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驚かれなかった

    人と話していると、
    相手の顔が変わる瞬間がある。

    私が、
    何かを言い間違えたわけではない。

    誰かを責めたわけでもない。

    ただ、
    自分の中では自然だったことを、
    口にしただけ。

    それなのに、
    相手の目が、
    少しだけ見開かれる。

    驚いたような。
    戸惑ったような。

    その2つが混ざった顔。

    私は、
    その顔を何度も見てきた。

    その顔を覚えている

    子供の頃から、
    そうだった気がする。

    みんなが当然のように話していることに、
    うまく入れない。

    逆に、
    自分が自然に口にしたことで、
    その場が少し静かになる。

    悪意があったわけではない。

    目立ちたかったわけでもない。

    ただ、
    そう思った。

    ただ、
    そう聞きたかった。

    それだけだった。

    でも、
    相手の顔を見ると、
    分かる。

    ああ、
    今のは違ったんだ。

    それ以来、
    話したあとに、
    相手の顔を見るようになった。

    目が見開かれていないか。

    困ったように笑っていないか。

    話題を変えようとしていないか。

    そういうことばかり、
    見るようになった。

    だから、
    少し黙る。

    言葉を選ぶ。

    ときには、
    話すのをやめる。

    話せる相手が少ない

    話したいことがあっても、
    話さないほうがいいことがある。

    説明しても、
    うまく伝わらないことがある。

    伝わらないだけなら、
    まだいい。

    その前に、
    相手を驚かせてしまう。

    そんなことが、
    何度もあった。

    だから、
    いつの間にか、
    話す前に考えるようになった。

    これは言っていいか。

    ここまでなら大丈夫か。

    この人には、
    どう聞こえるだろう。

    そうやっているうちに、
    話したいことが、
    少しずつ自分の中に残るようになった。

    人と一緒にいる。

    話もしている。

    それでも、
    どこか1人でいる。

    そんな感じがあった。

    今日、驚かれなかった

    今日、
    それを話した。

    特別な場所ではない。

    特別な相手でもない。

    ただ、
    話の流れの中で、
    いつもなら言わないことが、
    自然に口から出た。

    言ったあと、
    やっぱり相手の顔を見た。

    目が見開かれるか。

    困ったように笑うか。

    少し間が空くか。

    いつものように、
    先にそこを見た。

    でも、
    何も起きなかった。

    その人は、
    そのままだった。

    大きく頷いたわけではない。

    「分かる」と言ったわけでもない。

    特別な言葉を返したわけでもない。

    ただ、
    驚かなかった。

    話題も、
    急いで変えなかった。

    そのまま、
    話が続いた。

    それだけだった。

    でも、
    その「それだけ」が、
    妙に残った。

    理解されたわけではない

    帰ってからも、
    そのことを考えていた。

    理解されたわけではない。

    私の考えが、
    そのまま相手に伝わったわけでもない。

    たぶん、
    相手には相手の考えがある。

    それでいい。

    ただ、
    私の言葉を聞いても、
    相手の顔が変わらなかった。

    そのことが、
    うれしかった。

    言葉は、
    必ずしも理解されなくてもいいのかもしれない。

    そこに置いてもらえるだけで、
    少し楽になることがある。

    否定されない。

    笑われない。

    急いで片づけられない。

    そのまま、
    そこに置いておける。

    それだけで、
    言葉は少し落ち着く。

    驚かれなかった

    大きな出来事ではない。

    誰かに褒められたわけでもない。

    何かを成し遂げたわけでもない。

    ただ、
    話した。

    そして、
    驚かれなかった。

    帰り道、
    何度か思い出した。

    あのときの顔。

    見開かれなかった目。

    急いで変えられなかった話題。

    それだけのことを、
    何度も思い出した。

    また、
    驚かれることはあると思う。

    次に誰かと話すときも、
    たぶん相手の顔を見る。

    目が見開かれるか。

    困ったように笑うか。

    きっと、
    これからも見る。

    それでも、
    今日のことは残る。

    理解されたわけじゃない。

    分かってもらえたわけでもない。

    ただ、
    驚かれなかった。

    そのまま、
    話が続いた。



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