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龍子と寺野薬師堂を結ぶ神風串呂 (串呂哲学研究ノート№109)

    このオンラインブックは、神皇正統家極秘伝 神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)について記述したものです。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。

    元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだといわれていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。

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    串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。 地名(地文ちもん)に秘められた天地神明からの啓示を解明する学問が神風串呂しんぷうかんろ(串呂哲学)です。

    ここでは、兵庫県たつの市揖西町「龍子」と愛知県岡崎市夏山町「寺野ちち薬師」とを結ぶ神風串呂をご紹介しています。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!

    串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺くしんさんたんの末に構築された神風串呂に学べば、我が国は天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来るようになるでしょう。



    1、大宝天皇の誓願と龍子

    愛知県岡崎市夏山町の寺野薬師堂は、大宝天皇が、御父・松良天皇を「薬師如来」として陰祀され、16年間にわたって、皇威の回復を祈念した写経の道場でもあります。

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    愛知県岡崎市夏山町の寺野薬師堂

    この寺野薬師堂をお守りするように、樹高では愛知県一の大楠が聳え立っています。地元の情報サイトには、その大楠の根元に立つとその大きさ、そして存在感に圧倒されるようだと出ています。

    今回は、この寺野薬師堂において「神武、応神、後嵯峨、後村上、松良、五皇一体の再現・八幡大明神」の御降誕を祈念された大宝天皇の事績を昭示した神風串呂をご紹介します。



    2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

    始めての方は、下記の記事を参照してください。

    ⭕「串呂哲学」を一人でも多くの方々にお知らせするため、ワンクリックのご支援をお願いします。

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    3、龍子と寺野薬師堂との神風串呂

    三浦芳聖は、兵庫県たつの市揖西町の「龍子」を起点にして、愛知県岡崎市夏山町の「寺野薬師堂(寺野ちゝ薬師)」を串線すると次の串呂になると述べています。

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第一章

    龍子りゅうこ(たつの市)ー卍寺野ちゝ薬師(岡崎市)ー高松たかまつ(新城市)

    (『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』第一章40頁より。現住所に改めた。)

    【地文のみ掲載】
    龍子りゅうこー卍寺野ちゝ薬師ー高松たかまつ

    【地文の解釈】(地文に地図がリンクしています)
    (1)龍子(りゅうこ、兵庫県たつの市揖西町)

    たつの市揖西町龍子は、「たつのし いっさいちょう りゅうこ」と発音します。「たつの市」は町村合併の前は「龍野市」と書きました。「龍子」は「辰年の子」という意味に解釈できますが、「龍顔・龍駕・龍車・龍徳」などの言葉が示すように、

    龍は天子(天皇)の権威すなわち王権の象徴ですので、「天から王権を授与された者=天子」であるのと同様に「龍から王権を授与された者=龍子」と捉え、「龍子=天子・天皇」と解読します。

    そこで「龍子は天皇をあらわす」と解釈することもできます。地名の読み方が不明だったためか、三浦芳聖は「りゅうし」と読んでいました。

    「龍子」は、大宝天皇が大般若600巻を念書して、後世直系皇孫に神武・応神・後嵯峨・後村上・松良、五皇一体の八幡大明神を降誕せしめて必ず天下を平定し給わん事をと、皇威回復を熱祷祈願されたその「五皇一体の八幡大明神」(三浦芳聖)を指します。下記の串呂を参照ください。

    「龍子」については、下記を参照して下さい。
    【参照】石清水八幡宮から牧平大門への串呂(№4-2)
    「龍子」―「⛩石清水八幡宮」―「三浦芳聖降誕地・牧平大門」―「佐久」―「藤太夫島」―「⛩安房大神宮」

    【参照】坂出市天皇と白山市三浦との神風串呂(№39)
    「由良岬」-「御在所山」-「天皇」-「龍子」-「高長」-「寺野」-「大門」-「大丹生」-「大丹生町」-「大聖寺」-「小松市」-「三浦町」-「神代」

    【参照】龍子と三浦芳聖晩年の住所とを結ぶ神風串呂(№106)
    「龍子」―「神武」―「三浦芳聖晩年の住所」―「一色」

    龍子
    兵庫県たつの市揖西町

    🟡「たつの市揖西町龍子」についてはこちらを参照ください。

    (2)寺野薬師堂(てらのやくしどう、愛知県岡崎市夏山町)
    寺野の薬師堂は大宝天皇の行在所、樹高で愛知県一の大楠で有名。正面のお扉に十六弁の菊花紋がついています。通称「寺野ちち薬師」。

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    寺野の大楠

    地元の古老は、お参りすると母乳がよく出るようになるので「寺野のちち薬師」と呼んでいますが、三浦家に伝承された記録には「大宝天皇」が御父松良天皇が陰暦8月8日(お薬師さんの正当日=縁日)の降誕ゆえ、薬師如来とし、皇后を毘沙門天として隠祀したので「父(ちち)薬師」と称したと記されてあったそうです。

