
東京と大阪の食満足曲線
Xでとても興味深いのを見つけてしまいました。
ずっと気になっていた東西の食事情に関する可視化のひとつ。言語化ではいろいろ言われることは多いけど、2次元に落とし込んだグラフを見たのは初めて見てかもしれない。
2軸に描く直線・曲線は、地域事情や経済情勢などが変われば当然変わる。しかし、ある時代のある一時において、これを可視化しておくことは食文化の一端を残す意味でとても意義があることだと思います。

東京と大阪両方に住んだことがある民からすると、大雑把にはこんなイメージ。
— JUN @製造業サラリーマン (@FirstComesRock8) July 8, 2026
コスパは常に大阪が上。東京では金を惜しまなければ際限なく美味いものが食べられるが、安いものは本当に不味い。大阪ではどんなに安くても最低限美味しい。 https://t.co/HZBwVVLbq4 pic.twitter.com/qZlPUW3Dot
興味が出た方は👆スレを追ってみてください。面白いです。
私も大阪が長く、東京を語れるほどの情報は持ちあわせていませんが、いろいろな情報を勘案したところこの感覚にはほぼ同意です。
つまり大阪では、
激マズ店がほとんどない = どこに入っても普通においしい
で、これはチェーン店の話ではなくて個人経営の食のお店の話。チェーン店が最低限のおいしさを再現しているのは企業として当たり前であり、それができるのは研究対象としての個人・中小店が普通においしい店が多いからです。
普通においしい店が多い地域でそれらの店を研究して作られたチェーン店の味はそれらと同等かそれらを超えてくるので、当然受け入れられやすい味になる。そんな大阪(関西)発のチェーン店が全国展開すると、地域独特の食文化を無視したり愚弄するような展開行為さえしなければ、割とすんなり受け入れられる。
従って、どこどこ発のチェーン店か?という観点は、チェーン店の食のレベルを計る大切なパラメータだと思うのです。
で、食満足度なんてタイトルに書いたけど、これって超主観的な観点なんだよね。
もちろん統計レベルで言えば傾向はあるはず。でも満足感なんか突き詰めれば主観の範囲を出ない。だからこそ大切なのは自分がどんな主観を持てるか、にかかっている。
幅広い客観的な味覚における事実から、自分がどのような主観を持つことを選択するか。これには一定の能力が必要じゃないかな。どういう能力か?と聞かれたらなかなか言葉に困るけど、考え続けていけば見つかると思う。
見つけていってみようかな、とさえ思います。
食べることは生きること。生きることは楽しむこと。ってことは、食べることは楽しむことになる。楽しむために力が要る?なんてどこかおかしい話と思うけど、楽しむのは自分。楽しめると思えるのが自分だから楽しめる。そんな自分をまず作れるように、いろんなことに目を向けていきましょう。
食を楽しむのを五感にまかせているだけでは、もったいないですぞ😊。