
『note質問箱』にこういう質問をする人もいるんだなぁ。 | 『世のため、人のため』な~んて考えるのは傲慢だね。
本論のまえに、『note質問箱』に届いた質問を掲載しておきます。
質問の性質上、質問には答えません。


『世のため、人のため』な~んて考えるのは傲慢だね。
人類に貢献したい、差別をなくしたい、人権を守りたい。
このような主張は、社会的に受け入れられやすい。けれども、それって、そんなに偉いことなんですか?
「人類に貢献したい」という人同士が言い争ったり、「差別をなくしたい」と言っている人が特定の人をぶっ叩き続けているのを見るとき、「あんたが人権を最も踏みにじっているんだよ!」と思うことがある。
一見したところ、事実関係を述べているような体裁を整えつつも、その文章から沸き立つのは、「こいつが一番腐っているヤツだ!」という怒号だけ。それしか聞こえてこない。文章全体が、「オレがこいつの悪事を暴いてるんだぜ!」という傲慢極まりない声で埋め尽くされている。それしか響いてこない。
「差別をなくしたい」とか、「人権を守りたい」とか高邁っぽくみえる言葉を吐くのではなく、「歴史を辿るのが面白いから」とか、「オレのライフワークにしたいから」というエゴ丸出しの言葉のほうがよほど清々しいと思う。
日記を書けば余計な一言のオンパレード、歴史エッセイを書けば、ただ特定の人物の「人格の全否定」しかしていない。なのに、表面的には「あってはならない人権侵害がなんちゃら」という虚飾の言葉ばかり。あなたみたいな人々が何の自戒も反省もなく、古本を読んでわめき散らすから、世の中から差別なんていっこうになくならないのです。
調べるだけ調べて、考えに考えてモノを書けばいい。それが出来ないなら、黙ってろ!

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