第2章 #50a 天地生々の主宰、人にやどりて心となる。故に心は活物にして、常に照々たり・・・三輪執齋
#50a A Japanese disciple of his says — "The lord of heaven and earth, of all living beings, dwelling in the heart of man, becomes his mind (Kokoro); hence a mind is a living thing, and is ever luminous":


私の訳:彼の門弟である一人の日本人(三輪執齋)は言っている――「天地生々の主宰、人にやどりて心となる。故に心は活物にして、常に照々たり」と。







三輪執斎(みわ しっさい)は、江戸時代中期の儒学者です。
生没年:寛文9年(1669年)~ 寛保4年1月25日(1744年3月9日) [1]
名・号:名は希賢(まれかた)、通称は善蔵、号は執斎・躬耕廬(きゅうこうろ)など [1]
主な経歴:
京都に生まれ、はじめは佐藤直方(さとう なおかた)のもとで朱子学を学びました。
その後、中江藤樹や王陽明の著作(『伝習録』など)に深く傾倒し、陽明学に転向しました。
正徳2年(1712年)に日本初となる王陽明『伝習録』の注釈書である『標註伝習録』を刊行し、日本における陽明学の普及に大きく貢献しました。
江戸の下谷などに私塾「明倫堂(めいりん堂)」を開き、多くの門人を育てました。
人となりは温和で謙遜であり、実践道徳を重んじた「執斎日用心法」などの著書でも知られています。
中院通茂に和歌を学んだ。


