メインコンテンツへスキップ
見出し画像

言葉にも、肩幅がある

    試着室の鏡の前で、少し黙ることがある。

    サイズは合っている。
    色も悪くない。
    たぶん、似合ってもいる。

    でも、カーテンを開ける前に、手が止まる。

    どこが違うのか、うまく言えない。

    肩なのか。
    襟なのか。
    それとも、鏡の中の自分なのか。

    「少し考えます」

    店員さんにそう言うとき、自分でも何を考えるのか分かっていない。

    その「少し」を、私は案外、信じている。

    AIの文章を読んでいるときにも、似たようなことがある。

    もう、答えの形をしている

    メールの下書き。
    企画のたたき台。
    会議の要約。
    タイトル案。

    AIは、こちらが少し雑に投げても、きれいな形で返してくれる。

    昨日まで重かった仕事が、数分で片づく。

    便利だと思う。
    助かる、とも思う。

    けれど、そこで少し手が止まる。

    まだ迷っていたはずなのに。

    まだ言葉になっていなかったはずなのに。

    もう、答えの形をしている。

    先に形が来ると、聞きたかったことが薄くなる。

    「これでいいか」と思った瞬間に、何かが閉じる。

    言葉にも、肩幅がある

    返ってきた文章を、すぐには送らない。

    いちど、声に出してみる。

    誰に向けた言葉なのかを見る。

    この一文は、自分の口から出るだろうか。

    そう考える。

    ときどき、AIの文章は新品のシャツに似ている。

    形はきれいだ。
    しわもない。

    でも、まだ体になじんでいない。

    そのまま着て外に出られる日もある。

    でも、どこか肩がこる日もある。

    言葉にも、肩幅がある。

    少し詰める。
    少しほどく。

    襟元を直すように、語尾を変える。

    文章を直しているのに、見ているのは自分のほうだったりする。

    考えたことにする

    AIが間違えるなら、まだ分かりやすい。

    間違っていないときのほうが、見えにくい。

    それらしく整った答えを見て、自分も考えた気になることがある。

    資料ができた。

    文章ができた。

    比較表ができた。

    だから、考えた。

    そう思いたくなる。

    でも、本当はまだ何も引っかかっていないことがある。

    自分の中で、どの言葉も痛んでいない。

    どの選択にも、少しも汗をかいていない。

    夜に作った文章を、朝に読み返す。

    よくできている。

    でも、自分がどこにいるのか分からない。

    そういう文章が、たまにある。

    まだ、ひっかかっているか

    きれいな言葉でなくていい。

    むしろ、少し濁っていていい。

    「なんか違う」

    「ここが軽い」

    「この言い方は逃げている」

    「もっと、生活の近くに寄せたい」

    そういう小さなざらつきが、前に進めてくれることがある。

    AIは、たくさん出してくれる。

    速く出してくれる。

    こちらが疲れている日にも、同じ速度で返してくれる。

    だからこそ、人間の側に残しておきたいものがある。

    ひっかかること。

    迷うこと。

    言い直すこと。

    そして、「これでいい」と思ったあとに、

    「ほんとうに?」

    と、もう一度聞くこと。

    手放すと、文章も、企画も、仕事も、なめらかになりすぎる。

    なめらかすぎるものは、ときどき何も残さない。

    送る前の数秒

    画面には、案が並んでいる。

    どれも、それなりに使えそうに見える。

    残すものを決める。

    捨てるものを決める。

    足りないものを見る。

    誰かの顔を思い浮かべる。

    仕事には、いつも誰かがいる。

    上司。

    同僚。

    お客さん。

    まだ会ったことのない読者。

    名前のない誰か。

    AIは、その人たちの顔を知らない。

    知っているように書くことはできる。

    でも、本当に思い浮かべるのは、こちら側に残っている。

    だから最後のところで、手が止まる。

    この言葉で送っていいのか。

    この案を通していいのか。

    この便利さの中で、誰かの声が消えていないか。

    画面の前で、そんなことを考える。

    最後の1文

    その差は、たぶん、画面の外からは見えにくい。

    とても小さい。

    送信ボタンを押す前に、1回だけ読み返す。

    出てきた答えに、少しだけ逆らう。

    便利さの中で、自分の言葉を探す。

    それくらいのことかもしれない。

    私も、よく流される。

    早く終わらせたい日がある。

    整った文章に、ほっとしてしまう日もある。

    それでも、最後に1文だけは自分で直したい。

    ほんの少しだけ、手のあとが残るように。

    今日もたぶん、最後の1文だけ、消したり戻したりしている。



    もうすこし読めそうでしたら

    マガジンの玄関はこちらです

    よろしければ、ここから全体の流れをご覧ください。


    全体の玄関はこちらです

    ほかのテーマやシリーズへの入口を、ここにまとめています。


    この記事が参加している募集

     
     
    SaMD・医療AI、生成AI、仕事、文化、記憶、日常について書いています。 技術や制度、言葉や美意識のあいだに立ち上がる「人間らしさ」を、静かに言葉にしていくnoteです。 初めての方は「このnoteを歩くための小さな地図」からどうぞ。

    あなたへのおすすめ