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追伸は送らなかった

    完了の連絡を送ったあと、画面に自分の文が残っていた。

    短くはなかった。

    必要なことは書いてあった。
    足りないことも、たぶんなかった。

    右端に、送信済みの時刻が出ていた。

    仕事は終わっていた。

    簡単ではなかった。

    途中で何度も止まった。
    考えて、直して、また考えた。

    少し進んだと思ったら、戻った。
    戻ったと思ったら、別の道が見えた。

    それでも、終わった。

    何人かが「よかった」と言ってくれた。
    「おつかれさまでした」とも言われた。

    私も「ありがとうございます」と返した。

    それで終わった。

    その場では、何もおかしくなかった。

    誰かが困った顔をしたわけでもない。
    言い直すこともなかった。

    ただ、夜になって、もう一度その画面を開いた。

    送信済みの文を読み返した。

    仕事のことではなく、そのあとの自分の言葉を見ていた。

    「ありがとうございました」

    「一区切りですね」

    どれも間違っていなかった。

    でも、少し平らだった。

    あの仕事が終わったあと、少しだけ景色が変わっていた。

    できるか、できないか。

    正しいか、間違っているか。

    成功か、失敗か。

    前は、もう少しはっきり分けていた。

    終わってから見ると、その境目が少しにじんでいた。

    山の線が、遠くで海の色にまざるみたいに。

    それを書こうとして、やめた。

    追伸として送るには、少し遅かった。

    「今回の仕事で、見え方が少し変わりました」

    そう書くこともできた。

    でも、その1行だけをあとから送ると、急に大きく見えそうだった。

    だから、送らなかった。

    画面を閉じた。

    机の上にあったメモを少しずらした。

    コップの底に残っていた水を飲んだ。

    もう、ぬるかった。

    ブレークスルー、という言葉が浮かんだ。

    でも、その言葉は少し高かった。

    旗を立てるみたいだった。

    山頂ではなかった。

    少し下ったところで、風の向きが変わった。

    そのくらいだった。

    翌日、同じファイルを開いた。

    資料は資料の顔をしていた。

    直すところはなかった。
    赤字を入れるところもなかった。

    ただ、余白を少し長く見ていた。

    送信済みには、必要な文が残っていた。

    あのとき、何かを書き足せたのかもしれない。

    でも、書き足さなかった。

    ただ、もう送信済みだった。

    カーソルは、もう戻らなかった。



    まだ読めそうでしたら

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