    寺野薬師堂の大楠は、愛知県の天然記念物に指定されていて、幹周り12m、根周り27m、高さ36m、推定樹齢1000年、県下三番目の大クスです。

    【参照】寺野薬師堂(愛知県岡崎市夏山町寺野)
    【参照】寺野の大楠

    『天皇の本』(学習研究社137頁)には「阿弥陀如来の西方極楽浄土を仏教発祥の地であるインドに見立てると、極東にある日本こそ薬師如来のつかさどる東方浄瑠璃世界ということになる。こうしたことから、日本では天皇がそのまま薬師如来に対応するとされた」とあり、薬師如来=天皇という解釈が成り立ちます。

    正統天皇が天の岩戸篭もりし三浦と名乗った!(№3)
    「蔵王山」-「大門」-「宮路山」-「大門」-「寺野薬師堂」-「吉良見」-「大門」-「三浦山」-「大日岳」-「朝日町」

    大宝天皇の御製を昭示する神風串呂 (№8)
    「大日山」-「九重」-「切越町」-「寺野薬師堂」-「御正体山」-「新井薬師」

    尊良天皇御陵と与位との神風串呂(№38)
    「獅子」―「与位」―「寺野」―「後嵯峨天皇・亀山天皇御陵」―「聖護院」―「尊良天皇御陵」―「寺野薬師堂」―「佐久」(静岡県浜松市天龍区)(一部省略しました)

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    (3)高松(たかまつ、愛知県新城市作手)

    作手高松
    愛知県新城市作手(YAHOO!JAPAN地図)

    高松(たかまつ)=尊良(たかなが)+松良(まつなが)で、尊良天皇、松良天皇、再現・三浦芳聖の串呂上の符号です。

    【参照】皇大神宮内宮と松良天皇御陵の神風串呂(№91)
    「和田」-「⛩相賀神社」-「⛩皇大神宮内宮」-「松良天皇御陵」-「高松」(新城市)-「竜戸」-「和田町」-「日向」-「黒田」-「御稜威ヶ原」-「高松町」-「大門」-「菊川」-「太田」-「大金」-「薬師岳」

    【参照】高遠町弥勒と三浦芳聖晩年の住所との神風串呂(№98)
    「高松町」―「三浦芳聖晩年の住所」―「高松」(新城市)―「高松」―「弥勒」-「日本平山」-「白髭山」―「弥勒」

    【参照】京丸と三浦芳聖降誕地・大門との神風串呂(№99)
    「由良」(洲本市)-「一色町」-「三浦芳聖降誕地」-「高松」(新城市)-「京丸」-「大門」(寒川町)

    【参照】皇大神宮内宮と萩村寓居の神風串呂 (№104)
    「⛩皇大神宮内宮」-「御堂山」-「萩村寓居」-「高松」(新城市)-「聖岳」-「聖天」-「御幸ヶ原」-「入定」

    【参照】高松について


    4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

    龍子りゅうこー卍寺野ちゝ薬師ー高松たかまつ

    この串呂は、大宝天皇が寺野薬師堂において、満16年間にわたって大般若600巻を念書され、後世直系皇孫に神武・応神・後嵯峨・後村上・松良、五皇一体の八幡大明神を降誕せしめて必ず天下を平定し給わん事をと、皇威回復を熱祷祈願された御事績を昭示する神風串呂です。

    「龍子」は下記の串呂が昭示する様に、愛知県岡崎市牧平大門町に降誕した五皇一体の八幡大明神「三浦芳聖」を表わします。

    龍子ー⛩石清水八幡宮ー芳聖降誕地ー佐久ー藤太夫島ー⛩安房神宮(№4)

    「卍寺野薬師堂」は下記の串呂が昭示する様に、大宝天皇の行在所「牧平大門」と「切越町」にリンクしています。

    蔵王山-牧平大門-卍寺野薬師堂-三浦山(№3)
    切越町-卍寺野薬師堂-御正体山-卍新井薬師(№8)

    「高松」は下記の串呂が昭示する様に、三浦芳聖を昭示する地文です。

    高松町ー三浦芳聖晩年の住所ー高松(新城市)ー高松ー弥勒ー弥勒(№98)

    【下記を参照ください】
    龍子-⛩石清水八幡宮-芳聖降誕地-佐久-藤太夫島-⛩安房神宮(№4)
    由良岬-天皇-龍子-高長-三浦町-神代(№39)
    龍子-神武-三浦芳聖晩年の住所-一色(№106)
    龍子-⛩白鬚神社-大門-弥勒-御稜威ヶ原(№107)
    天王-龍子-高松(№108)
    龍子-寺野薬師堂-高松(№109)



    🟡串呂哲学研究ノートバックナンバー(総合)

    🟠情報拡散のお願い
    この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

    三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

    🟡前号(№108)       
    🟢次号(№110)


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    串呂哲学研究会 鈴木超世志
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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