい判断をするため。

    間違いを減らすため。

    他の人に説明するため。

    もちろん、それは今でも変わらない。

    でも、あの日から、もう1つ考えるようになった。

    知っている側には、見えているものがある。

    言葉の意味だけではない。

    その言葉が、どこまで確かなのか。

    どこから先は、まだ分からないのか。

    そうした境界も、専門知識の一部なのだと思う。

    だから、難しい言葉を分かりやすい言葉に置き換えるだけでは足りない。

    何が分かっていて、何が分かっていないのか。

    可能性があることと、確かなことは何が違うのか。

    その境界まで含めて、相手に伝えなければならない。

    薬事の仕事でも、規格やガイドライン、承認条件、リスク、バリデーションといった言葉を使う。

    どれも必要なものだ。

    ただ、その言葉を正しく使うことだけに集中していると、その先にいる人が見えなくなることがある。

    医療者がいる。

    そして、その先には患者さんがいる。

    専門家には読める。

    でも、読めることと、相手に伝わることは違う。

    あの日、友人の報告書を一緒に読んだとき、私はその距離を思い知った。

    電話を切ったあと

    電話を切ったあと、私は報告書をもう一度見た。

    そこには、相変わらず難しい言葉が並んでいた。

    さっきまでと、何も変わっていない。

    変わったのは、その言葉を受け取る彼の側だったのかもしれない。

    あの日、友人に説明したのは、検査結果だった。

    けれど、本当に渡したかったのは、彼自身が自分のことを考えるための手がかりだったのだと思う。

    あの日の電話は、終わった。

    でも、あのとき聞いた言葉は、今も残っている。

    「自分のことなのに、何もわからない」

    専門知識を使うとき、私はときどき、あの言葉を思い出す。

    報告書を読める人間は、ほかにもいる。

    けれど、その向こうにいる人のことまで、見えているだろうか。



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