
魅せるためのキャンプと、心の内側
どうせなら、YouTubeにしようか。
会社を辞めて、母娘で始めるキャンプ旅。
そこそこいい線いけるんじゃないか?
そんな気がしていた。
娘は、ゲームやYouTubeが大好きな今どきっ子。
「YouTuberになる?」
と聞いたら、のってきた。
なんなら私よりも人気の構成や構図を知っている。
慣れないふたりキャンプに、動画撮影。それでも、頼りになる娘が、ケータイを片手に良き相棒となって立ち回る。
キャンプから帰っての動画編集は、ひとりで黙々とPCに向かう孤独な作業だ。
何本か作って、手が止まった。
誰かに見せるためにキャンプを始めたんだっけ。
私がしたいことは、これだった?
キャンプは、思ったよりお金がかかる。
道具を揃えてしまえば安いと言うけれど、出かければ肉を買い、酒を買い、観光をして、気づけば財布の紐はどんどん緩んでいく。
レシートを見るたび、現実が静かに追いかけてくる。
動画を作れば作るほど、どこか苦しくなった。
コロナ禍のキャンプブームは落ち着き始めていて、今さら参入しても厳しいのかもしれない。
そんなことを考え始めた時点で、もう違う気がしていた。
魅せるためのキャンプ。
動画を回すたび、景色を見る前に「映えるかな」を考えていた。
焚き火の火も、娘の笑顔も、気づけば「撮る側」の目線で見ている。
あれ。
私、静かになりたくてキャンプを始めたんじゃなかったっけ。
私は、ただSNSも、現実も、すべて断ち切った静かな時間が過ごしたかっただけじゃないか。
動画を閉じたあと、私はまた文字を書いていた。
誰に見せるでもない言葉を、夜中の画面にぽつぽつ並べていく。
noteという場所があるらしい。
文章に値段をつけられるらしい。
でもたぶん、最初に欲しかったのは、お金じゃなかった。
また私は、「誰か」と静かに繋がれる場所を探していたんだと思う。
――
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このエッセイは、note創作大賞2026への応募作品として、 無職の一年を18の物語で綴る連載です。
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