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2003年青海省同仁 | ①確かにあったあの場所


    2003.8
    青海省同仁(レゴン)

    タンカ=仏画

    23年前の同仁で出会った2枚のタンカが、今もうちのリビングを見守っている。
    あの時のあの場所は確かにあり、うちのタンカとしっかり繋がっている。
    その糸を手繰り寄せるのは、巡礼に向かうような気持ちだ。

    タンカ絵師の街として有名な同仁(レゴン)は、2009年「レゴン芸術」としてユネスコ無形文化遺産に登録された。
    2020年には、聞き慣れない「黄南チベット族自治州」という地名の主要都市、同仁市となった。
    商業施設や大きなホテル、ビル、高速道路などインフラの発展は元より、レゴン芸術の商業化にいたるまで、街の様子は中国国内でもトップクラスに変貌している。

    近年の様子を目にした時、

    釧路湿原が東京の品川駅周辺に変わった

    ほどに感じた。
    さすがにこの表現は誇張しすぎかな、とGeminiに年代を伝えてみたところ、非常に核心をついた的確な表現だと冷静な返答。そのレベルの変化がある場所であり、可能な限り正確な記録にしておきたいものの…

    静寂に包まれた山奥の小さな街。
    出会うのは僧侶ばかり。
    ゴマルゴンパの丘の上から見えたのは、家族総出の一面麦の収穫の風景。

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    向こうの集落はセルゲジョン(吾屯)

    刺激的な「旅」という日々の中で、とてつもない安らぎを感じた。

    これがたった20数年前。
    タンカを売るお土産屋もないし、寺院の案内もないし、宿はほぼ一択。食堂はあったんだっけ?

    2003年はSARSが流行した年であり、その理由が大きいとは思うけれど、ウイグルのクチャに続いて観光客や外国人が全くいなかった。
    それに加えて、レゴンの街には現地の人もあまり外にいない。
    ドッキリにはめられているのか?という程に人が少なかった。

    素朴で静寂に包まれた街(村?)は、五感への刺激というより、清らかさや祈り、安らぎなど精神に直結するものと自然に繋がっていくような場所だった。

    西寧のYさんに借りた旅行人ノートのコピーを手に、西寧からバスで4時間。
    覚えていないので全然大変ではなかったはず。バス代23.3元とのメモあり。23元3角というバス料金があったんだ!

    宿は選択の余地なく当時からあった黄南賓館。一階のドミトリーは6ベッドくらいだったか、3泊中2泊は自分一人だけだった。一泊15元、と私が知っている頃の中国の多人房間では最安に近い。

    黄南賓館から歩いて15分くらい?のところにアムド地方の三大寺院であるロンウォ寺があり、朝夕と一日2回は連日通った。
    拝観料などはなく、朝のお勤めの声や静寂で清らかな境内をブラブラしていると、僧坊へ招いて下さる僧侶もあった。

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    ロンウォ寺(隆務寺)の緑度母殿


    回族の食堂で、「本当に日本人か?信じられない!なんで着物を着てないの?」といった反応が2003年でもあった。30分から1時間ほど喋ってお店を出る時も、「ホントに日本人?」と笑って、お代なんてもらえないよ、と無料になってしまう。



    コルラの様に今回レゴンを振り返ることで、溜まり溜まった業が少しでも減りますように・・・

    全5回くらいになりそうですが、お付き合いいただけたら幸いです。




     
     
    1998〜2005年頃、スマホのない時代にバックパッカーとして旅したラオス奥地・ウイグル・チベット・雲南や中国留学…あの時あの場所の温度がある記録を残しておきたいです。「確かにあった、あの空間」に50代の私が向き合っています。

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