
第7章_5-8 走る相棒から、生きる相棒へ
【BGM】
【第7章】
5
それでも、何度か「二人きりになる場面」は訪れた。
残業を終えて、一緒にエレベーターに乗るとき。
夜のオフィスのエントランスは、人影がまばらになっていて、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだ。
ガラスの自動ドアの向こうには、車のライトとビルの明かりが混ざった東京の夜景が広がっている。
その中を並んで歩いていると、自分の足音と先輩の足音だけが、やけに大きく響く。
会社の前の交差点で、「じゃあ、お疲れさまでした」と別れる数秒前。
自分は千葉方面のホームへ、先輩は東京の中心部へ向かうホームへ。
改札に入るところまで一緒に歩き、そこで自然と左右に分かれる。
毎回、「今日こそ何か言おうかな」と頭の片隅で思う。
けれど、口から出てくるのは「お疲れさまです」「じゃあまた明日」くらいだった。
その一言を言い終えたあと、いつも心の中で小さくため息をつく。
——また何も言えんかったな。
一方で、先輩のほうからも、ごくたまに踏み込んだ質問が来ることがあった。
「岡山戻りたいと思ったことある?」
コピー機の前で紙を待っているとき、ふいにそう聞かれた。
「正直、ゼロではないです」と答えると、先輩は少しだけ首をかしげた。
「やっぱ地元、落ち着く?」
「落ち着きはしますね。でも、今すぐ帰りたいわけでもないです」
そんな会話をしながら、どちらが正解かなんて分からない問いに、二人で苦笑いした。
「一生この会社におるつもり?」
別の日、昼休みに食堂から戻る階段で、先輩が軽い調子でそう聞いてきた。
「どうなんでしょうね…定年までってイメージは、まだ湧いてないです」
「そっか。私は、気づいたらこんなに経っちゃったけどね」
先輩は、自分より何年も長くここで働いている。
その口から出る「こんなに経っちゃった」という一言には、いろんな感情が混ざっているように聞こえた。
そのたびに、自分の将来を改めて考えさせられた。
岡山に帰っての人生。
東京に残っての人生。
この会社でキャリアを積んでいく未来と、別の場所で別の仕事をする未来。