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画面には、仕事しか映らない

    画面の前で、一人で仕事をしている。

    会議はある。

    チャットも届く。

    メールも来る。

    仕事も、ちゃんと進んでいる。

    それなのに、なぜか疲れる。

    以前、オフィスで働いていたころなら、

    「これ、どう思います?」

    と隣の席の人に聞けば済んだことが、リモートになると少し難しい。

    わざわざチャットを送る。

    相手の予定を見る。

    場合によっては、オンライン会議を設定する。

    「こんなことで時間を取っていいのだろうか」

    そう考えているうちに、自分で抱えてしまう。

    私は、管理職としてリモートワークをする部下を見てきた。

    「何かあったら、いつでも相談してください」

    そう伝える。

    でも、相談は来ない。

    進捗会議では、

    「順調です」

    と言う。

    「困っていることはありませんか」

    と聞いても、

    「大丈夫です」

    と返ってくる。

    会議が終わる。

    画面が閉じる。

    そして、また一人になる。

    その人が、どこで手を止めているのか。

    本当は何に困っているのか。

    画面越しでは、分からない。

    リモートワークの難しさは、仕事ができないことではない。

    困っていることが、見えにくいことなのだと思う。

    オフィスには、仕事ではない仕事があった

    オフィスで働いていたころ、私は「無駄だな」と思っていた時間がある。

    廊下で立ち話をする。

    給湯室で話す。

    席の横で、

    「ちょっといいですか」

    と声をかけられる。

    仕事の話をしていたはずなのに、途中から別の話になる。

    当時は、もっと効率よく仕事をしたいと思っていた。

    でも、今になって思う。

    あの時間の中にも、仕事があった。

    ある日、若い社員が少し困った顔をしていた。

    「どうしたの?」

    と聞くと、

    「いや、ちょっと……」

    と話し始めた。

    そこから30分くらい話した。

    その日の作業そのものは、たいして進まなかった。

    でも、本人が抱えていた問題は、その30分でほどけた。

    オフィスでは、こういう時間が自然に生まれていた。

    リモートでは、そうはいかない。

    相談するには、相談しなければならない。

    雑談するには、雑談しなければならない。

    「ちょっといいですか」

    という入口そのものを、自分で作らなければならない。

    これは、思っている以上に難しい。

    「相談してください」では、相談は来ない

    管理職になってから、私は何度も、

    「何かあったら相談してください」

    と言ってきた。

    でも、あるとき気づいた。

    これは、相談する側にとって、かなり高いハードルなのではないか。

    「何を相談したらいいのか分からない」

    「こんなことを聞いたら、仕事ができないと思われるかもしれない」

    「忙しそうだから、邪魔したくない」

    そんなことを考えているうちに、相談の手前で止まってしまう。

    だから、聞き方を変えた。

    「何かありますか?」

    ではなく、

    「今、一番止まっているのはどこですか?」

    「判断待ちになっていることはありませんか?」

    「一人で抱えていることはありませんか?」

    と聞く。

    それでも、すぐには出てこない。

    少し沈黙する。

    その沈黙を埋めようとして、こちらが話し始めたくなる。

    でも、待つ。

    すると、

    「実は……」

    と、ようやく出てくることがある。

    その「実は」の中に、本当に困っていたことが隠れている。

    リモートワークでは、こういう「間」まで意識して作らなければならない。

    画面には、進捗しか映らない

    リモートワークでは、仕事の結果はよく見える。

    進捗表がある。

    チケットがある。

    資料がある。

    会議にも出ている。

    だから、一見すると問題はない。

    でも、その人がどこで迷っているのかまでは分からない。

    何を気にしているのか。

    誰かに聞きたいと思っているのか。

    もう少し一人で考えたいのか。

    それとも、ただ疲れているのか。

    オフィスなら、少しだけ見えたものがある。

    いつもより口数が少ない。

    席を立たない。

    資料を何度も見ている。

    誰かに話しかけようとして、やめる。

    そういう小さな変化が、視界に入っていた。

    それを見て、

    「大丈夫?」

    と声をかける。

    もちろん、オフィスならすべてが分かったわけではない。

    ただ、気づくきっかけは、そこにあった。

    リモートでは、そのきっかけが少なくなる。

    だから、管理する側が意識して作らなければならない。

    「大丈夫です」の向こう側

    これは、部下を疑うという話ではない。

    「大丈夫です」と言っているのに、

    「本当は大丈夫じゃないだろう」

    と決めつけることでもない。

    ただ、「大丈夫です」という言葉だけで、すべてが分かったと思わないことだ。

    人は、困っていることをうまく説明できないことがある。

    何が困っているのか、自分でも分からないこともある。

    相談するほどのことなのか、迷うこともある。

    だから、

    「困っていることはありますか」

    だけではなく、

    「最近、仕事をしていて引っかかっていることはありますか」

    と聞いてみる。

    すぐに答えが返ってこなくてもいい。

    答えを急がない。

    話すきっかけだけを置いておく。

    相談とは、問題が大きくなってから始めるものではない。

    問題になる前に、話せること。

    それも、管理の仕事なのだと思う。

    画面の向こうにいる人

    もし、今リモートワークで苦戦しているなら、

    「自分が向いていないのではないか」

    と、あまり早く結論を出さなくていい。

    相談する相手がいないのかもしれない。

    仕事と生活の境界がなくなっているのかもしれない。

    あるいは、ただ少し疲れているだけかもしれない。

    「最近、ちょっとリモートワークがきついです」

    と言ってみてもいい。

    理由をきれいに説明する必要はない。

    「なんとなく疲れています」

    でもいい。

    そして、管理する側も同じだ。

    「ちゃんと管理しなければ」と思いすぎると、画面の中の進捗ばかりを見るようになる。

    でも、その数字の向こうには、人がいる。

    画面には、仕事の結果が映る。

    そこにたどり着くまでの迷いや疲れまでは映らない。

    だから、ときどき想像する。

    今、この人はどんな場所で仕事をしているのだろう。

    どこで手が止まっているのだろう。

    本当は、何か言いたいことがあるのではないだろうか。

    リモートワークがつらい日があっても、それはあなたのせいとは限らない。

    新しい働き方には、新しい疲れ方がある。

    画面の向こうにも、同じように仕事をしている人がいる。

    そのことを、ときどき思い出したい。



    もうすこし読めそうでしたら


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