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母に結婚式で手紙を読んだり、孫の顔を見せたりはできなかったけれど

     「結婚式で手紙を読むこと」と「孫の顔を見せること」は、娘から母への二大親孝行だとかつての私は思っていた。

     友人たちの結婚式で「新婦から親への手紙」のシーンや、近所で年配の知人が「孫自慢」しているのを見ては、その思い込みがズンズン確信に変わっていく。「過去のどんな親不孝もチャラにできるんじゃないか」くらいに。

     けれど、私はそのどちらも母にしてあげられなかった。

     なぜなら、私がアラサー・独身のときに、母が他界してしまったからだ。ちなみに、父も私が3歳の頃に他界している。

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    母と私の最期の時間を描いたもの

    親孝行くらいさせてくれよ

     「もう親孝行できない」という無力感・絶望感は、その後、自らが結婚しても、出産しても、消えることはなかった。全然違うのだ。母の目の前で感謝の手紙を読み上げたり、母の腕に直接孫を抱かせてあげたりするのとは。

     母がいなくなって、寂しさ・悲しみももちろんだけれど、同じくらい悔しさもある。親孝行するチャンスくらい与えてからにしてくれよ、と。

     ……いや、わかってはいる。その「親孝行」は思い込みだってことくらい。普段から感謝したり、会いに行ったりしていればよかったのだろう。わかっている。それらをサボっていたのは自分なのだ。

     結婚して「義実家」に帰省し、「義両親」と団らんするたびに勝手に胸がチクチクする。両親に申し訳なく思ったり、夫に嫉妬したり。ひどい娘だし、ひどい嫁だよ、本当に。

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    結婚式では、姉が一緒にバージンロードを歩いてくれた

    桐箱の中にあったもの

     一方で、「まだ親孝行のチャンスはあるかもしれない」という希望の光を見たのも、母の死後のことだ。

     遺品整理をしていたとき。片付けの苦手な母が残した散らかった部屋の中で、不自然に明るく清潔な雰囲気を纏った桐箱を見つけたのだ。中をのぞくと……

     絵本が入っていた。

     私が社会人3・4年目くらいの頃、趣味で絵本を描いて、まだ元気だった母に思いつきでプレゼントしたものだ。

     当時、こんな冗談まじりの会話をしたのを覚えている。

     私「仕事辞めて、絵本作家めざそうかな〜」
     母「うん、なれるよ、りかなら」

     昔から、私の文章や絵を褒めてくれた母。けれど、「四年制大学を出て就職」という教育方針だったし、実際私もそう歩んできたから、まさか「仕事を辞める」とか「作家を目指す」とか肯定してもらえると思わなかった。

     ——そんなエピソードが、桐箱を開けた瞬間に思い出されたのだ。

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    母にプレゼントした絵本

    天国で推し活している、と想像してみる

     母は、もしかしたら私が思っている以上に、私の書く文章や絵を愛してくれていたのかもしれない。そして、書くことを仕事にしたい!っていう私を推していたのかもしれない。

     不意に、大きな期待感が生まれた。今も天国で私のこれからをワクワクしながら見ているんじゃないか、と。物語の主人公を応援するみたいに。

     であれば、私は母を楽しませたい。私が本当にやりたいことにチャレンジして、自分なりの幸せを追い求めていく姿を見せてあげたい。そうやって生きていくことが、親孝行になればいいな……。

     そして、私はライターになった。

     最初からトントン拍子だったわけではない。まず会社を辞めて、絵本作家を目指したけれどうまくいかず、貯金が底をつきそうになって……みたいな経緯もある。でも、「書くことを仕事にしたい」という情熱だけは絶やさずに。

     なにはともあれ、私はライターになった。歴12年になる。憧れの人を取材したり、愛読していたメディアに名前が載ったりといった奇跡を何度も起こしてきた。

     もちろん、浮き沈みはたくさんある。うまくいかなくて絶望することも。でも、そういうのもひっくるめて、空で見ている母は楽しめているのではないだろうか。

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    幸せになるより、幸せを諦めない

     親孝行は、いつからでも可能である。

     今なら、そう胸を張って言える。

     最強の親孝行は、自分が幸せになることだ。……いや、厳密にいうと「幸せになる」ではなく、「幸せを諦めない」。自分なりの幸せを追い求める姿を見せ続けること、なんじゃないかな。あくまでも持論だけれど。

     これを教えてくれたのは母で、確信させてくれたのは、今小学生の娘かもしれない。親になって、娘に結婚式で手紙を読んで欲しいとか、孫の顔を見せてくれとか思わないな、と気づいた(……将来、思うかもしれないけれど!笑)。

     娘に願うのは、自分なりの幸せを掴みに行ってね、ということ。娘の幸せは、これから娘が見つけるのだろう。

     私の「自分なりの幸せ」は、「書くこと」につながっている。そう信じている。最近では、ライターの仕事だけじゃなく、自主制作本の制作・販売にもチャレンジし始めた。

     さらに、新作も出した。母への想いを綴った詩集だ。2026年6月21日(日)開催の文学フリマ岩手から販売スタートしている。

    お母さん、見てるー?

     私はあなたに、結婚式で手紙を読んだり、孫の顔を見せたりはできなかったけれど、これからも書き続ける。自分らしく、幸せになるために。

     
     
    フリーライター13年目。生きづらい人たちに、書く力という御守りを。2026年はZINE(自主制作本)の制作・販売にチャレンジしています。「あいうえお」が好き。

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