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夏目の猫と、僕の猫

    「君は、名前がないのか」

    古い声がした。

    WhiskyCatの窓辺。

    終電が過ぎ、店にはウイスキーの香りだけが残っている。

    「ないよ」

    茶トラは丸くなったまま答えた。

    「困らないのか」

    「呼ばれたら振り向くし、呼ばれなかったら眠るから」

    白黒の猫は、小さく笑った。

    「百年以上前にも、人間を観察したことがある。」

    「知ってる」

    「知っているのか」

    「店の本棚に、君の話があった」

    線路を電車が通る。

    ガラスが小さく震えた。

    しばらく、どちらも何も言わない。

    「人間は変わったかね」

    白黒の猫が尋ねる。

    茶トラは窓の外を見た。

    「急ぐようになった」

    「それだけか」

    「うん」

    「もっと便利になっただろう」

    「うん」

    「もっと賢くなっただろう」

    「たぶんね」

    「それでも、急ぐようになったのか」

    「だから、景色を見落とすことが増えた」

    白黒の猫は目を閉じた。

    「昔は、人間というものを面白い生き物だと思って見ていた」

    「今は?」

    「少し、かわいそうにも見える」

    茶トラは何も答えなかった。


    カウンターの奥では、グラスが一つだけ乾く音がした。

    「君は、人間を書かないのだね」

    「書いてるよ」

    「そうは見えない」

    「時間を書くと、人間が映るから」

    白黒の猫は、その言葉を何度か口の中で転がした。

    「なるほど」

    「君は人間を見つめた」

    「そうだ」

    「ぼくは、人間が失くした時間を見てる」

    踏切が鳴る。

    いつもの音なのに、今日は少しだけ昔の音に聞こえた。


    白黒の猫が立ち上がる。

    「そろそろ帰る」

    「どこへ?」

    「本棚だ」

    茶トラは笑った。

    「ぼくは、窓辺にいる」

    「急がないのか」

    「猫だからね」

    白黒の猫は一度だけ振り返り、小さく言った。

    「それなら安心だ」


    その夜、店の本棚には一冊の本が少しだけ前へ出ていた。

    誰が触れたのかは、誰も知らない。




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    WhiskyCat

    僕の猫はコチラ ↓


     
     
    大阪のバー「WhiskyCat」のマスター。 ウイスキーと バイクと、ときどき将棋。 店のトイレに置いた一枚の紙から、 この物語は始まりました。 静かな夜の出来事を書いています。

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