
10年後の答え…
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
以前勤めていた会社に、一人の先輩がいた。
仕事のできる人で、言葉という糸で人の心を結ぶのが巧みだった。私はといえば、水面に浮かぶ油の様に、どこか周囲と混ざりきらないところがあった。そんな私を評して、先輩は笑いながら言った。
「食えないヤツだなぁ!」
その言葉は、深い湖に落とされた一滴の墨汁のように、静かに広がり、心の水をうっすらと染めていった。
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人事異動で私は別の店舗へ移り、後任に入ったのが先輩だった。
当時の店は、ちょうど満潮の様な時期にあった。私は、潮が満ちた経緯と、やがて引いていく時の課題を書き残して、店を去った。
その後の海がどう動いたのかは知らない。潮目はいつか変わるものだと、風の便りで聞いた。
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私が辞める時、先輩はこう言った。
「俺は会社に残って、上を目指す。お前とどっちが正解だったか、いずれ分かるよ」
人生の分かれ道は、一枚の地図に引かれた二本の線ではなく、別々の地図に引かれた線なのかもしれない。行き先のない答えを、私たちはそれぞれの場所で綴り続けている。
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十年以上が過ぎた。ふと、その言葉が浮かんだ。長く眠っていたワインボトルが、ある日ふいに、飲み頃を知らせる様に。
翌日、オーナーの口から彼の名前が出た。試飲商談会で、時間こそすれ違ったものの、連絡を取ったのだという。彼が今いる店の名前も、私は知る事になった。
へぇ。
偶然と呼べば、それで済む話だ。けれど、十年の間に一度も浮かばなかった人を、前の日に思い出した。離れた場所にある二つの鐘が、同時に鳴った様な感覚だった。「共鳴」という言葉が、一番近い。
覗く事と覗かれる事は、合わせ鏡の様に、果てしなく互いを映し続ける。どことなく、背筋が涼しくなる。
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私は、あのとき選んだ道を、今も歩いている。振り返ると、その道は思いのほか明るい。
先輩、元気ですか。
もしあのまま残っていたら、私は……
いや、問うまい。答えの出ない問いは、熟成させておくくらいがちょうどいい。