
【放課後ライティング俱楽部/シロクマ文芸部/せりふ三題噺】林檎
1.
待つ時間を楽しむタイプと、そうでないタイプがある。
約束の時間の30分前から立っている、彼女は少なくとも平静に見える。私は、鳥貴族風の居酒屋から、待ち合わせ場所にいる彼女をサンドイッチをつまみながら眺めている。
2.
今日は気が乗らない。こんなことを言ったらなんだが、夏の暑さが懐かしくなるほどだ。さほど暑くもないはずなのに、なんとなく扇風機を止められない。彼女との待ち合わせ場所に向かう途中に出くわした猫が黒ではなくハチワレ仔猫、その程度の小さな出来事がたまらなく幸福な気がする。
3.
宇和島の市街地は、あたかも人の代わりのように猫の姿が散見される。

猫カフェのような店はない。もしかしたら過去にはあったかもしれないが、少なくとも今はもうない。
ペットは責任をもって最後までお世話しよう、野良猫には無責任に餌を与えないようにしようという広報動画が配信されている。
市政広報番組 第62回「愛護動物と人との共生について」
4.
彼女にLINEを入れるのはゆっくり食べ終わり、会計を済ませて歯を磨いてからだ。それで待ち合わせ時間10分前になる。これから深夜までの何時間かを彼女と過ごす。スマホのカレンダーに入力した予定を見返すと、何となく鳥肌が立った。
5.
時間だ。
私は彼女の前に姿を見せ慇懃無礼に挨拶をする。彼女は鷹揚に会釈を返す。それだけの動作に頬が熱くなり、冷たい汗がにじむ。
「睡眠不足でしょうか?顔色がすぐれませんが」
緊張を隠すために私は彼女に言葉をかけるが、彼女は無言だ。きっと眠れなかったのは、彼女より私の方なのだろう。
6.
大木がおいしげるお城山(宇和島城)が、ホテルの窓から良く見える。私はフリーランスで主に女性向けの出張サービス業を生業としている。これ以上は伏せるが、いかがわしくはない。
「あなた、いいわね」
彼女は堂々たる足を組んで座っており、私を見下ろすようにして言った。
「光栄です」
おどおどと答える私に、彼女は続けた。
「つまりさ、小さくって可愛いってこと」
それは私の外見への平凡な評価にすぎない。あと6人呼んでくればグリム童話の白雪姫が出現するのか、はたまたトールキンの指輪物語が始まるのか、さしづめ括りつけるスイフトのガリバーはどこなのだ、とか返答のイメージが駆け巡るが、彼女には読書の習慣など無さそうだ。
くすくすと彼女は小さな笑い声を上げる。
「筋肉ムキムキでタトゥー入れた大柄な男性来たら逃げようかなって」
肩の力が抜けた。彼女は、まだ笑っている。
7.
相手に実際に会った印象と、見込みと違っていたことが原因で失敗したことなど数知れない。待ち合わせ前に相手を見ることにしてから、同じような失敗は明らかに減った。
赤く色づいた林檎が出回ると季節の移り変わりを感じる。
林檎は冷たいが、私の頬はまだ熱いままだ。
無事今後のご指名も取れたので、彼女の服のサイズは書かない。
意外かもしれないが、こう見えても私はSだ。
【終】
《今週の三題噺》
1.睡眠不足
2.サンドイッチ
3.鳥貴族
▼今週のお題
■セリフ
「つまりさ、小さくって可愛いってこと」
■三題
・扇風機
・大木
・ハチワレ
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