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2003年青海省同仁 | ⑤ツァンパを捨てた


    2003.8
    青海省同仁(レゴン)

    アムド地方の三大寺院は、
      ・西寧のタール寺(クンブ厶寺)
      ・夏河のラプラン寺
      ・同仁のロンウォ寺     
    と考えてよさそうだ。

    同仁のロンウォ寺(隆務寺)は、宿にしていた黄南賓館から徒歩圏内で、連日朝夕と通った。広い境内は静寂に包まれ、朝のお勤めの時間には、大経堂に僧侶が集まり読経の声が聞こえる。

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    2003年 ロンウォ寺(隆務寺)

    どうやら、このあたりで読経のため沢山の僧侶が集まるのはロンウォ寺の大経堂だけだそうで、当時はそんなことを知る由もなかったが、外からその声を聞いている時間は至福だった。

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    大経堂

    それに、何とも言えない愛嬌が、僧侶達の脱いだ靴!
    朝のお勤めに急いで来たのか、世界中どこでも男子とはこういうものなのか、チベットブーツがバランバランに脱ぎ散らかされていた。
    若い小僧さんからご年配の僧侶まで「お勤めに遅れる!」といった感じで靴を脱ぎ捨ててお堂に滑り込んでいったのかしら・・
    荘厳なお経の響きとバランバランのブーツがたまらん。

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    僧侶のチベットブーツが散らばる大経堂入り口
    靴に名前は書いてあるのかな?


    グリーンタラの緑度母殿の前には大工さんが手仕事中。ノリのいい大工さんだなぁ、バイバーイ!なんて当時は思っていたけれど、よく見ると柱の彫刻をしておられる。

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    この柱が現在どこかに建てられているのかと思うとキュンとする。

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    柱(梁?)に彫刻をされている


    僧坊に招かれて・・・

    そんなある日の夕方、一人の僧侶が自分の僧坊へ招いて下さった。
    立ち振る舞いが落ち着いておられ、個室の僧坊であったことから、若い見習い小僧さんではなく、ある程度の知識や地位がある僧侶であったことは間違いないと思う。

    会話は英語だったか、聞き取るのも話すのも必死のぱっちで、私は頭がギンギンで汗をかいていた様な記憶がある。
    そして、会話をしながら、僧侶は砂か木屑の様な物を持って来て、洗面器の様なものに入れ、水を加えて右手で混ぜ始めた。
    こねこねこねこね

    ? 何やろこれ。粘土?

    年配の僧侶とはいえ、外国人女性が個室にいることは印象が良くないのではないか、と、またまた要らぬ心配が浮かび、そろそろ帰りたいなぁ、と思っていたが、どうやら右手の捏ね捏ねは私のためにやって下さっている様だ。

    ? 食べ物?

    だとしたら、これを伸ばして焼くのだろうか。
    滞在はまだ長くなりそうだ。

    すると、それを両手で丸め始めた。
    正に、幼少期に誰もが作った砂のダンゴ。
    大きさはテニスボールと同じくらいで、まん丸にして差し出された。

    ・・・!?
    このまま? 加熱しない?

    全く理解出来なかった。
    それがツァンパで、ありがたく食する物だと。

    「どうぞ召し上がってください」といった言葉をいただき、少し食べた。
    有り難くいただかないといけない、という事は無知でもわかった。

    しかし、私には運動場の砂ダンゴで、食感も砂。そして、そのテニスボールは二つあったので、どれだけ心が温まる状況でも食べ切るのは不可能に思えた。苦し紛れに出た言葉が、
    「今はお腹が減っていないので持ち帰ってもいいですか?」

    そうして、僧侶は快くレジ袋に二つの砂ダンゴを入れて下さり、私は僧坊を後にした。

    ドミトリーに帰って、それを夕食にすることだって出来たはずであるが、相手を目の前にしていたら心や空気が上乗せされて素敵な食べ物にだって変身するかもしれないけれど、一人になるといよいよ砂のダンゴとしか思えない。どうにもできなかった。
    翌日も置いたまま。
    同仁を発つ時、持っていくべきか悩んだ。
    ゴミ箱を見ながらしばらく悩んだ。

    これを掃除の人が見たらどう思うだろうか。
    食べられなくても持って行くべきか、でもバックパックの中でバラバラになったら大変だし、ズシンと重いし・・・
    何より、何日持って歩いたところで自分には食べられないと思った。
    そして、ドミトリーだから捨てた個人は特定されないだろうという汚い考えも浮かんだ。

    最後、ゴミ箱の底にゴトンと置いた。

    その重みと光景は今でもはっきり覚えている。
    20代の当時、僧侶が自分のために作って下さった食べ物を捨てることに罪悪感はあったものの、アホ娘はツァンパというものをよくわかっていなかった。

    ロンウォ寺の個室の僧坊で、目前で僧侶が捏ねて下さり差し出されたツァンパ。
    あの二つのツァンパについては、当時より今の方がはるかに重い。

    チベットのソウルフードである「ツァンパ(炒ったハダカムギの粉)」は、日常の主食であると同時に、客人を歓迎し祝福するための重要な「おもてなし(もてなし)の象徴」。

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    お堂の中のグリーンタラ


    2003年の私の同仁はここまでです。
    たった3泊なのに、出来事に重量がありすぎて5つもの記事になってしまいました。
    お付き合い下さりありがとうございました!



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    1998〜2005年頃、スマホのない時代にバックパッカーとして旅したラオス奥地・ウイグル・チベット・雲南や中国留学…あの時あの場所の温度がある記録を残しておきたいです。「確かにあった、あの空間」に50代の私が向き合っています。

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