
成長するのは息子自身。親の役割は『環境』を整えるまで|療育4年間の総括
はじめまして、emcOmi_in_progress です。
このページに立ち寄っていただき、ありがとうございます。
このnoteでは、私の実体験に基づいた
「家族の再生」と「働き方の変革」についての
気づきを綴っています。
前回の記事では、
私の精神的な支柱である「守り神」のお話を
綴りました。
今回は、わが家の再生を支えてくれた、
4年間にわたる児童発達支援(療育)の記録を
総括してみたいと思います。
息子たちは療育を卒業しています。
あの激動の日々を
「過去」として眺められるようになった今だから
言えることがあります。
1. 「伴走者」がいることの安心感
療育に通い始める前、
私は育児の不安と戦っていました。
長男に示された「軽度知的障害」という
診断名(レッテル)によって、
将来どんな困難が待ち受けているのか、
自分が息子を支え続けられるのか、
まだ見ぬ不安を想像しては滅入っていました。
世間には「療育」という言葉で、
子供にネガティブなレッテルを貼られてしまう、
そんな不安を感じる方もいるかもしれません。
当時、
行政から投げかけられる「正論」に家族が傷つき、
療育センターという選択肢を前向きに
受け入れるのが難しい時期でもありました。
公費での療育が決まったとき、
「ようやく助けてもらえる」という
深い安堵感でいっぱいでした。
それは、妻が行政を嫌う思いと、
長男の未来に希望をつなぐことを、
両立できる環境を手に入れた安心感でした。
幼稚園年中の長男と療育に数回通った頃の
印象的なエピソードをひとつ紹介します。
長男が、トイレにつながるドアに手を伸ばし、
振り向いて先生を見る
「あー、トイレ行きたいのね」
先生がトイレまで連れて行ってくれました。
私は
「ジェスチャーが上手なんですよね、
コミュニケーションがもっと上手になれば…」
「コミュニケーションはすごく上手ですよ!
私もつい案内しちゃって、
言葉を引き出せばよかったですね」
家族以外、まだ付き合いも短い相手に
長男は意思を伝えられるんだと、
ほっと安心した出来事でした。
2. 観察と実践
療育の時間、私はタブレットの画面で、
先生と長男が関わる様子を
じっと観察していました。
その時間は、
親の立場を一旦脇に置き、
客観的に息子を理解する時間でした。
なぜこの課題を避けるのか(原因の考察)
なにに興味を持つのか(興味関心の発見)
常識にとらわれない彼らしい遊び方で遊ぶ姿(強みの発見)
プロはどのように話しかけるのか(関わり方の技術)
長男の行動を客観的に考察し、
先生の技術を盗み、家庭で実践してみる。
この「観察と実践」の繰り返しによって、
私は少しずつ、息子の良き「通訳者」へと
変わっていくことができました。
3. 次男との戦いを前にした束の間の休息
やがて次男も同じ療育に通うようになりました。
兄弟が揃って療育部屋にいる時間は、
私にとって貴重な休息の時間でした。
画面から静かに療育を観察する。
このわずか45分間の
「子どもと物理的に離れる時間」が、
療育が終わった直後に待ち受ける、
次男との激しい「帰り道の戦い」を
乗り切るためのハーフタイムでした。
4. 親の役割は「チャンス」と「環境」を提供するまで
4年間の療育を経て、
息子たちは驚くほどの成長を見せてくれました。
その姿を見届け、今の私はこう結論づけています。
「成長するのは子ども自身であり、
親の役割は、その成長が起こる
『チャンス』と『環境』を整えるところまで」
親が子供を力ずくで変えることなんてできません。
私たちが知恵と社会資源を使って
彼らが安心して成長できる「環境」を整えた後、
そこから先は、彼らの領域なのです。
あの日、
藁をもすがる思いで療育の門を叩いたこと。
それ自体が、
私にできる最大の「環境づくり」だったのだと、
今は自分を肯定できています。
これから数回にわけて、
この4年の療育期間の「成長と戦い」の記録を
振り返っていきます。
療育の観察から得た学びと、
その裏側にある、次男との壮絶な格闘の記録。
いまも育児奮闘中ではありますが、
彼らの未来に希望を持てている「今」から、
かつての「嵐」を眺め、
当時の私と同じように、
今まさに孤独と環境づくりに奮闘している
誰かに届くように、このnoteに
言葉を置いていきたいと思います。
(次回予告)
次回からは、この療育期間で起きた、
具体的なエピソードを紐解いていきます。
またお会いできることを楽しみにしています。
私の言葉が、
日々、大切な人を支えるため
不安と闘っている誰かの、
足下を照らす小さな灯火になりますように。
emcOmi_in_progress
4年間、私たち家族に伴走してくださり、本当にありがとうございます。療育の時間はもちろん、待合室で育児の悩みを聞いてくださる時間は、私の心の支えでした。この4年で私たちは、「この先は私たち家族で乗り超えていける」と自信を持てるようになりました。私が父として立ち続けられるよう支えていただき、ありがとうございます。先生方が子どもの個性を尊重してくれたからこそ、息子たちは自分らしく羽ばたく力を育むことができたのだと思います。本当にお世話になりました。
今回綴った「療育」に出会うまで、
私は家族を守るために、
持てるすべての武器を使って戦ってきました。
もしよろしければ、この物語の「背景」にある
2つの記録もあわせてご覧ください。
■ 家族と自分を守るための「仕組み」の物語
私がなぜ転職し、「環境づくり」を始めたのか。
その原点となる自己紹介記事です。
■ 激動の中、私を支えてくれた「心の拠り所」の物語
理屈や数字では説明できない、
ある小さな神社と息子との記憶。
私の心の拠り所(守り神)について綴っています。
■長男と児童発達支援に通い始めた頃のお話
【療育探偵シリーズ】の幕開け
🔍️【療育探偵シリーズ】を追う
この先長男にどんな成長があったのか、まとめてご覧になれます