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2003年青海省同仁 | ②ゴマルゴンパの丘の上から

    2003.8.25
    青海省同仁(レゴン)



    麦の収穫!
    ゴマルゴンパの丘の上からは、あっちもこっちも盛大にはだか麦の収穫をしていた。

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    ゴマルゴンパ(敦麻日寺)はこちら↓

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    2003.8 敦麻日寺
    五層構造で、チョルテンという仏塔に基部が
    ある様なイメージのこの形式は「時輪塔」という。
    一階部分はマニ車の回廊になっている。

    いや〜、これは癒された。
    はだか麦のパッチワークと、生きる事に直結する営み。
    ゴマルゴンパのある敦麻日村まで黄南賓館からどうやって行ったのかは不明。自分のメモには、「ゴマルゴンパ、セルゲジョン」と書いてあるが、セルゲジョンて何?

    以下、調べた内容を含みます。
    小高いところにポツンとゴンパがあり、その場所からは一面の麦畑と向こうにはアムドの山々。
    山の麓に見える緑の木々のあたりにロンウォ川(隆務河)が流れており、その向こうがセルゲジョン(吾屯村)。

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    (中国語で)
    敦麻日寺から吾屯村方面
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    (チベット語で)
    ゴマルゴンパからセルゲジョン方面
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    ずっと眺めていたい景色だったので、この辺りで撮った写真がとても多い。
    天候にも恵まれ、ゴマンゴンパ周辺ものんびり歩いた。のんびり?静かなアドレナリンが出まくって、のんびりは嘘か…

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    路地から覗くのはゴマルゴンパの上部
    明代から続く城塞都市「郭麻日古堡(ゴマル古堡)」内部の土壁の路地
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    ゴマルゴンパ内の素朴なマニ車
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    ゴンパの前にも収穫された麦が積み上げられている
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    これらの麦はツァンパの原料そのものであるが、当時はこれが米か麦かも知らず、8月なのに早いなぁ、なんて思っていた。
    この辺りの標高は約2500mで、短い夏が終わりフサフサの麦畑が一気に刈られる刹那の時だったとは・・・
    そして、ツァンパの原料が麦であることも、それがどういう物なのかも、何も知らない行き当たりばったりのアホ娘。

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    この「麦→ツァンパ」については、この後とても心が痛む思い出を作ってしまうことになり、尚更この風景が神々しくてならない。

    そして、向かい側に見えるセルゲジョンの吾屯下寺はまた異なる雰囲気がある。

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    吾屯下寺(セルゲジョン・ヤゴ・ゴンパ)
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    境内にて

    立ち位置、ゴマルゴンパへ戻ります。

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    言うまでもなく、現在この麦畑の風景は、あれやこれやになっているそうで。取り立てて比較したり想像したりする必要もなし。

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    大きな麦の山を運ぶ大人の横で子供達が遊んでいる。後ろにはロンウォ川が流れ、セルゲジョンの村が見える。
    ここまでボチボチ判別できて、ゴマルの丘の巡礼はおしまい。

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    丘から降りた街(村)の道路もこんな感じでした





     
     
    1998〜2005年頃、スマホのない時代にバックパッカーとして旅したラオス奥地・ウイグル・チベット・雲南や中国留学…あの時あの場所の温度がある記録を残しておきたいです。「確かにあった、あの空間」に50代の私が向き合っています。

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