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支援だから、続けていいとは限らない

    「正しい方法か」より先に、見ておきたいこと

    専門家から勧められた方法がある。

    なぜ必要なのかも聞いた。
    この子の将来を考えてのことだと、分かっている。

    だから、続けてみる。

    けれど、しばらくすると、少し気になることが出てきます。

    前より嫌がるようになった。
    その時間が近づくと、身構えるようになった。
    できるようになったことはあるのに、いつも大人の顔を確認している。
    終わったあと、ひどく疲れているようにも見える。

    そんなとき、

    「専門家が勧めてくれた方法だし、必要なのかな」
    「嫌がっても、将来のためには続けた方がいいのかな」

    と迷うことがあります。

    方法が正しいのか、間違っているのか。

    その答えを出す前に、見ておきたいことがあります。

    この支援で、この子に何が起きている?

    ⸻

    支援は、始めた時点で正解になるわけではない

    支援には、始めた理由があります。

    一人でできることを増やしたい。
    気持ちを伝えやすくしたい。
    安全に過ごせるようにしたい。

    どれも、「本人のため」を考えて始まります。

    けれど、始めた理由がよかったことと、その方法が今も本人に合っていることは、同じではありません。

    子どもは変わります。生活も変わります。

    同じ方法でも、年齢や疲れ、その日の状態、場所や人との組み合わせで、受け取り方が変わることがあります。

    始めたときには助けになっていたものが、今は重くなっているかもしれない。

    反対に、最初は難しかったものが、時間がたって使いやすくなることもある。

    だから、支援を「始めた理由」だけで見続けることはできません。

    続けた結果、今その子に何が起きているのか。

    そこまで含めて見ていく必要があります。

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    嫌がることも、支援の結果に含める

    嫌がる、避ける、身構える。

    そうした姿も、その支援の中で本人に何が起きているかを知る手がかりになります。

    「できるようになるためだから」
    「そのうち慣れるから」

    と、支援の評価から外すことはできません。

    難しすぎるのかもしれない。
    いつ終わるのか分からないのかもしれない。
    音や触られる感覚がつらいのかもしれない。
    その日は疲れているのかもしれない。

    やり方は分かっていても、本人は本当にやりたくないのかもしれません。

    外から見える反応だけで、その理由までは決められません。

    一度嫌がったからといって、それだけで支援全体の良し悪しまで決まるわけでもありません。

    やり方そのものではなく、量や時間が合っていないこともあります。

    だからこそ、嫌がる姿を「乗り越えさせるもの」と先に決めてしまわない。

    その姿も、今の支援を見直すための情報です。

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    「できた」だけでは、支援の結果は見えない


    支援によって、できることが増える。それは大切な変化です。

    着替えられるようになった。
    予定に沿って動けるようになった。
    一人でできることが増えた。

    でも、その「できた」だけで、その支援が本人に合っていると決めることはできません。

    できるようになった。そのうえで、

    安心してその場にいられるか。
    分からないときに「助けて」と出せるか。
    嫌なときに「嫌だ」と伝えられるか。
    一つのやり方が難しいとき、別の方法を使えるか。
    必要なときに、支援を自分の助けとして使えるか。

    同じ「できた」でも、そこまで含めると見え方が変わります。

    ある行動が身についても、そのたびに強い緊張を必要としているなら、その緊張も支援の結果の一部です。

    何ができるようになったかだけではなく、

    その支援の中で、本人がどう過ごしているか。

    そこも外したくありません。

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    本人だけが、支援に合わせ続けるわけではない

    支援では、本人に変化を求めることがあります。

    少しずつ練習する。
    新しいやり方を覚える。
    使える力を増やしていく。

    ただ、うまくいかないときに、変える対象がいつも本人だけになっていないか。そこは見直せます。

    課題の量を減らす。
    時間を短くする。
    伝え方を変える。
    別の道具を使う。
    環境を変える。
    求めていること自体を見直す。

    本人に起きていることが変われば、支援する側も同じ形を守り続ける必要はありません。

    支援は、本人を決められた方法に合わせるためだけのものではないはずです。

    本人だけでなく、支援の側も見直す対象になります。

    今回の記事で残したいのは、そこです。

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    変えられる範囲は、いつも同じではない

    支援する側にも、動かせない条件があります。

    住んでいる地域によって、相談できる人や受けられる支援は違います。

    学校や支援の場にも、人員、時間、場所、安全、集団との兼ね合いがあります。

    「この方法が合いそう」と分かっても、その方法を選べないことがあります。

    理論のうえで選べる支援と、今いる場所で実際に選べる支援は同じではありません。

    今いる場所で選べる方法の中から考えなければならないこともあります。

    だから、合わなければいつでも理想の方法へ変更できる、という話ではありません。

    それでも、選択肢が限られていることと、本人に起きているつらさまで「仕方がない」とすることは別です。

    全部は変えられない。では、今の条件の中で何なら動かせるのか。

    量なのか、時間なのか、方法なのか、環境なのか。

    変えられない条件があるときも、変わることを本人だけに求め続ける必要はありません。

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    暴力や強い威圧、虐待など、安全や権利に関わることは別です。

    そこは「この支援が合っているか、もう少し見てみよう」という範囲に置かず、本人の安全を優先する必要があります。

    支援する側に事情や制約があることは、安全や権利の問題まで仕方がないことにする理由にはなりません。

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    支援は、続けること自体が目的ではない

    「本人のため」に始めた支援でも、途中で見直すことがあります。

    そのまま続けることもある。
    量や時間を変えることもある。
    方法や環境を変えることもある。
    いったん止めることもある。

    それは、最初の支援がすべて間違っていたという意味ではありません。

    続けたから見えたことを、次の支援に反映することもできます。

    支援の結果を見るとき、「できるようになったか」だけではなく、その中で本人がどう過ごしているかを見る。

    そして、合わなくなっているなら、本人だけに変化を求めず、支援の側も見直す。

    支援は、続けること自体が目的ではありません。

    迷ったときに戻りたいのは、方法の名前でも、始めたときの理由でもありません。

    この支援で、この子に何が起きている?

    その問いは、本人だけでなく、支援の側を見直すためにも使えます。



    「もう少し支援を増やしませんか」と言われたときの迷いについては、こちらで考えています。

     
     
    子どもの見えにくい困りを、理由・見え方・やり方・環境の手がかりに翻訳します。 家庭や学校で抱え込みすぎないように、考えや相談の形を整えるnoteです。 特別支援学校教師/発達障害当事者。AIは、考えを整理する手助けとして使っています。

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