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前は声をかけていた。でも、今日は少し待ってみた

    長い休みが明けて、久しぶりに生徒たちと会う。

    そんな日に、「あれ?」と思うことがあります。

    休みの前までは、

    「次はこれだよ」
    「そろそろ準備しようか」

    と声をかけていたこと。

    それを、こちらが何か言う前に、自分で始めている。

    「ああ、成長したんだな」

    そう思う瞬間です。

    でも、少し考えると不思議でもあります。

    その子がそれをできるようになったのは、いつだったのでしょう。

    休みの間に何か経験したのかもしれません。

    学校で繰り返していたことが、少しずつ身についていたのかもしれません。

    その日はたまたま、調子がよかったのかもしれません。

    何が理由だったのかは、実際には分かりません。

    ただ、ひとつだけ思うことがあります。

    もし私が先に声をかけていたら、

    その子がもう自分で始められることに、気づかないままだったかもしれません。

    関わる大人にも「いつものやり方」がある

    子どもに「いつものやり方」があるように、関わる大人の側にもあります。

    この場面では声をかける。

    ここは一緒にやる。

    この順番なら進みやすい。

    どれも、これまで必要だったから身についた関わり方です。

    その子が困らないように考えて、続けてきたものでもあります。

    けれど、子どもは少しずつ変わっていきます。

    できることが増える時期もあれば、前より難しくなる時期もあります。

    その横で、こちらの関わり方だけが、前のまま残っていることがあります。

    前は必要だった一言が、今はなくても大丈夫かもしれない。

    前は一緒にやっていたことも、今なら少し待てば自分で始めるかもしれない。

    だから、ときどき、

    「これは今も、同じように必要かな」

    と見直してみる。

    それにも意味があるのだと思います。

    「何もしない」と「見守る」は、少し違う

    もちろん、

    「声をかけない方がいい」

    という話ではありません。

    必要な声かけまでなくしてしまえば、困る子もいます。

    安全に関わることなら、待っていられない場面もあります。

    支援を減らせば、自立につながるとも限りません。

    だから、「支援を減らす」というより、

    少しだけ、先に動かずに見てみる。

    今日は、自分から始めるかな。

    どこまで自分で進めるかな。

    途中で困ったら、どんな助けがあれば続けられるかな。

    そうやって見ていると、

    以前は声かけが必要だったことを、いつの間にか自分で進めていると気づくことがあります。

    反対に、

    「やっぱり、ここは手助けが要るんだな」

    と分かることもあります。

    どちらも、その子の「今」を知る手がかりです。

    支援をしていると、どうしても「できるようにすること」に目が向きます。

    でも、

    できるようになっていたことに気づくのも、同じくらい大切なことなのだと思います。

    前に必要だった支援が、今も同じだけ必要とは限りません。

    声をかける前に、少しだけ見る。

    そこで、これまでとは少し違う、その子の姿に出会うことがあります。

    支援をやめるためではなく、

    今のその子を、もう一度見るために。



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    「支援だから、続けていいとは限らない」でも、支援を続けるときに何を見たいかを書いています。

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    子どもの見えにくい困りを、理由・見え方・やり方・環境の手がかりに翻訳します。 家庭や学校で抱え込みすぎないように、考えや相談の形を整えるnoteです。 特別支援学校教師/発達障害当事者。AIは、考えを整理する手助けとして使っています。

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