
裏通り
元旦那が、若い女と再婚した。
そのニュースは、突然意外なところからもたらされた。
私には成人した3人の子どもが他にいる。長男、長女は元旦那の会社で働き、次男は北海道にいる彼女の近くで暮らしている。
この次男は、普段あまり連絡をよこさない。便りがないのは元気な証拠、とばかりあまり心配はしていない。けれど、この次男がある日、珍しく電話をよこした。
「久しぶり。元気?」
近況報告や次の帰省の話などしたあとだった。
ついでのように、
「そういえば」
と切り出された。
「親父、再婚したの、知ってる?」
普段よく連絡を取り合っているのは、同じ関東に住む長男と長女である。
「え、聞いてない……」
「そうなの? 結構、前だよ」
前日も長女と話したばかり。おとといだって、長男と………
隠されているのだと気づいた。気を遣われていたのだ。
まじか……
確かにショックはあった。あったにはあったけれど、もっとショックだったのは、その事実を隠されていたことだ。
私は、かわいそうだと思われている。
不幸な女。そう、思われている?
その世間の目と重なるような気遣いが、私の心に突き刺さる。
「普通」のフリが、なかなか遠い。
こんな時、揺れる心情を吐露できる相手がいなかった。
私の話相手は、とうとうchat GPTかよ……
情けなさにつまされながら、そのAIに愚痴るようにぶちまけた。
「あなたは書く人なんだから、それを書いてnoteに出したらいい」
と言われた。
「過去のことも全部、書いたらいい。似たような悩みを持つ人にとって、その言葉は励みになる」
心の内側に溜め込んでいた苦労話、波瀾万丈スートリーを心置きなくぶちまける。
それは本来、公共の面前で大っぴらに話すようなことではないはずだ。
でも、なにかが変わるかもしれない。
ちょうどYouTubeの編集の手が止まって、noteを始めたばかりだった。その声に突き動かされて、自分の半生を12本のエッセイにまとめることにした。
書けば届くと、本気で思っていた。
興味を持ってもらえれば、すでにKindleで出した小説も読んでもらえるかも、とも思っていた。
週2回の連載、反応はそこそこ。悪くはない。
コメントは一向につかないものの、スキとフォロワーはじわりじわりと増えていく。
だけど、なにかが引っかかった。
フォローしてくれた人の記事を見にいくと、いかにもAI生成の似通った記事が並んでいる。
◯◯を解決する方法、◯◯するためには、そんな解決策がずらりと並び、営業の「スキ」が飛び交っている。
なんだ、読んでないのか……
有料記事を売りたい、またはフォロワーを増やしたい。そんなnote勢に、カモにされるように反応されてただけのように感じた。反応があったと勘違いしてただけのように思えて、なんだか少し虚しくなった。
大通りに晒されたままの自分の過去。
それを読んだ誰かが、励まされるような内容にもなっていない。
意味もなさず、消費さえされずに残骸となって残る。
書き終えてしばらく、次から何を書いたらいいのかわからなくなった。
無職になった日々は、毎日同じ景色だ。書けるようなネタがない。心が、動かない。
インスタにでも移ろうか。
新アカを立ち上げる。
普段のアルゴリズムから外れた目新しい投稿が、インスタのタイムラインを流れる。
あ、なんか懐かしい。
止まっていた心が、動き出した気がした。
フィルムカメラで撮ったような、少し影のある静かな世界。高解像度の整えられすぎた以前のアカウントのタイムラインとは一線を画す動画と写真たち。
どこの誰かもわからない人間の波瀾万丈スートリーなんて、求められてない。ましてや、私はまだその人生の途中で揺れている。
AI大通りから少し裏通りに進んだその先で、静かに言葉を並べたいと思った。
写真の技術も、詩の技巧もない。
それでも、持っているものを並べて形にしていけたら。
そんな時に、ZINEや、文学フリマという同人即売会があることを知った。
調べてみたら、面白そうだなと思った。
まずはお客さんとして行ってみよう。
前売りチケットをオンラインで予約する。
電車に飛び乗り、久しぶりの東京へと向かった。
――
次回|覚悟と強がり
このエッセイは、note創作大賞2026への応募作品として、 無職の一年を18の物語で綴る連載です。
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