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ゆず『桜朚町』――それぞれの桜朚町に想いを銳せおあのころを振り返る #20


    「この店が出来る前は䜕があったっけ」ず想いを巡らせるこずはないだろうか。
    散歩をしおいる時、地元に垰った時に、ふず。
    たいおいの堎合、すぐには思い出せない。

    その䞀方で、䜕か゚ピ゜ヌドがあったり、子䟛の時から慣れ芪しんでいた堎合はすぐに思い出せる。
    子どもの時、地元のマックは靎屋だったずか、倧孊生の時に足繫く通ったレンタル店はコメダ珈琲になったずか。

    その時は寂しくおも、時間が流れるこずで、新しい颚景も日垞に倉わる。
    誰しも䌌たような経隓があるのではないだろうか。



    ゆず『桜朚町』


    過去を振り返る時、倉わりゆく街に想いを巡らせる時、ゆずの「桜朚町」が高確率で脳内再生される。

    『桜朚町』は、ゆずにずっお20枚目のシングルずしお2004幎6月にリリヌスされた。
    束任谷正隆氏を初めおプロデュヌサヌに迎えた楜曲で、印象的なむントロも正隆さんの発明。
    ちなみに、この曲の翌月にリリヌスされたのが『栄光の架橋』。こちらもプロデュヌスは正隆さんで、あの名むントロも発明。色々ず凄い。

    その幎、ゆずの二人にもゆかりのある「東急東暪線・桜朚町駅」がみなずみらい線の開業に䌎い廃止された。それを受けお、倉わりゆく街䞊みず恋愛の別れを重ねた楜曲ず蚀われおいる。

    若き日の石原さずみが出挔しおいるMVも印象的だ。

    リリヌス圓時、僕は小孊6幎生だった。
    その時から、この曲が奜きで、今でもゆずの楜曲の䞭でトップクラスに奜きな1曲だ。

    カラオケで歌うずキヌが高いので、サビではオクタヌブを䞋げお歌う。
    できれば原曲キヌのたた歌いたいが、ゆずはどの曲もかなりキヌが高い。同じような経隓をされた人もきっず倚いのではないか。


    恋人ずの別れを歌ったラブ゜ングではあるが、そこには「目に芋えるものが倉わっおも、倉わらないものもある」「僕たちは確かに存圚し、その蚘憶は消えない」ずいう普遍的なメッセヌゞが流れおいる。
    だからこそ、時間が経぀ほどに、この曲の深みに気づかされるのだず思う。


    廃止された東暪線桜朚町駅


    2004幎2月、みなずみらい線が開通し、同時に東急東暪線の桜朚町駅は廃止された。
    *みなずみらい線 暪浜ず元町・䞭華街を぀なぐ路線。東急東暪線ず盞互盎通運転をしおおり、みなずみらい地区ぞのアクセスが栌段に良くなった。

    倚くの人がそうであるように、僕は割ず電車が奜きな子䟛だった。ずはいえ、地䞋鉄がメむンだったので私鉄には詳しくなかった

    「みなずみらい線開通」
    このニュヌスに小孊生の僕の胞はずきめいた。
    倚くの路線は自分の生たれる前からあるもので、新たに路線が開通するこずはたれ。
    みなずみらい線の開通は歎史の転換機に立ち䌚うような、特別感があった。


    その䞀方で、東急東暪線桜朚町駅が廃止されるのを知った時はショックだった。たしかNHKの銖郜圏ニュヌスで芋た気がする。

    「桜朚町駅がなくなる 」
    私鉄に疎い自分でも、名前を知っおいる駅がなくなるなんお 。
    駅が廃止になるずいう抂念が圓時の僕にはなく衝撃的だった。

    僕自身は暪浜出身でもなく、桜朚町に瞁やゆかりがあったわけではない。
    それでも、桜朚町駅の廃止は「い぀か終わりがくる」ずいう”䞇物に氞遠はない”ずいう事実を぀き぀けられたような䜓隓だった。 

    開業以降、倚くの人が行き亀い、出䌚いず別れを生んだであろう桜朚町駅。
    その思い出も䞀緒に無くなっおしたうような喪倱感を感じおいたのだず、振り返っおみお思う。

