
位置の2乗の期待値が発散する波動関数は、物理としては排除されるのか?
1次元粒子の量子力学は、理学部物理学科では2,3年生で習う基礎的なテーマです。しかし細かいところを誤解したままで量子力学を修了してしまった方が、一般人の中にも、そして物理教員の中にもいらっしゃるようです。前世紀の古い教科書には、「正準量子化」を中心にして説明がなされているために起きている誤解も多いです。古典力学では、点粒子の位置xと運動量pは、同時にいくらでも精密に測れるとされてきました。そして点粒子の状態は、その値(x,p)で決まると定義されています。位置を横軸にとり、運動量を縦軸にとった「相空間」が、古典力学における状態空間でした。そして昔の教育では、この古典力学を学んだ後に、位置と運動量を演算子化して、

という関係を満たすとするのが、正準量子化です。この演算子が作用するのが波動関数であり、その波動関数が点粒子の量子的な状態を定めます。波動関数は、数学の関数論でいうところの「ヒルベルト空間」の元になっていて、波動関数の絶対値の2乗が可積分であるという、規格化条件を満たします。
このような正準量子化の説明だと、波動関数よりも、演算子となった物理量のほうが重要だという印象が、初学者に植えつけられることも多いようです。しかし量子力学では、物理量よりも、実験で観測される確率分布、そしてその確率分布が定める波動関数のほうが、本質的なのです。この点を理解しないと、いろいろおかしな間違いをしてしまいます。たとえば「規格化可能だけど、位置の分散(またはその平方根としての標準偏差が発散する波動関数は、物理的ではない」という主張をする人も出てきます。しかし実際には、この主張は間違いです。
例として、長さの単位をもったパラメータLに依存した

という波動関数を考えてみましょう。ここでaは1/2より大きな正の実数とします。この条件では、波動関数の絶対値の2乗は可積分となり、規格化定数は

と定まります。この波動関数で、位置の分散を考えてみましょう。

すると、aが1/2より大きく、3/2より小さな場合には、この分散は発散して無限大になっています。波動関数自体は2乗可積分なのに、分散はうまく定義できません。物理量を重視する立場ならば、物理量の無限大の量は測れないのだから、このような波動関数は物理的に実現しないと、短慮してしまう人も居るのです。ところが、それは間違っています。量子力学では、物理量は後で定義されるものであり、先に2乗可積分な波動関数が与えられるのです。
量子力学では、まずシュテルン=ゲルラッハ装置のような、離散的な結果を出す実験装置を使って、結果の確率分布を得ます。その離散的に区別される各結果に名前として与えられるのが、物理量の値です。量子性のために離散的になった状態を、区別のためであれば、物理量の値自体は勝手に定義してよいのです。実数である必要さえありません、複素数を名前として使う物理量を導入しても問題ありません。
したがって、位置の分散が発散しても、上で考えた波動関数も排除される理由はありません。更に2乗に限らず、位置の3乗や4乗の期待値が発散しようとも、波動関数が規格化可能なヒルベルト空間の元であれば、その波動関数は、理論から除外されません。
正準量子化が量子力学の理解を、このようにミスリードしてしまうわけですが、それは、拙書『入門現代の量子力学』(講談社)のように説明すれば、回避できます。
そこでは、まず位置と運動量に有限幅を持たせながら、離散的区別される、運動量表示での波動関数の1つの完全系を与えます。

この波動関数は、2つの整数値nとkで指定されます。そして各波動関数における位置と運動量の量子揺らぎの幅の積は、きちんと不確定性関係を満たしています。

この波動関数はケット表示で

と書くこともできますし、これから量子測定の測定演算子も作れます。その測定演算子から、あらためて位置演算子や運動量演算子は定義されるのです。その値自体も、便利なように自由に選べます。たとえば、全ての値が有限な運動量演算子を

という形に作ることもできます。これは、観測される運動量の絶対値の上限がある実験での量子測定に対応しています。同様に位置についても、ある空間領域内部だけに感度がある位置測定実験に対応した、

という演算子も作ることができます。位置や運動量を測る量子測定では、古典力学のように、マイナス無限大やプラス無限大の値まで出てくる値を導入する必要はありません。確率解釈が可能な波動関数や状態ベクトルに対して、有界な演算子で書かれる物理量演算子を導入すれば、最初に述べた分散などの発散も生じないのです。特に問題は起きていません。
「正準量子化」という古い量子力学の教え方は、多くの誤解を与えています。21世紀の現在では、量子力学の講義において、最初から量子測定理論の一般測定を教えてあげるのが良いだろうと、私は考えています。
