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第3章 #6 孟子は仁を人の心であると呼び、義、正義を人の道と呼んでいる

    #6  Mencius calls Benevolence man's mind, and Rectitude or Righteousness his path."How lamentable,”  he exclaims,  "is it to neglect the path and not pursue it, to lose the mind  and  not know to seek it again !   When men's fowls  and  dogs are lost,  they know to seek for them again,  but they lose their mind  and  do not know to seek for it."


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    私の訳:孟子は仁を人の心であると呼び、義、正義を人の道と呼んでいる。「悲しむべきかな」孟子は嘆じて言った「人の道のことを気に留めることもなくそれを求めることもしないとは。心を失ってもそれをまた求めることもしないとは。人が自分の鶏や犬を見失ったら彼らはそれらを何度も探すことを知っている。しかし、人は彼らの心を失ってもそれを求めることを知ろうとしない」

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    孟子『告子上』の一節で、本来の正しい道や心を失いながらもそれに気づかず、鶏や犬が逃げたときだけは探す人間の滑稽さ・哀れさを説いた言葉です。

    読み下し文(書き下し文)

    「舎(す)つるに其の路(みち)を而(し)て由(よ)らず、其の心を放(はな)ちて知(し)つて求(もと)むるに不(あ)らず。哀(あな)ールかな。人、鶏犬(けいけん)を放つ有らば、則ち之を求むるを知り、心(こころ)を放つ有りて知って求むるに不(あ)らず。」

    (※後半:「学問の道は他に無し、其の放心(ほうしん)を求めるのみ」と続きます)

    現代語訳

    • 「人間は、本来進むべき正しい道(義の道)があるのに、それを歩もうとしない。自分の良心や本心をどこかへ置き忘れてしまったのに、それを取り戻そうとしない。なんとも哀れなことだ!」

    • 「人は、飼っているニワトリやイヌが逃げ出してしまったら、すぐに探し回るのに、自分の大切な心を失ってしまったときには、それを探そうともしない」

    解説

    • 仁は人の心なり、義は人の路なり:孟子は、思いやりの心(仁)こそが人間の本来の心であり、人として行うべき正しい行い(義)こそが歩むべき道であると説きました。

    • 放心(ほうしん)の由来:私たちがよく使う「放心(する)」という言葉は、この孟子の「心を放つ(良心を見失う)」という思想から来ています。

    • 学問の目的:孟子は、学問の本当の目的とは難しい知識を覚えることではなく、「どこかに行ってしまった自分の良心(放心)をとり戻すこと(求放心)」であると結論づけています。


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