
第7章_1-4 走る相棒から、生きる相棒へ
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【第7章】
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年度末と繁忙期が重なった時期、東京本社の人事フロアは、毎晩のように遅くまで明かりがついていた。
ガラス越しに見える外のビル群はとっくに夜景モードなのに、人事の島だけは蛍光灯が白く光り続けている。
勤怠の締め、月次の給与計算の最終チェック、賞与データの確定、住民税や年末調整の処理、社会保険の算定や月変の締め切り。
さらに、子会社の設立や組織再編に絡む、人事データの入れ替えや届出のラッシュ。
日中だけではとても処理しきれず、夜の残業が当たり前になっていた。
モニターには、社員五千名超の勤怠データや、複数拠点の給与情報が並んでいる。
少し入力を間違えれば、誰かの給料の金額が変わる。
社会保険の等級を一段誤れば、毎月の控除額も変わってしまう。
そんな緊張感の中で、数字とにらめっこする日々だった。
自分のデスクの斜め前には、いつもその先輩がいた。
勤怠の締め日前後には、朝イチから電卓を叩き、昼間は問い合わせ対応に追われ、夕方からようやく自分のチェック作業に集中する。
そんな姿を、毎日のように斜め前の席から見ていた。
「先に帰っていいよ」
何度もそう言われたが、「もうちょいだけやります」と結局同じ時間まで残る夜が増えていった。
自分が帰ってしまえば、先輩の負担がさらに増えるのが分かっていたし、何より、自分もまだ“一人前”とは言えない状態だった。
仕事の進め方の相性がいいことに気づいたのは、その頃だ。
自分は、勤怠データのチェックや集計、給与や社保の数字を整理するのが得意だった。
現場から上がってくる情報をまとめて、「どこにイレギュラーがあるか」「どこにエラーが潜んでいそうか」を洗い出す。
シフトや残業のパターンを見ながら、「この人は月変が出そうだな」「この部署は賞与の支給条件に引っかかるな」といった“気配”を拾うのが性に合っていた。
先輩は、その整理された数字や状況を、制度と実務の両方から読み解くのがうまかった。
「ここは法的にギリギリだから、こう処理しよう」「ここは会社としてこういうスタンスでいきたいから、こう説明しよう」
そうやって、バラバラの数字を一つの方針にまとめていく。
ときには、総務や経理、親会社側の担当者と調整して、落としどころを作る役も担っていた。
自分が土台となるデータと現場の状況を揃え、それを先輩が噛み砕いて上に通す。
その流れが一度ハマると、仕事の速度が目に見えて変わった。
「ここまで作っておいてくれたら、あとは私が部長に話しておくから」
そう言われて、先輩が上席の席に向かう背中を見送るとき、少しだけ誇らしい気持ちになった。
ある案件が予定より早く片づいた夜、先輩がふと笑って言った。
「二人でやると早いね」
たったそれだけの一言だった。
それでも、胸の奥がほんの少し熱くなった。
「役に立ててる」という実感と、「この人にそう言ってもらえた」という事実が、妙に嬉しかった。
峠で、一緒に走る相手から「お前と走るとリズムが合うな」と言われたときの感覚に、少し似ている。
この人事フロア全体が一つの“ピット”だとしたら、自分と先輩は同じガレージにいるメカニックみたいなものかもしれん——そんなことを、ぼんやりと考えたりもした。