
第2章 #58 ド・ラ・マズリエール氏 16世紀の中頃に至るまで日本において政府において、社会において、教会においてすべては混乱していた
#58 An acute French savant, M. de la Mazelière, thus sums up his impressions of the sixteenth century: "Toward the middle of the sixteenth century, all is confusion in Japan, in the government, in society, in the church.


私の訳:鋭敏なフランスの学者ド・ラ・マズリエール氏は16世紀の彼の印象をこのように要約している。「16世紀の中頃に至るまで日本において政府において、社会において、教会においてすべては混乱していた。







1. M. de la Mazelière とは何者か?
フランスの侯爵であり、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した旅行家、探検家、そして東洋民族誌学者・歴史学者です(本名:Antoine Rous, marquis de La Mazelière、1864–1937)。
経歴: 1889年から1892年にかけてアジア(インド、タイ、中国、日本など)を巡る世界旅行を行い、各地の歴史や文明についての著作を遺しました。
日本史研究: 当時のフランスにおける日本史研究の第一人者として知られており、大著『日本歴史と文明(Le Japon, histoire et civilisation)』などを執筆しました。新渡戸稲造は、彼の1899年の著作『日本史随筆(Essai sur l'histoire du Japon)』などからこの一節を引用し、「気鋭のフランスの学者」と高く評価しています。
2. 彼の「考え方(歴史観)」とは何か?
ご提示の引用部(「16世紀半ば、日本は政府、社会、教会のすべてにおいて混乱の極みにあった」)に続く、彼の主な考え方は以下の通りです。 [1]
「正当防衛」の必要性が高潔な精神(武士道)を生んだという考え方
マズリエールは、16世紀の戦国時代の日本を「凄まじい混沌と無秩序(confusion)」の時代と捉えました。しかし、彼はそれを単なる野蛮な時代として片付けるのではなく、「そのような無秩序で凄惨な環境から自らの身や領地を守る(正当防衛の)必要性があったからこそ、人間として自立し、己を律する強固な精神や道徳心、すなわち『武士』の気風が鍛え上げられた」と考えました。ヨーロッパの歴史(イタリア・ルネサンス)との比較
彼は、この時代の日本の武士たちを、フランスの哲学者イポリット・テーヌが賞賛した「16世紀イタリア(ルネサンス期)の、混乱の中で己の力のみを頼りに生きた、旺盛で多才な人間たち」と同等であると並び称しました。戦乱の世だからこそ、強烈な個性や高い道徳心、自己犠牲の精神を持った指導者層が育まれたという、好意的な人間中心主義の歴史観を持っています。
新渡戸稲造は、このように外国人のマズリエールが「日本の戦国時代の混乱が、かえって武士の気高き道徳律(武士道)を育む土壌となった」と客観的に分析してくれたことを捉え、自著『武士道』の正当性を支える有力な証言として引用しました。



