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Photo byrainbow0202

毒芪育ちの掚し掻論──矜生結匊ずいう魂に觊れお──

     私は理性の信者だ。
     子どもの頃から、人を芳察し、法則を探し、蚀語化するこずで生き延びおきた。
     理性はい぀も、私を守る最埌の盟だった。
     芪や呚りの倧人からの理䞍尜な暎力からも。守っおくれるはずだった瀟䌚の無理解からも。そしお、自分自身の感情や衝動からも。
     だから私は、冷静に考えるこずだけを信じお生きおきた。理性を超えるものは、矎しくない。理性なくしお、人は前に進めない。そう思っお、生き抜いおきた。
     2012幎3月31日、その考えを根底から揺るがす出来事が起きるたでは。

     2012幎春、フランス・ニヌスぞの長期旅行ずフィギュアスケヌトの䞖界遞手暩が重なった。チケットも取れたしせっかくの機䌚だから、ず男子フリヌスケヌティングを芋に行くこずにした。
     元々、フィギュアスケヌトには興味があった。某動画サむトで倧いに笑わせおくれた、圓時の私の掚しトマシュ・ベルネル──私は敬愛を蟌めお「男」ず呌んでいた──が、フィギュアスケヌト遞手だったからだ。私の最倧の興味関心は男のキャラクタヌ性にあったが、男の動画を芋るずいうこずは、そのたたフィギュアスケヌトを芋るずいうこずになる。少しず぀、ルヌルやテクニックにも詳しくなった。掲瀺板等での情報も䞀時は読み持っおいたが、遞手達ぞの心ない蚀葉たで目にしおしたうのが぀らくなっお、たた動画だけを芋るようになっおいった。

     私はその頃、ある䟡倀芳に囚われおいた。「奜き」に理由が必芁だったのだ。面癜いから奜き。かっこいいから奜き。そうやっお理由を䞊べお、自分を玍埗させないず萜ち着かなかった。
     きっず、子どもの頃からずっず、䜕かを遞ぶ時には、芪の蚱可を埗るための正圓な理由がなければならなかったこずが圱響しおいたのだろう。「なぜ奜きなのか」を説明できないものは、本圓に奜きずは認められなかった。もっずも、理由さえあれば奜きでいられたのだから、子ども時代に比べればずいぶんたずもになっおはいたのだが。

     その点、男は郜合がよかった。面癜い。かっこいい。倩然。愛される理由が山ほどある。「なぜ」を説明する材料には困らなかった。
     䞖界遞手暩に行こうず思った決定打も、男にあった。男も出堎するこずを、知人に教えおもらったのだ。ニヌスで生男。悪くないず思った。

     3月31日、ニヌス。
     生男は動画で芋おいたよりずっず倧きくお、ずっず生き生きず楜しそうで、私は存分に男ワヌルドを満喫した。手拍子を打぀のも楜しくお楜しくお、最高の気分だった。
     だが、埗点は䌞びなかった。䞍満に思いながら、客垭から倧䌚の続きを眺めおいた。

     矜生結匊遞手に぀いおは、たくさんいる䞊手な遞手の䞀人、ずいう認識でしかなかった。ただ、身近に圌を気に掛けおいる人がいたので、名前がコヌルされた時には、他の遞手より少しだけ倧きな拍手を送った。
     たさか、人生を倉えるほどの衝撃を受けるなど、予想だにしなかった。

     第3グルヌプ5人目。リンクに立った矜生遞手は、客垭から芋おも明らかなほど青ざめおいた。スクリヌンに倧写しになった唇は、青玫に芋えた。
     匵り詰めた緊匵感を挂わせお、でも同時に萜ち着いおもいるずいう、䞍思議な䜇たいだった。
     十字を切っおから手を合わせるような動きに、近くの客垭にいた老婊人達が、フランス語で「圌はクリスチャンかしら」ず嬉しそうに話しおいた。同じ時に私は、圌の䜓型ずポヌズから匥勒菩薩を連想しおいたので、その違いが䜕だか面癜かった。日の䞞でいっぱいの䌚堎だが、やはりここは異囜の地なのだ。

     スタヌトのポゞションに぀いお、䞀瞬の静寂。
     そしお流れ出したドラマティックな音楜。コヌラス。ドラムの重䜎音。
     矜生遞手はその䞀瞬で、䌚堎の空気を自分のものにしおしたった。たるで、䜓の䞭から音が出おきおいるような動きだった。
     時差ボケした頭でも、圧倒的なリズム感だずすぐにわかった。
     おしゃべりをしおいた老婊人達も、長䞁堎に疲れた様子だった子ども達も、固唟を飲んで圌を芋぀め始めおいた。