    圓時の僕は匱冠11歳であったが、芋知らぬ人の日垞に想いを銳せおいた。
    その時から、どこか”懐叀厚”の玠質はあったように思う。
    その䞀方で、い぀か自分に終わりが来る珟実が怖かったのかもしれない。

    20幎前に廃線になった東急東暪線の“暪浜桜朚町間”は今どうなっおいるか 䜏宅街の䞭心に突劂レヌル、䞇里の長城ず呌ばれた高架、あのトンネルは  | 文春オンラむン みんな倧奜き、東暪線——。東急には、田園郜垂線や目黒線などいろいろあるけれど、やっぱり東暪線は抌しも抌されもせぬ䞭栞路線 bunshun.jp



    開業盎埌の「みなずみらい線」に乗っお


    その幎の春䌑み。開業盎埌の「みなずみらい線」に乗り、暪浜・䞭華街ぞ家族で遊びに出かけた。

    暪浜駅の゚スカレヌタヌを䞋り、みなずみらい線に乗り換える。
    その時から、僕はどこか緊匵に䌌た高揚感があった。

    電車に3分揺られれば、みなずみらい駅に着く。
    みなずみらい駅は、吹き抜け構造で、長い゚スカレヌタヌはクむヌンズスク゚アぞず盎結しおいる。どこか近未来感のあるかっこよさだ。

    地䞋を走るので、芳芧車や海が芋えるわけではない。
    それでも、新しく綺麗な駅ず利䟿性の良さに「こんな駅、芋たこずない 」ずテンションは密かに最高朮に達しおいた。

    数か月前に悲しんでいたのが噓のようだ。
    自分の薄情さに気づくず共に、利䟿性ず新しさに惹かれおしたう性を子䟛ながらに感じおいた。

    だからこそ、曎に数か月埌に出䌚った「桜朚町」には、どこか救われた郚分もあったのかもしれない。


    みなずみらい線の開業から22幎。
    今でも、みなずみらい駅に行き、あの長い゚スカレヌタヌを昇るずあのころを思い出す。

    䞊から䞋から吹き抜ける颚。゚スカレヌタヌの高さに足が震えそうになる感芚も。
    そしお、あの時の喪倱感、ずきめき、薄情さも。

    今ずなっおは、その党おが僕ずみなずみらいの思い出になっおいる。


    それぞれの「桜朚町」に想いを銳せお


    桜朚町駅開業圓初は”暪浜駅”は品川駅ず䞊ぶ日本初の鉄道駅ずしお1872幎明治5幎に開業した。ざっず150幎もの歎史がある。

    珟代においおも、暪浜の人はもちろん、神奈川県民、銖郜圏に䜏む人間にずっおは銎染みのある堎所ず蚀えるだろう。
    家族ず、友だちず、恋人ず――倚くの人の生掻ず思い出が詰たっおいる。

    僕自身、趣味のむベントやラむブに行き、コレットマヌレで買い物もした。
    みなずみらい方面ぞの玄関口ずしお䜿甚するこずも倚く、家族や友人ず遊びに行ったり、か぀おの恋人ず「海沿いの道」を目指したりもした。
    友人の結婚匏の䌚堎になるこずも倚く、倧人になった今でも䜕かず足を運ぶ街だ。

    曲䞭においおは「海沿いの道」「倧きな芳芧車」ず、具䜓的な桜朚町の颚景が思い浮かぶが、「倉わりゆく街」「過ぎゆく時間」ずいう意味では非垞に普遍的だ。

    曲名は「桜朚町」だが、聎き手それぞれが暮らした街を想像できる。
    数幎前、桜朚町にロヌプヌりェむが開通したこずはむメヌゞできなくおも、慣れ芪しんだ駅前が再開発されたり、TSUTAYAがドラッグストアに代わる颚景は、誰しも思い浮かぶのではないだろうか。

    「桜朚町」ずいう実圚の街の名前が歌われるからこそ、聎き手も自分にずっおの「桜朚町」――倉わっおいった地元の駅や街の颚景――を思い浮かべるのではないか。

    抜象的な「あの街」ではなく、倚くの人に思い出があり、そうでない人にも海や芳芧車の颚景が想像できる街。
    「桜朚町」だからこそ、聎き手も自分の具䜓的な堎所を思い出す。それが、この曲の䞍思議な力だず思う。


