
憧れの北海道で私を待っていた悲劇
子供のころの私はテレビで「北の国から」「ムツゴロウの動物王国」を観て北海道に憧れていた。それなのに……後にやっと実現した北海道旅行で私はかなりの失望と、悲劇に見舞われた。初めての北海道は、私にとって夢の国から一転、試練の地になった。
幼いころ、母に課せられていた消灯時間は21時。当時も人気のテレビ番組は21時以降に放映されることが多かったので、私は普段は観ることができなかった。
でも「ムツゴロウの動物王国」だけは母の推奨許可もあって、21時前に宿題、食事、お風呂などを全て済ませれば、大っぴらに見てもよかった。子供なりに急ぎ、弟とふたり、並んだお布団に入って動物王国を観ていた時の止まらないわくわく感は、今でも思い出すことができる。
ムツゴロウさんが猛獣や珍しい動物を手懐けていく様子も面白かったけれど、たくさんの普通の犬や猫が自由に王国内を闊歩し、子犬や子猫が生まれ育っていく映像にも、当時の私は夢中になっていた。
「北の国から」は再放送がメインだった。図書館で借りて、倉本聰さんの脚本を読んだら、それで十分面白かった。ムツゴロウさんの本は大人向けだったけど、エッセイは軽めで、子供だった私でも楽しく読んでいた。
「北の国から」もよかったけど、将来の夢として「動物王国で働きたい!」なんて言っていたくらいで、主に当時の私を北海道へ惹きつけていたのは、「ムツゴロウの動物王国」だった。
ある日、そんな私に初めて北海道へ行くチャンスが訪れた。父の会社での友人が北海道へ移住し、私たちを招待してくれたのだ。
肝心の父は出張か何かで行けなくなり、私は弟と母と3人で初めての北海道へ向かった。
降り立ったのは、後に出張で何度も行った新千歳空港ではなく、女満別空港。
父の友人が迎えに来てくれた。
父の友人のおじさんには娘さんと息子さんがいて、彼らは私たちより少しだけ年上だった。おじさんは、子供たちの喘息やアトピーを治したいというのと、やはり「北の国から」にも影響を受けて移住を決めたらしく、札幌からは離れた土地で当時、文房具店を営んでいた。
車で、摩周湖、網走刑務所なんかを案内してもらった。私は弟と楽しんだファミコンゲーム「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ」を思い出していた。美幌峠や、後にCMでも有名になった青い池を前にしても、気もそぞろだった。
私は「ムツゴロウの動物王国」へ連れて行ってもらえると聞いていて、死ぬほど楽しみにしていた。
そして、やっと車で「ムツゴロウの動物王国」へ………木の柵があって、遠くに小さく動物王国なのかどうかよくわからない建物と、馬が見えた。
「ムツゴロウの動物王国だよ、まあ、中には入れないからね。さあ、もう行こうか」おじさんは言って、車に戻るよう促した。
「え……どういうこと??」
目の前が真っ暗になった。呆然として、言葉が出なかった。
しかも、長時間ドライブで気持ちが悪くなってきた。車窓の景色は、子供の目には単調だった。
その上、おじさんは、普段は物置にして、文房具や紙などの在庫を置いていたお部屋を綺麗に掃除して、私たちの寝室として提供してくれていた。そこで私のアレルギーが発症し、風邪と疲れで私は完全に体調を崩し、後半の1日はダウンして家で待機になり、弟だけがおじさんと釣りに行き、とても楽しかったと言っていた。
ご家族はみな、もちろん親切にしてくれた。「風邪をひいた時は、これを飲むといいよ」と言って、手渡してもらったユンケルを私は生まれて初めて飲んで、これが、私にはまったく合わず、気持ち悪さが倍増した。
食事も「北海道だから、海鮮三昧!」と勝手に思っていたけど、内陸だったからか子供の目には地味なメニューが多く、たまたま食べたラーメンが、私の好みではなかった。当時の私はしょうゆ味の澄んだスープが好きだった。北海道のラーメンはこってりしているなんて当時の私は知らなかった。
帰宅してから父に「楽しかった?」と聞かれた時も、あいまいにうなずくしかなかった。父の友人のおじさんは、とても良くしてくださった。
それから数十年が経ち。父とそのおじさんは、今でもお友達だけれど、ちょっと変わったところがある父と、生真面目で誠実なそのおじさんは、たまに喧嘩もしている。
後から父と、その北海道旅行の話題になった時に、「実はあの時…」と実情を話したら、父は自分は忙しくて私たちのことを放置していたくせに、今更怒っていて「なんだかな」と思った。
私はその後、女満別空港周辺へは再訪はできなかったし、訪れる機会があったことだけで十分ラッキーだったと思う。
今となっては、子供のころに味わうそういった失望も、「人生は思い通りには行かない茨の道」ということを学ばせてもらったという意味で、私にとってはかけがえのない経験だったのかなと思っている。
台風で警報が出ている連休中日。
ふと目に入った記事を拝読して、記憶がよみがえって書きました。同じエリアの素敵な旅日記です。こちらを読んでから私の記事を読むと、我ながら笑えてしまいます。
私の場合、悲劇の思い出のほうが記事になりやすいのはなぜ?
こちらは半分くらいは楽しかった思い出で、今となっては笑い話に昇華した話です。