
Direct Air Captureの現在地 - 幻滅期を越えて行け
海外の一部メディアでDAC(Direct Air Capture)産業に対して「失速した」「フェイクだ」という懐疑的な声が聞かれるようになりました。特に、業界大手のClimeworks社による従業員のレイオフを報じたアイスランドメディア Heimildin などを受け、同社の取り組み、ひいては業界全体への懸念が表出しています。
しかし、これはDAC技術・産業に対する正確な評価とは言えません。Climeworksに対して理解を示す論考として、ビル・ゲイツ率いるClimate VC、Breakthrough Energyの関係者による寄稿があります。同記事では、最近の報道には「文脈を欠いた批判」が含まれているとし、以下のような点が誤解を生んでいるとしています(Heatmap記事):
Heimildin執筆者における排出量削減の定義・測定方法に関する誤認(CO2回収量と、オペレーション時のCO2排出等を差し引いたCO2除去量との混同)
レイオフの背景は次期プラント建設に向けた戦略や資金計画の不透明性にあり、必ずしも報道で語られているような、単なる業績不振によるものではないこと
私たちも批判記事にはDACの実態や一般的な新しい技術開発への理解の不足が多いと感じています。他方、技術のスケールアップやコストダウンに遅れが見られることも事実です。今回の記事では、DAC業界のインサイダーの立場からDACの技術的・産業的な現状をできる限り整理したいと思います。
ハイプ・サイクルのピークから幻滅期への過渡期に至る
DACへの批判的な論調は、ITリサーチ会社Gartner社が提唱する「ハイプ・サイクル」モデルにも照らして説明可能です。新しい技術が登場すると最初は過度に期待され(「過度な期待のピーク」)、やがて現実とのギャップから「幻滅期」を迎え、その後徐々に実用化と普及が進むというパターンを示したものです(Gartner公式サイト)。

このハイプ・サイクルにDACを当てはめると、2022年にバイデン政権がDACへの大型支援を決めた前後がピーク期だったと考えられます。ただ、トランプ政権下での気候変動政策変更への不安、これまでの政策支援の規模に対して技術の発展のスピードが不透明であったことから、2024年から「幻滅期」の段階、すなわち高すぎた期待値の調整局面に入ったと見ることができます。
実は太陽光発電や風力発電といった元祖Climate Techも、2000年代後半のシリコンバレーを中心に一度目のClean Techブームが起こった後、基礎技術の不足や中国との価格競争により投資・開発が停滞する幻滅期を経験しています。その後期待値調整を経て、今や最も安い発電技術・CO2排出削減技術に位置づけられるまでに成熟してきたのです。DACも正に再生可能エネルギー技術が通った道に差し掛かっているのだと考えるべきでしょう。
DAC業界に対して冷静な視点を持つClimate Driftの分析記事でも、Climeworksの状況はむしろ「現実的な調整期(Reality Check)」にあり、これは健全なプロセスだと指摘しています。
また、MITの記事(2024年11月発表)では、DACの技術的・制度的課題を認めつつも、「産業そのものの持続可能性を否定しているわけではない」と冷静な見解を示しています。
むしろトランプ政権の影響で気候変動対策全般の実施に遅れが生じるであろう中、再生可能エネルギー等の導入や省エネだけでは削減できない「残余排出(residual emissions)」に対処する手段として、DACは今後ますます重要になると私たちは考えています。→ 過去のカーボンリムーバル総研記事ご参照:残余排出とDACの必要性
2.DACコストの目標と現在地
足元の課題:高コスト構造と技術の未成熟
現時点でDACは既に商用プラントの開発も進んでおり、核融合等よりも早く社会実装が可能な技術と考えて問題ありません。ただ、技術が普及するという意味で大規模な商用化が可能になるには、依然として時間も資金も必要な段階にあります。実際1トンあたりのCO₂除去コストは$1,000ドル超に及びます(※一部スタートアップは$500前後を達成していると主張しています)。これまでDACのコストは、アメリカ政府の掲げた目標や先行スタートアップのコミットメントもあり、トンあたり$100をターゲットとされてきたため、現状と大きな乖離が生じてきました。
しかし、私たちの見立てでは、2030年ごろにDACの回収コストが1トンあたり300ドル以下まで低減できれば、日本から遠く離れた東南アジアなどへCO₂を運んで地下に貯留する長距離CCS(Carbon Capture and Storage:地中貯留)との価格競争力を確保でき、商用化の可能性が見えてくると見立てています。