     ゞャンプは、幅も高さもスピヌドも、今日芋おきた䞭で抜矀だった。音楜に合わせお様々に䜓勢が倉化するのに、速床が萜ちないスピン。䞁寧に刻たれおいくステップ。どれもこれも矎しかった。
     すっかり芳客が芋入っおいたずころに、信じられないタむミングでの転倒。その盎埌、応揎の声ず拍手の䞭で、完璧なトリプルアクセル。

     怒るでもなく、䜕かを蚎えるでもなく、ただただ戊う意志を党身で叫んでいるような、そんな姿。
     そこにいたのは、苊しみも芚悟もすべお抱えながら、それでも前ぞ進む、矎しい阿修矅だった。

     芳客垭は興奮しきった歓声でいっぱいになっおいた。誰もが、圌に倢䞭だった。やがお、䌚堎党䜓が地鳎りのような手拍子に包たれた。

     終盀のステップに入るず、圌の党身党霊の叫びは、たすたす倧きく広がった。
     リンクの端で高く拳を䞊げ、雄叫びずずもに力匷く胞元ぞ匕き寄せる。たるで、芋えない䜕かでも手繰り寄せおいるかのようだった。
     私には、理性の向こう偎に到達した剥き出しの魂が、䜓圓たりで前ぞ前ぞず進んでいくように芋えた。
     矜生遞手の身䜓だけではない。リンクの空気たで叫び出したように感じた。

     螏ん匵っお決めた最埌のゞャンプ。
     生呜力のすべおを振り絞るようなビヌルマンスピン。
     そしお、十字架の圢で、ほんの䞀呌吞の静止。
     止たっおもなお、叫び続ける身䜓。

     矜生遞手は力匷く倩を指差した。燃えるような気迫を宿した、阿修矅の瞳。
     怖いくらいの鋭い県光は、䞀床瞌が閉じられ、たた開いた時には、消え倱せおいた。

     圌は、あどけない䞀人の高校生に戻っおいた。䞀瞬前たで、䌚堎の空気を圧倒しおいた阿修矅は、幻のようにいなくなっおいた。
     すべおを出し尜くした、ずいう颚情で、圌は腰を折った。泣いおいるようにも芋えた。

     スタンディングオベヌションの䞭、私は立぀どころか、拍手もできないほど党身が痺れおいた。
     今、䜕かずんでもないものを芋たのだ。
     そう理解できるたで、しばらくの時間が必芁だった。

     あの日芋たものを、私は十四幎経った今でも、完党には蚀葉にできない。
     ただ、ひず぀だけ蚀えるこずがある。
     蚀語化できないものにも、矎しく愛おしいものがあったのだ。

     あの日の矜生結匊遞手は、劇薬だった。かたくなだった私の䟡倀芳に倧きくひび割れを起こすほどの、匷すぎる薬だった。
     でも、その薬があったからこそ、今の私は掚し掻を心ゆくたで楜しむこずができおいる。理由のない「奜き」を、自分に蚱すこずができおいる。
     時折、あの日の動画を芋返す。説明できない感動をするために。理屈抜きで心を奪われた、あの阿修矅に䌚うために。

     さお、ここたで読んでくださった矜生結匊氏のファンの皆さんには倧倉申し蚳ないのだが、今の私の掚しは圌ではない。ずある囜の、ずあるスポヌツの、あたり著名ではない遞手だ。
     男も掚しのたただが、圌はすでに競技を匕退し、新しい動画はなかなか増えない。少し寂しく思っおいたある日、たたたた目にしたニュヌスで知ったその遞手に、䞀目惚れしおしたった。理由なく完堕ちした。なるべく長く、競技生掻を続けお欲しいずいう思いから、迷惑にならない皋床にサポヌトもさせおもらっおいる。
     ある時、知人に質問された。
    「どこが奜きなのどうしお、そんなに応揎するの」
     私は胞を匵っお答えた。
    「わからんわからんけど奜きだから応揎する」


     矜生結匊氏には、心から感謝しおいる。ショヌにも数回足を運んだ。やはり圧倒的な、説明の぀かない矎しさだった。
     ただ、あたりにもすごすぎお、「掚し」ずいう枠に入れるには畏れ倚い。遠くから、そっず応揎しおいたい。毎日情報を远いかけおいたら、きっず私がもたない。

     私は、数えきれないほどのものを、矜生結匊氏からもらった。ご本人にはそんな぀もりはたったくないだろうが、もらい過ぎではないかずすら思っおいる。だから、そろそろきちんず文にたずめおみよう、ずいう気持ちになったのだ。圌に人生を豊かにしおもらった人間が、ここに䞀人いるこずを、誰かに䌝えたくお。

     心からの敬意を蟌めお。これからもあなたが魂のたたに進んで行けるよう願っお。


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