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夏祭りの夜は、なぜ少しだけ寂しいのだろう

    夏祭りの記憶って、不思議だ。

    何年も前のことなのに、

    屋台から漂ってくるソースの匂い。

    遠くから聞こえる太鼓の音。

    夕暮れの空にぶら下がった提灯。

    汗ばんだ手のひら。

    そして、祭りが終わったあとの、あの妙な寂しさ。

    そんなものだけは、今でもやけに鮮明に覚えている。

    夏祭りの日は、朝からいつもの一日とは違っていた。

    まだ明るいうちから、どこか遠くで、

    ドン、ドン。

    太鼓の音が聞こえてくる。

    「あ、今日祭りだ」

    それだけで、なんとなく落ち着かなくなる。

    子どもの頃なら、夕方になるのが待ちきれなかった。

    何度も時計を見て、

    「まだ行かないの?」

    「もう行こうよ」

    なんて親を急かした人もいるんじゃないだろうか。

    外はまだ明るい。

    でも昼間の強烈な暑さは少しだけ和らぎ、道路には家々の長い影が伸びている。

    いつもの道なのに、その日だけは違って見える。

    少し歩けば、浴衣姿の人が増えてくる。

    カラン、コロン。

    下駄の音。

    遠くから聞こえていた太鼓も、少しずつ大きくなる。

    そして祭りの会場が近づいた瞬間、一気に世界が変わる。

    赤や黄色の提灯。

    ずらりと並ぶ屋台。

    「いらっしゃい、いらっしゃい!」

    という威勢のいい声。

    鉄板の上でジュウジュウ焼ける焼きそば。

    醤油の焦げる匂い。

    甘ったるい綿菓子。

    かき氷の鮮やかなシロップ。

    りんご飴の、妙に艶々した赤。

    金魚すくいの水面には、提灯の明かりが揺れている。

    子どもにとって、あの空間は小さな異世界だった。

    普段なら「無駄遣いしないの」と言われるのに、祭りの日だけは財布の紐がほんの少し緩む。

    だからこそ、一回一回が真剣だった。

    射的をするか。

    くじ引きをするか。

    それとも食べ物を買うか。

    限られた小遣いを握りしめて、本気で悩む。

    今考えれば数百円の話なのに、あの頃の数百円には人生を左右するくらいの重みがあった。

    「これにする」

    そう決めて差し出した硬貨。

    そのときの期待感まで、なぜか覚えている。

    そして夏祭りには、もうひとつ独特の記憶がある。

    人混みの中で、誰かを探した記憶。

    友達。

    好きだった子。

    近所のお兄ちゃん、お姉ちゃん。

    学校の先生。

    普段、学校で会っている人なのに、祭りで見かけると少し違って見えた。

    特に、いつも制服や普段着でしか見たことのない子が浴衣を着ていたりすると、

    「……あ」

    なんて。

    声をかけたいのに、かけられない。

    向こうに気づいてほしいような、気づいてほしくないような。

    友達と一緒なら、

    「お前、声かけてこいよ」

    「いや、お前が行けよ」

    そんなくだらない押し付け合いをしたりして。

    今なら笑える。

    でも、あの頃は本気だった。

    祭りの夜には、そんな小さな恋まで混ざっていた。

    やがて空が完全に暗くなる。

    提灯の明かりが、昼間よりずっと鮮やかになる。

    虫の声。

    人々の笑い声。

    屋台の呼び込み。

    太鼓。

    盆踊りの音楽。

    いろんな音が混ざり合って、夏の夜を満たしていく。

    なのに。

    不思議なことに、楽しい時間ほど早く過ぎる。

    気がつけば、親から言われる。

    「そろそろ帰るよ」

    この言葉が嫌だった。

    「まだいいじゃん」

    「もうちょっと」

    振り返れば、まだ祭りは続いている。

    笑っている人がいる。

    屋台も光っている。

    太鼓だって鳴っている。

    なのに自分だけが、そこから離れていく。

    手には、祭りで買ってもらったおもちゃ。

    食べ終わったかき氷のカップ。

    もしかしたら、ビニール袋の中で泳ぐ金魚。

    行きはあんなにワクワクした道なのに、

    帰り道は、なぜか長い。

    カラン。

    コロン。

    さっきまで賑やかだった下駄の音が、今度はやけに寂しく響く。

    少しずつ遠ざかっていく祭囃子。

    振り返るたび、小さくなっていく提灯の明かり。

    夜風が汗を冷ましていく。

    そして家に着く頃には、

    いつもの町に戻っている。

    玄関を開ける。

    明るい蛍光灯。

    テレビの音。

    冷房の効いた部屋。