それは何故か。まず、日本はじめ工業国の中にはCCSの適地が限られる国もあり、その場合工場等からの排ガスを貯留しようとすると、海外でのCCSを含めた遠距離輸送が必要となります。他方、グラフのとおり遠距離CCSにはCO2輸送コストが大きくかかり最大で1トンあたり300ドル超かかる可能性があります。一方で、大気中からCO2を回収するDACの場合はCCSと隣接した場所にプラントを作ることも可能なため輸送コストは大きくはかからず、DACの総コストが300ドル/トン程度まで低減されれば、遠距離CCSと比較しても経済合理性のある選択肢として成立することが期待されます。
また、回収したCO₂をカーボンリサイクルし、農業用や燃料・化学製品製造に再利用(CCU:Carbon Capture and Utilization)する用途であれば、日本でもtonあたり10万円を超える場合もあり採算が合ってきます。
実際、最近DACスタートアップの多くも$300/トンを新たなターゲットに設定するケースが増えており、期待値の健全な調整が行われていると考えるべきでしょう。
Climeworks等第一世代のスケールアップやコスト低減への苦労を見て起業された新興のDACスタートアップは後発組であることの強みを生かし、省エネルギー性能の高いCO2吸着剤の開発等、より革新的なコア技術の開発や、水素生成・合成燃料生成といった単純なCO2回収にとどまらない価値提供に取り組む企業も現れており、期待が集まっています。
私達Planet Saversも$300は引き続きチャレンジングな目標ではあるものの、ゼオライトを用いたCO2吸着剤をDAC用に順調に性能向上させて行けば、2030年のターゲットとして達成は可能と考えています。
3.DAC市場形成の原動力としての政策支援は止まっていない
再生可能エネルギーやEVの普及が政府の支援政策(例:太陽光のFiT、洋上風力への補助金制度)に大きく支えられてきたように、DAC産業においても、民間の技術革新と並行して「政策支援」が不可欠です。特にDACは、技術的・経済的ハードルが高いため、政府と民間が両輪となって市場形成を進める構図が求められます。
気候変動に懐疑的なトランプ政権の復帰もありDACも政治リスクの影響を受けるのでは、と心配される方もいるでしょうが、私たちはDACは気候テックの中でもネガティブな政治影響が限られ、むしろ推進されていく領域と捉えています。

まずアメリカでは45Q税額控除によりCO₂除去1トンあたり最大180ドルのインセンティブが得られるなど、世界的にも最も積極的な政策支援体制が整っています。45Qは超党派的に支持されて既に制度を維持する法案が議会で審議されており、トランプ政権下でも継続する可能性が高いです。
一方で、トランプ政権によるバイデン政権時代に成立したエネルギー補助金削減の動きもあり、政治的な不確実性は依然として残っています(Carbon Herald、Heatmap)。
ただし、この動きは技術的な優位性が低い初期・中期のスタートアップの淘汰を促し、逆に弊社のような米国外の堅実なプレイヤーにとっては好機となる可能性があると考えています。また、アメリカでは州政府の力も強く、カリフォルニアやニューヨークといった民主党の牙城や、テキサスのようにこれまで気候変動対策予算で潤ってきた州は独自の支援に動いていくだろうと考えられ、米国内でDACのホットスポットが点在するといった状況が生まれることも予想されます。加えて反トランプの動きがポジティブに働いた結果として、カナダやオーストラリアでは2025年の選挙前は劣勢だった気候変動対策推進派の政党が逆転して選挙に勝利しました。その結果、カナダ政府では税額控除制度(CCUS投資税額控除)などを通じて、DAC事業に対して継続的な政策支援が見込まれるようになりましたし(こちらの過去のカーボンリムーバル総研記事もご参照ください)、オーストラリアでも新政権が脱炭素政策に前向きな姿勢を示しており、排出削減目標の引き上げやCCUS政策の明文化など、整備が進みつつあります。私たちのゼオライトDAC技術はこれらの国々の気象条件に適しており、反トランプの流れで生じた今回の選挙結果は僥倖であったと言えます。
同時に、日本でも2025年2月に策定された第7次エネルギー基本計画や経産省による「GX戦略」、「カーボンリサイクルロードマップ」においてDACが明示的に重要技術として位置付けられており、研究開発支援も強化されています(こちらの過去のカーボンリムーバル総研記事ご参照下さい)。
どうしてもトランプ政権下の新しい政策のインパクトが大きいこともありネガティブな印象が持たれているかもしれませんが、グローバルでは引き続きDAC技術の開発に必要な政策支援が広がっていくと考えるべきでしょう。
私たちはむしろ、アメリカ市場に混乱が見られるこの機を捉えて日本政府としてもDACを中心としたCO2除去技術やClimate Techをより強く推進し、世界を救う新産業のグローバルのリーダーとなる、逆張りのチャンスだと考えます。
4.DAC市場における直近の動き
直近でもDAC市場は着実に前進しています。いくつか具体的なニュースをご紹介します。