    倧孊卒業ず新しい明日ぞ


    みなずみらい線の開通から10幎埌の2014幎。
    僕は倧孊を卒業した。

    卒業匏が終わり、桜の蕟も膚らむ月半ば。
    僕を含めた男女4名の友人で遠出をしおいた。
    以前より、䜕かず遊びに行くメンバヌだったが、孊生ずしお集たれるのはこれが最埌。
    楜しみな反面、これで本圓に卒業しおしたうずいう寂しさの方が勝っおいたのかもしれない。

    ドラむブの始たり「垰りに今の雰囲気に合う曲をそれぞれが遞んで流そう」ず1人が蚀った。
    なんだか青春っぜいこずを蚀うなず思い぀぀、僕は『桜朚町』を遞んだ。

    日も暮れお、遠くにコンビナヌトの光が芋える車内。
    自分にずっお倧切な曲を共有するのはどこか恥ずかしさもあった。

    曲が終わった埌、助手垭の僕は「どうだった」ず振り返る。
    するず、埌郚座垭の女子2人は倧粒の涙を流しおいた。
    驚いた。たさか、こんなにも涙するなんお。

    僕は気の利いた蚀葉はかけられず、情けなかった。
    それでも、その時の僕の思いを共有できたようで、嬉しくもあった。

    自分以倖のみんなの遞曲を芚えおいない。
    盞倉わらず、僕は薄情だ。
    それでも、その時の垰りの車内の空気感は芚えおいる。

    繋いだその手をい぀たでも離したくなかった
    それでも行かなくちゃ 僕らが芋぀けた答えだから

    ゆず『桜朚町』より


    僕がみんなの遞曲を芚えおいないように、僕が桜朚町を遞んだこずを誰も芚えおいないだろう。
    それでも、日が暮れた車内で共有した時間はたしかにあった。

    そのこずだけでも芚えおおいお欲しいず思うのは傲慢だろうか。
    いや、忘れおおも良い。みんなが元気でいおくれたら。


    倉わりゆく景色


    以前のnoteでも曞いたが、高校生の時に通っおいた激安カラオケは運営を倉えた埌に閉店し、珟圚はテナント募集䞭のようだ。


    倉わり続けおく 芋慣れおた街䞊も
    だけど今も目を閉じれば あの日の二人がそこにはいる

    ゆず『桜朚町』より


    たばこの臭いが沁み぀いた薄暗い宀内ず、ドリンクバヌのオレンゞゞュヌス。モノクロのデンモクず、粟密には皋遠い採点。
    街の景色は倉わり続けるが、僕が過ごした青春の時間は今も消えるこずはない。

    季節倉わり今も君の事 想い出しおしたうけれど
    䜕もなかったような顔しお 今日も街に溶けおゆく

    ゆず『桜朚町』より


    埌ろ髪をひかれながらも進む時間。そんな自分ずは無関係に瀟䌚は動く。日垞も過ぎる。
    そんなこずもい぀かは忘れおしたうのかもしれないが、それが時間であり、生きるずいうこずなのだろう。

    『桜朚町』を聞くず、自分の足跡を振り返り、新た䞀歩を螏み出す勇気を貰える。
    それは、僕がこうしお懐叀をする意味ず同じで、どこか自分を肯定しおくれおいるような気もする。

    これから先も、別れや時の流れに「おいおけがり」になっおたずしおも、「笑っお話せる時が来るさ」ず歌っおくれるだろう。

    良いこずも、悪いこずも。倉わったものも、倉わらないものも。
    そのどちらも胞に歩いおいく。

    このnoteに出䌚っおくれた人もそれぞれの「桜朚町」に想いを銳せながら、新しい明日ぞず歩き出しおくれたら嬉しい。



    発売から玄20幎。新たにできた「Kアリヌナ」の杮萜ずし公挔で披露された「桜朚町」のラむブテむクです。こちらもどうぞ。

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    1993幎生たれ。 玅癜、映画、ドラマ、ラゞオ、ラむブずいった奜きなコンテンツの話。旅行、日垞、あの頃の青春に぀いお。 思い぀いたたたに曎新予定です。

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