    さっきまでの祭りが、まるで夢だったように感じる。

    布団に入って目を閉じても、

    耳の奥ではまだ、

    ドン、ドン。

    太鼓の音が鳴っている。

    「楽しかったな」

    そう思う。

    でも同時に、

    胸のどこかに小さな穴が開いたような気持ちになる。

    夏祭りって、たぶん不思議な場所なんだと思う。

    楽しいだけじゃない。

    嬉しいだけでもない。

    夏祭りの思い出には、いつも少しだけ「終わり」が混ざっている。

    夏休みが少しずつ減っていくこと。

    蝉の声がいつの間にか変わっていくこと。

    夕方が少しずつ早くなっていくこと。

    永遠に続くと思っていた夏が、本当は少しずつ終わりへ向かっていること。

    子どもの頃は、そんなことまで考えていなかった。

    ただ、

    「祭りが終わっちゃった」

    それだけだった。

    けれど大人になって振り返ると、

    あの寂しさの正体が少しだけ分かる気がする。

    楽しい時間には、終わりがある。

    子どもだった自分たちは、それを夏祭りの夜に少しずつ覚えていたのかもしれない。

    そして大人になると、

    今度は違う景色を見るようになる。

    子どもの手を引いて祭りへ行く。

    「パパ、あれ!」

    「あれ食べたい!」

    「もう一回やりたい!」

    そんな声を聞きながら歩く。

    自分が昔、親に言っていた言葉を、今度は自分が聞く側になる。

    「一個だけだよ」

    なんて言いながら、

    心の中では少し笑ってしまう。

    昔の自分も、きっと同じ顔をしていたんだろうな、と。

    そして帰り道。

    「まだ帰らない」

    と言う小さな手を握りながら歩いていると、

    ふと昔の自分とすれ違ったような気がすることがある。

    祭りから帰りたくなくて、

    何度も後ろを振り返っていた、あの頃の自分。

    もしかすると夏祭りというのは、

    大人が子どもに戻れる場所なのかもしれない。

    焼きそばの匂いひとつで。

    太鼓の音ひとつで。

    提灯の明かりひとつで。

    何十年という時間を飛び越えて、

    あの夏へ帰ることができる。

    あなたにもありませんか。

    夏祭りの記憶。

    誰と行きましたか。

    何を食べましたか。

    何を買いましたか。

    好きだった人を探しませんでしたか。

    親に手を引かれて歩きませんでしたか。

    そして、

    帰り道に何度も振り返りませんでしたか。

    思い出してみると、

    祭りそのものより、

    そんな小さな場面のほうが残っていたりする。

    もう会えない人と歩いた夜かもしれない。

    名前さえ思い出せない友達と笑った夜かもしれない。

    初めて好きな人の浴衣姿を見た夜かもしれない。

    親に買ってもらった綿菓子を、大事そうに抱えて帰った夜かもしれない。

    あの頃の屋台も、

    あの頃の町並みも、

    あの頃、一緒に歩いた人たちも、

    少しずつ変わってしまった。

    それでも夏になると、

    どこかから聞こえてくる祭囃子に、ふと足が止まる。

    風に乗って、焼きそばのソースの匂いがする。

    遠くに提灯の明かりが見える。

    その瞬間。

    心の奥にしまっていた夏が、

    そっと灯る。

    そして気づく。

    思い出って、

    消えるんじゃない。

    普段は見えない場所で、

    ずっと続きを待っているだけなのかもしれない。

    今年もどこかで、

    ドン、ドン、と太鼓が鳴る。

    その音を聞いたとき、

    少しだけ昔を思い出してみてください。

    そこにはきっと、

    今よりずっと小さかったあなたが、

    小銭を握りしめ、

    目を輝かせながら、

    提灯の下を歩いているはずだから。

    そして祭りの帰り道。

    遠ざかっていく明かりを、

    何度も何度も振り返っている。

    あの夏は、もう戻ってこない。

    でも、

    あの夏を覚えている自分は、今もここにいる。

    だから夏祭りの夜は、

    楽しくて、

    懐かしくて、

    そしてほんの少しだけ、

    寂しいのだと思う。

     
     
    鬱も癌も、ダイエットも育児も……ぜんぶネタに変えて書いてます🤣 「笑ったらちょっと楽になる」を信条に、怪談から子育て、発信術まで幅広く発信中✍️ 日常のトラブルもユーモアに変換して、読んだ人がクスッと肩の力を抜けるような記事を目指しています。あなたのスキが、次のボケの燃料に⁉️

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