技術スケールアップの進展:米国有数の石油ガス企業、Occidental PetroreumがCarbon Engineeringの技術を用いて推進する「STRATOSプロジェクト」では、2025年からテキサス州で年間50万トン規模の商用プラントが稼働予定となっています。これは世界最大のDAC施設となり、DAC産業のスケールアップを象徴するプロジェクトになります。直近でも、同社に対してアブダビ国営石油会社(ADNOC)が$5億(約750億円)を投じて同規模のDAC施設を南部テキサスに建設するプロジェクトがアナウンスされるなど、引き続き石油業界の攻めの姿勢が見られます。
資金調達・M&Aの活発化:
米国のDAC企業AirCapture社が、シリーズAラウンドで$5,000万の大型資金調達に成功。同社はイーロン・マスクが$1億の懸賞金を懸けたXPrizeのファイナリストにも選ばれている今後注目すべきスタートアップですが、他にもSpiritus社が$3,000万、RepAirが$1,500万と、2025年に入っても引き続きDACスタートアップによる資金調達は進んでいます。
石油大手Oxyは、Holocene社を買収。これはOccidentalにとってCarbon Engineeringに続く2社目のDAC企業買収であり、大企業による技術囲い込みと事業化が進んでいる証左といえます。
CO₂クレジットのオフテイク契約も増加:新たな大型のCO2クレジット購入契約も増えています。日本企業によるオフテイク契約の例として、日本郵船(NYK)とClimeworksが2025年にCO₂除去クレジットの購入契約を締結しました(日本郵船プレスリリース)。これは日本企業として初のClimeworksとの長期オフテイク契約であり、新たな炭素市場の形成に向けた一歩となります。
5. 最後に:幻滅期の先にある成長機会
現在の批判的論調はハイプサイクル上の「幻滅期」的反応と言えます。一方で、技術・政策・市場のいずれの面でも着実な前進が起きており、あくまで上がりすぎた期待値の調整期と捉えるべきです。

DACは事実として目に見える形で各地で大型の設備が稼働してCO2を回収・除去し始めており(ClimeworksのMammoth, CarbonEngineeringのSTRATOS等)、実世界での運用が開始されていることからも今後更なる発展が期待出来る技術です。
技術的なコストやスケーラビリティの課題はあるものの、ネットゼロ達成に不可欠な技術であることは間違いなく、実証・商用プロジェクトの稼働、政策支援の整備、民間資金の流入など、成長産業としての土台作りが進んでいます。
私たちPlanet Saversは、むしろこの業界における向かい風は健全な業界の発展に必要な眠気覚ましと捉えます。より正しい期待値で、一過性ではなく本当に長く必要とされる、気候変動解決に貢献する技術として理解が進むでしょう。私達Planet Saversも、ネットゼロ社会のための不可欠な技術であるDACコストをいち早く$300/tonまで削減し社会実装に貢献する所存ですので、是非応援をお願いします。