
🌸ADHDの分かっているのにできないのはなぜ?知識と行動の間にある負担 | ADHD | 不注意 | 衝動性 | 多動 | 忘れ物 | 先延ばし | 片付け
こんにちは、春乃ひかりです。
「何をすればいいか、言ってみて」
そう尋ねると、子どもはきちんと答えられる。
けれど、そのあとも動き出さない。
こんな場面が続くと、
「分かっているなら、どうしてやらないの?」
と感じますよね。
我が家は学校から配られた手紙です。
何度言ってもランドセルを開けません。
私「手紙出して」
息子’s「分かった。」
そのうち出してくるだろうと2人とも出してこないまま
私が他の用事をしているうちに全員が忘れてしまい次の日になります。
「あとでやる」は一切信用できません。
「やらない」と同義だと思っています。
息子's「ごめんなさい。次は気をつけます。」
という態度も無いため、
結局、私が
「ランドセルを帰ったら
今すぐ開けて全部出しましょう。」
と言い、全部出して持ってくるまで目が離せません。
私も忘れてしまうからです。
何度も説明してきた保護者ほど、言葉が届いていないようで疲れてしまうかもしれません。
今回は、ADHDの子どもの「知っていること」と
「その場でできること」の間にある負担を考えます。
1. 答えられることと、実行できること
例えば、学校から帰ったら連絡帳を出す約束をしている子がいるとします。
本人は約束を覚えていて、聞かれれば説明できます。
それでも、玄関で目に入ったおもちゃに気を取られ、連絡帳はかばんの中に残ります。
この場面で確かめられるのは、約束を言葉で説明する力です。
一方、帰宅した瞬間に約束を思い出し、遊びたい気持ちから注意を移し、かばんを開けるには、別の働きも必要です。
米国国立精神衛生研究所の解説では、ADHDの困難として、指示を最後まで実行することや、課題を整理して進めることなどが挙げられています。
説明を理解していることだけでは、行動するための負担までは分かりません。
言葉で答えられたからといって、
困っていないとは言い切れないのです。
2. 日常の行動には、見えない作業がある
目的に向けて、考えや行動を調整する働きを実行機能と呼びます。
計画を立てる、必要な情報を頭に置いておく、別のことへ注意を切り替えるなどが含まれます。
ただし、ADHDの子全員に、同じ実行機能の苦手さがあるわけではありません。
一人の子についても、すべての行動が同じように難しいわけではないのです。
大人には「連絡帳を出す」という一つの用事でも、子どもには、帰宅後の流れの中からその用事を選び直す場面があります。
理解力の問題に見えなくても、生活の中では負担が表れることがある、と捉えることもできそうです。
また、同じ子が昨日はできて、今日はできないと、わざとに見えやすくなります。
でも、昨日はかばんが目の前にあり、今日は別の部屋に置かれていたのかもしれません。周囲の条件まで含めると、「同じことをしている」とは限らないのです。
これは、できた経験を無意味にする話ではありません。
「できる力がある」という希望と、「いつでも同じように使えるとは限らない」という理解は、両方持っていてよいと思います。
できない場面だけを並べると、力がないように見えることがあります。けれど、同じ行動でも条件によって違うなら、結果の差そのものが、その子を理解する手がかりになりそうです。
3. 「やる気」の一言では見えなくなるもの
もちろん、子どもが気乗りしない日もあります。面倒に感じることも、別の遊びを優先したいこともあるでしょう。
ADHDがあるからといって、すべての行動を特性で説明する必要はありません。
ただ、「やらないのは意欲が足りないから」と結論づけると、どこで動きが止まったのかが見えなくなります。
取りかかれなかったのか。
途中で別のことへ移ったのか。
終わったつもりでも、最後の一つが残ったのか。
同じ「できなかった」にも、違う経過があります。
これは子どもを細かく評価するための区別ではなく、ひとまとめに責めずに理解するための区別です。
保護者が疲れるのも自然です。毎日の予定は待ってくれませんし、分かっていても優しく言えない瞬間はあります。
子どもの難しさを理解することと、親が一人ですべてを支えることは、同じではありません。
「分かっているのに」を、「どの部分が難しかったのだろう」に置き換える余地があります。
4. 今日からできる小さな一歩
今日は一度だけ、「できなかった結果」ではなく、「動きが止まった場面」に目を向けてみませんか。
原因をその場で突き止めなくても大丈夫です。
子どもには、興味のある話を詳しく説明する姿や、自分なりのやり方を考える姿もあるかもしれません。
そうした力と、日常の行動に支えが必要なことは、矛盾しません。
言い聞かせる言葉を増やす前に、行動までの道のりにも負担があると知る。
その気づきだけでも、親子の出来事を振り返る視点が一つ増えます。
何度も伝えてきた時間は、それだけ暮らしを支えようとしてきた時間です。
すぐに穏やかな関わりへ変えられなくても、今日知ったことから、ゆっくり考えていければと思います。
お子さんが「分かっているようなのに動けない」と感じるのは、どんな場面ですか?
良かったらコメントで教えてくださいね。
春乃ひかりでした。
